【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
5 / 57
第1章

第5話 白蛇神の側近、左近の視点

しおりを挟む
(悪手だった。いや、それよりも今はお館様のお心を鎮めなければ、この周辺一帯が焦土と化しかねない!)

 この時代に気まぐれに目覚めた我らが主人は雪がぱらつく中、傘を差さずにふらふらと商店街外れの橋を歩いていた。
 放心状態というのが近いだろうか。哀愁を漂わせる背中が何ともお労しい。

 その後ろを付き人である右近と、左近自分が追いかける。外見的に目立つ三人だが、誰一人彼らを見て振り返りはしなかった。
 人払いの札の効力だろう。
 だがそれを彼女、小晴は看破していた。あの一族であれば当然ではあるが。

「それで、白蛇神様お館様。これからどうされるのですか?」
「そうッスよ。あの場で正体を明かして、誤解を解けば良かったんじゃないッスか?」
「右近」
「だってよう」
「……可愛かった」
「「はい?」」

 立ち止まった主人に対して、右近と左近自分は同時に足を止める。
 聞き間違いだろうか。落ち込んでいると思っていたがどうやら違うようだ。何にも興味を持たれない方だったのに、今は目が輝いて、どこかうっとりと余韻に浸っている。

「初めて見せる顔が沢山ありすぎて、心臓が熱い。飴細工を作っている姿は透明感があって可愛いのに、近づけない気高さがある。話をして困った顔になったら抱きしめたくなるし、笑った顔は自分のものだと叫びたくなる。ああ泣きそうに怒る小晴の顔も実に愛い……」
「親方様が壊れた」
「恋は盲目と言いますが、こうなりますか……」

 落ち込んでいたわけでもショックだった訳でもなく、わなわなと震えていたのは歓喜の感情だったようだ。主人は、ここでやっと自分が外にいることに驚く。

「小晴がいない」
「そりゃあ、追い出されましたから」
「もっと一緒に居たかった……。この布も彼女に返さなければ……」

 ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。甘い砂糖に香りは彼女と同じだったと感じたのか主人は嬉しそうに微笑んだ。

「…………やっぱり布も返したくない。……今から戻って小晴を抱きしめたい」

 主人の願いならば叶えて差し上げたいが、物事には順序というものがある。そして見事に地雷を踏み抜いた以上、これ以上の悪手は何としても避けなければならない。

「でしたら、まずは外堀をしっかりと埋めてから、改めて求婚するのはいかがでしょうか?」
「……追い出したのには、何か理由があるということか」
「はい」

 眼鏡の縁を上げて左近自分は答えた。店番をしている傍らで小晴のことを調べていた、というか元々あの店のことで主人に意見を仰ごうと思っていたのだ。

 彼女は白金家に代々菓子を上納していた一族の末裔であり、白金家が優遇スポンサーとして庇護下に置いていた。だが二代目と三代目の間で継承が滞り、正式な契約を結ばずどこでどう話が拗れたのか、よりにもよって土蜘蛛一族が手を伸ばそうとしているとは迂闊意外でもない。
 可及的速やかに改善せねば、と懐からタブレットを取り出す。

「おまっ、どこから出した」
「調べた所、あの店を解体してホテルにしたいと考える、グループ会社土蜘蛛一族が絡んでいるかと」
「おい、無視かよ」
「四代目が店を切り盛りしていたらしいですが、ホテル経営者が資金援助をちらつかせて引き抜いたとか。小晴様の先ほどの反応を見たところ、恐らく我々を地上げ屋の雇い主だと勘違いしたのでしょう。……アタッシュケースも今考えれば、店を手放す前金だと勘繰った可能性もあります。ここは茶封筒に入れて渡すべきでした」
「あー、そっか! 人間は大金を見知らぬ人間から貰ったら、警戒するもんな! 俺だって何だ? って思うッスからね!」

 主人は「人間はそういうものか」と呟きながらも、小春の拒絶に対して悲観も、絶望もしていなかった。それは今まで主人が見てきた人間の反応とは異なるからだろう。

 今にも泣きたくなるような顔をして、酷く辛そうな、裏切られた顔をしていた。それはつまり主人に少なからず好意があったから──そう主人も考えに至ったのだろう。

「小晴と私の仲を阻むものは、許さない」

 主人の陰が揺らいだ刹那、その場に積もっていた雪が一瞬で蒸発する。真っ白な湯気が橋の上を包み、地面が揺らぎ始めた。
 これは不味い。幽世かくりよならいざ知らず、現世ではどのような影響が出るか分からないのだ。

「お館様、力を抑えて下さい。できるだけ早く、小晴様に会いたいのでしょう! そのための準備を至急行います!」
「そうッスよ。勘違いさせていたのなら、迷惑な連中をやっつけてから、誤解を解くっスよ!」

 自分たちの声に、主人は平静を取り戻したのか、小さくと息を吐いた。

「……そうだな。左近、策はあるか。私はこの世界に対して勝手が分からない」
「ハッ。……物理的破壊をされるのはよくないでしょうから、ここは先ほど申し上げたとおり、外堀を受けてからに致しましょう。ひとまず、放っておいた口座から必要な代金を引き下ろしても?」
「好きにするといい」
「それともう一度正式にプロポーズなさるのでしたら、お館様が、小晴様に贈り物をなさってはいかがでしょうか?」
「贈り物……。そうだな、こんなに感情が動いたのは数千年ぶりだったので、うっかりしていた。……小晴が喜ぶものを取り揃えなければな」

 主人は未来の伴侶のことを思い浮かべ、蕩けた笑みを零す。
 それがあまりにも妖艶でただの人間であれば、それだけで即堕ちするような魔性を帯びていることを、つゆほども気付いていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

処理中です...