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第1章
第6話 トラウマ
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紫苑さんを追い出した後で、「傘ぐらい渡せば良かったかも」と早くも後悔していた。
私への好意は演技だったとしても、飴細工に興味を持ってくれていたのは本心からな気がする。
(ちょっと浮世離れしているけれど、あんな素敵な人に「好きだ」って言って貰えただけで……ううん、好きなのは飴細工!)
もしかしたら飴が気に入って客として訪れるかもしれない。それだけだ。
ただのお客としてくるのなら誠心誠意接客をしよう。無理矢理追い返したことも謝って、お詫びに先ほど作った飴細工を贈って終わりにする。可愛いラッピングをしている自分がどうしようもないくらい甘い人間だとちょっと凹んだ。
商売をするのならもっとシビアにいかないといけない。弱腰だから、あの地上げ屋にも足下すくわれるのだ。
「やっほー、小晴ちゃん~。大雪警報出ていたけれど、元気~?」
「!?」
上質な黒のコートに灰色のスーツ姿の男が店に訪れた。金髪のウェーブのかかった髪に、軽薄そうな口調の男は、この地区の担当地上げ屋だ。
この二年間、足繁く通って常連で、彼も私に恋人にならないかと言ってきた一人。本当に恋愛に疎い私には荷が重い。
「(だいたい、声をかけてくる人の顔面偏差値を考えればあり得ないのに!)……藤堂さん、何度来ても答えは変わりません」
「え~~、開口一番にそれってつれないな~。それに僕としては合法的かつ紳士的に接しているのに~。店と工房、そして自宅部分を入れて百坪はあるでしょう? こっちとしても結構な金額を載せているのに~。やっぱりこの場所に未練があるの~?」
「はい」
猫のような人だ。気まぐれでのらりくらりと話す。けれど自分が仕掛ける時は絶対にただでは負けない。獣のような眼光を見せる。
甘い笑顔と言葉、真剣な助言と味方だと思わせる言い回し。偶然、彼の通話中の話を聞かなければ信じ切っていただろう。
「両親が守ってきた店ですから」
「ふ~ん。でもさ、四代目なんかはさっさと海外に店舗を構えて、今や日本にも拠点をいくつか作っている。小晴ちゃんが拘っているだけで、場所が変わってもいい物は受け継がれていくんだよ~~。それにこの土地の維持費、結構かかるでしょう。首が回らなくなる前に土地を売ったお金を軍資金にして一からやり直した方がいいと思うけどな~~」
正論。
そう昔のような営業妨害やら迷惑行為を彼はしない。暴力沙汰などはしないけれど、彼の告白を断ったあの日から笑ってはいるけれど、私を見る目は冷たい。それは単にこの土地の価値や金額にしか興味がないのだ。
半年前だったか、藤堂さんに対して好意的に思っていると意識したそんな時だった。帰りに忘れ物を届けようとしたときに聞いてしまったのだ。
『ああやって情に訴えればコロッと騙されるのも時間の問題だ。その為なら一度か二度デートに付き合うのも、寝てもいい。そうすれば固く閉じた心も緩んで、ええ、多少時間は掛かりますが、計画通り店と土地の権利書を手にさえすれば──』
そんなことを電話越しで誰かに伝えていて、自分の淡い恋心が砕け散った。幼なじみにも見放され、近づいてくる人はこの土地の権利が目的な人ばかり。
(紫苑さんという人も同じだ)
欲しいのは私ではなく、この土地と店の権利。
私の価値なんて誰も認めていない。
単純に私の飴細工を「美味しい」と言って褒めてくれたのが嬉しくて、藤堂さんや紫苑さんの言葉に浮かれていた。
飴細工を作るときに向けていた目線が温かくて、きっと優しさに飢えていたのだ。
独りは寂しいから。意固地にならずに手放してしまえばいいのに……それでも、私はここが好きだ。
だから──。
「それでも私にとって、この場所は大事ですから」
「まったく。意固地だね~、まあ、また来るよ。……もし気が変わったのなら、個々に連絡をして。弱い者イジメをする気はないけれど、こっちも仕事だからね。もし土地を売る気になったら精一杯高値で買い取るし、その後の生活が落ち着くまでは面倒を見ても良い。君はさ、ここに拘らずにもっと広い世界で、自分の力を発揮すべきだと思う」
藤堂さんは強くは出ず、諭すように言葉を重ねた。本心も少しぐらいはあるのだろう。この二年、私の愚痴を聞いてくれて、アドバイスを参考にしたこともあったのだ。
そのほんの僅かな情のようなものはあるのだと思ってしまうのは、甘いだろうか。
毎回飴の詰め合わせを幾つか買って帰って行く。そのたびに律儀に名刺を渡して、差し入れを置いていくのだ。
情に訴える作戦が続行しているのだろう。いっそのこと、あの電話内容を聞いてしまったと答えたほうがスッキリするだろうか。
「はあ……」
気持ちが沈んでいると、PCメールに発注依頼が届いていることに気付いた。
「あ」
この時、発注依頼が何件か続いたのもあり、四代目であり幼なじみのメールに気付けずにいた。
「From:黒鉄浅緋 件名:明日には日本に戻る」そのメッセージを私が確認するのはずっと後となる。
私への好意は演技だったとしても、飴細工に興味を持ってくれていたのは本心からな気がする。
(ちょっと浮世離れしているけれど、あんな素敵な人に「好きだ」って言って貰えただけで……ううん、好きなのは飴細工!)
