7 / 57
第1章
第7話 一人ぼっち
しおりを挟む
メールの発注依頼は常連の『たま姫』様だ。週に一度大量発注をしてくれる方で、今回は京都でパーティーがあるから、参加者にプレゼント用でほしいという内容だった。数は五十個とかなりの数だ。
(こんなに発注してくれるなんて!)
三代目からご贔屓にしてもらい、以前は電話注文だったがネット通販も始めたと手紙を添えてからは、定期的に頼んでくれるようになった。この店が潰れないのは来店が少なくとも、ネット販売で大量に依頼をしてくれる常連さんがいるからだ。有り難い。
特に年明けのお正月用飴細工はかなりの人気で、あれでかなりの収入が入る。その分、年末から年明けまでは休み無しでかなりの重労働だが、嬉しい悲鳴だから頑張れるのだ。
他にも『キジン』様や『天ちゃん』様、『スーさん』様、『マリーシテン』様など変わったニックネームの方が多い。
「(たま姫様の依頼は明日から取り組むとして、今日は下拵えに止めて店を閉めよう)……ん、あれ?」
入り口の額に入れておいた幾何学模様が焼き焦げているのに気付いた。額縁は無事なのに、紙と模様だけが黒ずんで見えない。
「どうしよう。おじいちゃんが『大事にしておくように』って言ってくれていたものだったのに……」
祖父は書道の先生だったこともあり、達筆な文字とは別に幾何学模様やら変わった文字を書いていることがあった。
私はそれが綺麗で、格好いいと何枚か貰っていた。
部屋にも何枚かあるし、お財布にも入れておくと良いとストックはかなりある。
(そう言えば、『小晴は狙われやすいから』とか言っていたのって、お人好しだって見抜かれていたのかな……。この紙もまだ家の奥に同じような物があったはず……。明日の朝、探してみよう)
今度こそ店を閉めた。
雪がしんしんと降り注ぐ。明日まで雪が降っていたら結構積もるだろうか。
(明日から大量の発注をするから、お店は午後から時間を見て空ける程度にしよう!)
その日は明日の準備をして、早めに床に就いた。
暖房があまり付きにくいのでお風呂に入ったら、素早く髪を乾かして布団に潜り込む。静かで、時計の針が耳につく。
暗闇は嫌いだ。
孤独感がさらに煽られるし、ヨクナイモノがこちらを覗いているような気がするから。
ふいに家の周りで飲み会が近くであったのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。私が布団に入ったのは十時過ぎで、二件目の店を求めて歩いている人たちだろうか。
笑い声が遠のくと、静寂が部屋を包み込んだ。
誰もいない。
広すぎる部屋は凍えるほど寒い。
(昔は、店のみんなと季節変わりに飲みに行ったっけ……)
懐かしくも何だかむなしくて、私は身を縮込ませて瞼を閉じた。
***
騒いでいた連中が酔った勢いでタバコのポイ捨てをしたことなど、小晴は知るよしもない。本来なら雪の中で消えるはずだったタバコは、黒々としたヨクナイモノの媒体となって墨色の炎へと昇華する。
ボッ。ボボボボッ。
普段は護符による結界により、ヨクナイモノは侵入することはできない。しかし、札の効果が消えた今、ヨクナイモノは溢れ出る霊脈を吸収し、急成長を遂げる。
ゴゴゴゴゴッ。ボコッ。ゴォ。
怪しく揺らめく炎は徐々に敷地内に広がっていく。
禍々しくもそれは全てを炭化させ、店を、あるもの全てを喰らって急成長し、小晴を求めて膨張する。
***
(ん?)
気付けば星明かりの綺麗な屋敷に佇んでいた。
白い石砂利が見え、広々とした庭はキチンと手入れがされており、屋敷も立派だ。もうすぐ十二月なのに藤の花が咲き乱れて、その美しさに見惚れてしまう。
(綺麗……。この世界の物とは思えないほど、透明感があるなんて……)
ふと空を見上げれば月が二つあり、片方が少し小さくて不思議な光景だった。
ここは私のいる世界とは異なるのだろうか。
夢だと思いたいのに、歩く度にじゃらじゃらと鳴る足音と感触が妙にリアルだ。
頬に触れる風も、花の香りも本物のよう。
「小晴」
「──っ!?」
声に振り返った瞬間、ふわりと白檀の香りと共に紫苑さんに抱きしめられる。
突然現れた彼は空から舞い降りたかのように、長い髪や袖がふわりと浮遊していた。まるで長い髪が生き物のように揺れ動く。
「え、紫苑さん?」
「小晴、今すぐ目を覚ますんだ。私もすぐに助けに向かう、だから──」
「え」
紫苑さんが何かを言っているのに、意識が明瞭化して夢が醒める。
もう少しだけ抱きしめられた温もりを感じていたかった。
***
焦げ臭いような嫌な匂いに顔を顰めて、重たげな瞼を開いた。
「──っ!」
夢にしては現実味を帯びたような不思議な感覚だった。
上半身を起こして水分でも取るかとした矢先、青黒い炎が部屋のドアを呑み込むように燃え上がった。
「え、なっ!?」
(こんなに発注してくれるなんて!)
