上 下
6 / 57
第1章

第6話 トラウマ

しおりを挟む
 紫苑さんを追い出した後で、「傘ぐらい渡せば良かったかも」と早くも後悔していた。
 私への好意は演技だったとしても、飴細工に興味を持ってくれていたのは本心からな気がする。

(ちょっと浮世離れしているけれど、あんな素敵な人に「好きだ」って言って貰えただけで……ううん、好きなのは飴細工!)

 もしかしたら飴が気に入って客として訪れるかもしれない。それだけだ。
 ただのお客としてくるのなら誠心誠意接客をしよう。無理矢理追い返したことも謝って、お詫びに先ほど作った飴細工を贈って終わりにする。可愛いラッピングをしている自分がどうしようもないくらい甘い人間だとちょっと凹んだ。
 商売をするのならもっとシビアにいかないといけない。弱腰だから、あの地上げ屋にも足下すくわれるのだ。

「やっほー、小晴ちゃん~。大雪警報出ていたけれど、元気~?」
「!?」

 上質な黒のコートに灰色のスーツ姿の男が店に訪れた。金髪のウェーブのかかった髪に、軽薄そうな口調の男は、この地区の担当地上げ屋だ。
 この二年間、足繁く通って常連で、彼も私に恋人にならないかと言ってきた一人。本当に恋愛に疎い私には荷が重い。

「(だいたい、声をかけてくる人の顔面偏差値を考えればあり得ないのに!)……藤堂さん、何度来ても答えは変わりません」
「え~~、開口一番にそれってつれないな~。それに僕としては合法的かつ紳士的に接しているのに~。店と工房、そして自宅部分を入れて百坪はあるでしょう? こっちとしても結構な金額を載せているのに~。やっぱりこの場所に未練があるの~?」
「はい」

 猫のような人だ。気まぐれでのらりくらりと話す。けれど自分が仕掛ける時は絶対にただでは負けない。獣のような眼光を見せる。
 甘い笑顔と言葉、真剣な助言と味方だと思わせる言い回し。偶然、彼の通話中の話を聞かなければ信じ切っていただろう。

「両親が守ってきた店ですから」
「ふ~ん。でもさ、四代目なんかはさっさと海外に店舗を構えて、今や日本にも拠点をいくつか作っている。小晴ちゃんが拘っているだけで、場所が変わってもいい物は受け継がれていくんだよ~~。それにこの土地の維持費、結構かかるでしょう。首が回らなくなる前に土地を売ったお金を軍資金にして一からやり直した方がいいと思うけどな~~」

 正論。
 そう昔のような営業妨害やら迷惑行為を彼はしない。暴力沙汰などはしないけれど、彼の告白を断ったあの日から笑ってはいるけれど、私を見る目は冷たい。それは単にこの土地の価値や金額にしか興味がないのだ。

 半年前だったか、藤堂さんに対して好意的に思っていると意識したそんな時だった。帰りに忘れ物を届けようとしたときに聞いてしまったのだ。

『ああやって情に訴えればコロッと騙されるのも時間の問題だ。その為なら一度か二度デートに付き合うのも、寝てもいい。そうすれば固く閉じた心も緩んで、ええ、多少時間は掛かりますが、計画通り店と土地の権利書を手にさえすれば──』

 そんなことを電話越しで誰かに伝えていて、自分の淡い恋心が砕け散った。幼なじみにも見放され、近づいてくる人はこの土地の権利が目的な人ばかり。

(紫苑さんという人も同じだ)

 欲しいのは私ではなく、この土地と店の権利。
 私の価値なんて誰も認めていない。

 単純に私の飴細工を「美味しい」と言って褒めてくれたのが嬉しくて、藤堂さんや紫苑さんの言葉に浮かれていた。
 飴細工を作るときに向けていた目線が温かくて、きっと優しさに飢えていたのだ。
 独りは寂しいから。意固地にならずに手放してしまえばいいのに……それでも、私はここが好きだ。
 だから──。

「それでも私にとって、この場所は大事ですから」
「まったく。意固地だね~、まあ、また来るよ。……もし気が変わったのなら、個々に連絡をして。弱い者イジメをする気はないけれど、こっちも仕事だからね。もし土地を売る気になったら精一杯高値で買い取るし、その後の生活が落ち着くまでは面倒を見ても良い。君はさ、ここに拘らずにもっと広い世界で、自分の力を発揮すべきだと思う」

 藤堂さんは強くは出ず、諭すように言葉を重ねた。本心も少しぐらいはあるのだろう。この二年、私の愚痴を聞いてくれて、アドバイスを参考にしたこともあったのだ。
 そのほんの僅かな情のようなものはあるのだと思ってしまうのは、甘いだろうか。

 毎回飴の詰め合わせを幾つか買って帰って行く。そのたびに律儀に名刺を渡して、差し入れを置いていくのだ。
 情に訴える作戦が続行しているのだろう。いっそのこと、あの電話内容を聞いてしまったと答えたほうがスッキリするだろうか。

「はあ……」

 気持ちが沈んでいると、PCメールに発注依頼が届いていることに気付いた。

「あ」

 この時、発注依頼が何件か続いたのもあり、四代目であり幼なじみのメールに気付けずにいた。
「From:黒鉄浅緋 件名:明日には日本に戻る」そのメッセージを私が確認するのはずっと後となる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。

当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。 ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。 ※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m) ※12/31タイトル変更しました。 他のサイトにも重複投稿しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...