もしかしたら飴が気に入って客として訪れるかもしれない。それだけだ。
ただのお客としてくるのなら誠心誠意接客をしよう。無理矢理追い返したことも謝って、お詫びに先ほど作った飴細工を贈って終わりにする。可愛いラッピングをしている自分がどうしようもないくらい甘い人間だとちょっと凹んだ。
商売をするのならもっとシビアにいかないといけない。弱腰だから、あの地上げ屋にも足下すくわれるのだ。
「やっほー、小晴ちゃん~。大雪警報出ていたけれど、元気~?」
「!?」
上質な黒のコートに灰色のスーツ姿の男が店に訪れた。金髪のウェーブのかかった髪に、軽薄そうな口調の男は、この地区の担当地上げ屋だ。
この二年間、足繁く通って常連で、彼も私に恋人にならないかと言ってきた一人。本当に恋愛に疎い私には荷が重い。
「(だいたい、声をかけてくる人の顔面偏差値を考えればあり得ないのに!)……藤堂さん、何度来ても答えは変わりません」
「え~~、開口一番にそれってつれないな~。それに僕としては合法的かつ紳士的に接しているのに~。店と工房、そして自宅部分を入れて百坪はあるでしょう? こっちとしても結構な金額を載せているのに~。やっぱりこの場所に未練があるの~?」
「はい」
猫のような人だ。気まぐれでのらりくらりと話す。けれど自分が仕掛ける時は絶対にただでは負けない。獣のような眼光を見せる。
甘い笑顔と言葉、真剣な助言と味方だと思わせる言い回し。偶然、彼の通話中の話を聞かなければ信じ切っていただろう。
「両親が守ってきた店ですから」
「ふ~ん。でもさ、四代目なんかはさっさと海外に店舗を構えて、今や日本にも拠点をいくつか作っている。小晴ちゃんが拘っているだけで、場所が変わってもいい物は受け継がれていくんだよ~~。それにこの土地の維持費、結構かかるでしょう。首が回らなくなる前に土地を売ったお金を軍資金にして一からやり直した方がいいと思うけどな~~」
正論。
そう昔のような営業妨害やら迷惑行為を彼はしない。暴力沙汰などはしないけれど、彼の告白を断ったあの日から笑ってはいるけれど、私を見る目は冷たい。それは単にこの土地の価値や金額にしか興味がないのだ。
半年前だったか、藤堂さんに対して好意的に思っていると意識したそんな時だった。帰りに忘れ物を届けようとしたときに聞いてしまったのだ。
『ああやって情に訴えればコロッと騙されるのも時間の問題だ。その為なら一度か二度デートに付き合うのも、寝てもいい。そうすれば固く閉じた心も緩んで、ええ、多少時間は掛かりますが、計画通り店と土地の権利書を手にさえすれば──』
そんなことを電話越しで誰かに伝えていて、自分の淡い恋心が砕け散った。幼なじみにも見放され、近づいてくる人はこの土地の権利が目的な人ばかり。
(紫苑さんという人も同じだ)
欲しいのは私ではなく、この土地と店の権利。
私の価値なんて誰も認めていない。
単純に私の飴細工を「美味しい」と言って褒めてくれたのが嬉しくて、藤堂さんや紫苑さんの言葉に浮かれていた。
飴細工を作るときに向けていた目線が温かくて、きっと優しさに飢えていたのだ。
独りは寂しいから。意固地にならずに手放してしまえばいいのに……それでも、私はここが好きだ。
だから──。
「それでも私にとって、この場所は大事ですから」
「まったく。意固地だね~、まあ、また来るよ。……もし気が変わったのなら、個々に連絡をして。弱い者イジメをする気はないけれど、こっちも仕事だからね。もし土地を売る気になったら精一杯高値で買い取るし、その後の生活が落ち着くまでは面倒を見ても良い。君はさ、ここに拘らずにもっと広い世界で、自分の力を発揮すべきだと思う」
藤堂さんは強くは出ず、諭すように言葉を重ねた。本心も少しぐらいはあるのだろう。この二年、私の愚痴を聞いてくれて、アドバイスを参考にしたこともあったのだ。
そのほんの僅かな情のようなものはあるのだと思ってしまうのは、甘いだろうか。
毎回飴の詰め合わせを幾つか買って帰って行く。そのたびに律儀に名刺を渡して、差し入れを置いていくのだ。
情に訴える作戦が続行しているのだろう。いっそのこと、あの電話内容を聞いてしまったと答えたほうがスッキリするだろうか。
「はあ……」
気持ちが沈んでいると、PCメールに発注依頼が届いていることに気付いた。
「あ」
この時、発注依頼が何件か続いたのもあり、四代目であり幼なじみのメールに気付けずにいた。
「From:黒鉄浅緋 件名:明日には日本に戻る」そのメッセージを私が確認するのはずっと後となる。
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