三代目からご贔屓にしてもらい、以前は電話注文だったがネット通販も始めたと手紙を添えてからは、定期的に頼んでくれるようになった。この店が潰れないのは来店が少なくとも、ネット販売で大量に依頼をしてくれる常連さんがいるからだ。有り難い。
特に年明けのお正月用飴細工はかなりの人気で、あれでかなりの収入が入る。その分、年末から年明けまでは休み無しでかなりの重労働だが、嬉しい悲鳴だから頑張れるのだ。
他にも『キジン』様や『天ちゃん』様、『スーさん』様、『マリーシテン』様など変わったニックネームの方が多い。
「(たま姫様の依頼は明日から取り組むとして、今日は下拵えに止めて店を閉めよう)……ん、あれ?」
入り口の額に入れておいた幾何学模様が焼き焦げているのに気付いた。額縁は無事なのに、紙と模様だけが黒ずんで見えない。
「どうしよう。おじいちゃんが『大事にしておくように』って言ってくれていたものだったのに……」
祖父は書道の先生だったこともあり、達筆な文字とは別に幾何学模様やら変わった文字を書いていることがあった。
私はそれが綺麗で、格好いいと何枚か貰っていた。
部屋にも何枚かあるし、お財布にも入れておくと良いとストックはかなりある。
(そう言えば、『小晴は狙われやすいから』とか言っていたのって、お人好しだって見抜かれていたのかな……。この紙もまだ家の奥に同じような物があったはず……。明日の朝、探してみよう)
今度こそ店を閉めた。
雪がしんしんと降り注ぐ。明日まで雪が降っていたら結構積もるだろうか。
(明日から大量の発注をするから、お店は午後から時間を見て空ける程度にしよう!)
その日は明日の準備をして、早めに床に就いた。
暖房があまり付きにくいのでお風呂に入ったら、素早く髪を乾かして布団に潜り込む。静かで、時計の針が耳につく。
暗闇は嫌いだ。
孤独感がさらに煽られるし、ヨクナイモノがこちらを覗いているような気がするから。
ふいに家の周りで飲み会が近くであったのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。私が布団に入ったのは十時過ぎで、二件目の店を求めて歩いている人たちだろうか。
笑い声が遠のくと、静寂が部屋を包み込んだ。
誰もいない。
広すぎる部屋は凍えるほど寒い。
(昔は、店のみんなと季節変わりに飲みに行ったっけ……)
懐かしくも何だかむなしくて、私は身を縮込ませて瞼を閉じた。
***
騒いでいた連中が酔った勢いでタバコのポイ捨てをしたことなど、小晴は知るよしもない。本来なら雪の中で消えるはずだったタバコは、黒々としたヨクナイモノの媒体となって墨色の炎へと昇華する。
ボッ。ボボボボッ。
普段は護符による結界により、ヨクナイモノは侵入することはできない。しかし、札の効果が消えた今、ヨクナイモノは溢れ出る霊脈を吸収し、急成長を遂げる。
ゴゴゴゴゴッ。ボコッ。ゴォ。
怪しく揺らめく炎は徐々に敷地内に広がっていく。
禍々しくもそれは全てを炭化させ、店を、あるもの全てを喰らって急成長し、小晴を求めて膨張する。
***
(ん?)
気付けば星明かりの綺麗な屋敷に佇んでいた。
白い石砂利が見え、広々とした庭はキチンと手入れがされており、屋敷も立派だ。もうすぐ十二月なのに藤の花が咲き乱れて、その美しさに見惚れてしまう。
(綺麗……。この世界の物とは思えないほど、透明感があるなんて……)
ふと空を見上げれば月が二つあり、片方が少し小さくて不思議な光景だった。
ここは私のいる世界とは異なるのだろうか。
夢だと思いたいのに、歩く度にじゃらじゃらと鳴る足音と感触が妙にリアルだ。
頬に触れる風も、花の香りも本物のよう。
「小晴」
「──っ!?」
声に振り返った瞬間、ふわりと白檀の香りと共に紫苑さんに抱きしめられる。
突然現れた彼は空から舞い降りたかのように、長い髪や袖がふわりと浮遊していた。まるで長い髪が生き物のように揺れ動く。
「え、紫苑さん?」
「小晴、今すぐ目を覚ますんだ。私もすぐに助けに向かう、だから──」
「え」
紫苑さんが何かを言っているのに、意識が明瞭化して夢が醒める。
もう少しだけ抱きしめられた温もりを感じていたかった。
***
焦げ臭いような嫌な匂いに顔を顰めて、重たげな瞼を開いた。
「──っ!」
夢にしては現実味を帯びたような不思議な感覚だった。
上半身を起こして水分でも取るかとした矢先、青黒い炎が部屋のドアを呑み込むように燃え上がった。
「え、なっ!?」
7
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる