【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
4 / 57
第1章

第4話 求愛の理由は残酷で──

しおりを挟む
 唐突なプロポーズに、心の中で叫んでしまった。勘違いじゃなかったらしいが、それにしても突然すぎる。

「え、あの、お客様……」
紫苑しおんと呼んでくれ」
「ええっと、紫苑様」
「様はいらない」
「そう言う訳には……」
「壁を感じるので、『様』呼びはやめてほしい……」
(しょんぼりして……目を伏せただけなのに、申し訳ない気持ちになる……)

 あまりにも切実に訴えてくるので、無下にもできず「紫苑さん」と呟く。
 紫苑さんは頬を赤らめて、ふにゃりと笑った。

「!!?(何ですか、その笑顔は!)」
「小晴、……それで告白の返事はどうだろう? 一考してくれないだろうか?」
「その、とても嬉しい申し出なのですが、ごめんなさい。仕事で今は精一杯でして、恋愛に割く時間が──」
「私が嫌いだから、怖いから、ではなく?」
「怖い? 怖いぐらい綺麗ではありますが」
「小晴のほうが綺麗だし、美しい」
「……! ええっと、それに貴方のような素敵な方が、私なんかとは不釣り合いですし……!」
「小晴」

 丁重にお断りしようとしたが、蕩けるような甘い声音にドキリとしてしまう。紫苑さんは目を輝かせて、そっと私の髪に触れた。ここに私が実在しているのを確かめているようにも思えた。

(き、距離間が可笑しい! そして何だか白檀のようないい匂いが……! ──ってそうじゃなくて……)
「私は小晴の傍にいたい。こんな気持ちになったのは生まれて初めてなのだ」

 熱烈なアプローチは止まることを知らないのか、どんどん過激な発言が増す。

「そ、それは……光栄なのですが(こんな素敵な人からの告白なんて信じられない)」
「たくさん甘やかせて、愛情を注いで、私も小晴から褒美がほしい」
(甘いセリフに酩酊しそうなのですけれど! 黒服の人たち助けて!)

 黒服の人たちに助けを求めたが、すぐさま視線を逸らされてしまった。私が紫苑さんから視線を外したことが癪に障ったのか、悲しそうな顔が視界に入る。というか更に距離を縮めてきたので、視界には彼しか移らない。

(何ですか、この状況!? 新たな拷問!?)
「余所見をしないでほしい。……傷つく」
「それは、ごめんなさい」
「私が嫌い?」
「嫌いというわけでは、ないです。お客様ですし。私の飴を美味しいと言って頂けただけで嬉しいです。ただ……」
「ただ?」
「貴方のように綺麗な人から言われ慣れてない言葉ばかりだったので、戸惑ってしまうというか……」
「そなたは美しくて綺麗だ。他の者が気づかないとは愚かなことだ」

 嫌いじゃない、と分かった瞬間の笑顔が眩しすぎる。

「何より小晴の飴は、食べただけで邪気を祓うことができる。特別で、けれどそれだけではなく、私の心を一瞬で奪っていった」
(邪気? 祓う? 何だが宗教関係のワードがでてきたような?)

 どうにも紫苑さんの言葉に引っかかりを覚えるものの、情報量が多すぎでパンクしそうだ。初対面なのにこうもぐいぐい来られると、対応に困ってしまう。

(いつもの地上げ屋とは違って、好意的だから?)
「小晴、どうか私の花嫁に──」
(こんな夢みたいなことがあるなんて……)

 ずっと一人で頑張ってきて、それでもめげそうな時に、こんな綺麗な人に優しくされたらコロッと騙されてしまいそう。

(騙され──?)
 
 ハッとして顔を上げた。
 顔立ちの整った紫苑さんは好意的な視線を向けたままだ。それが本心からか、あるいは演技なのか、私には判断が付かない。
 けれど私みたいな何の取り柄もない小娘を、ボディーガード(?)付きの優良物件が本気で相手にするはずなんてない。何か裏があったとしたら──。

『ああやって情に訴えればコロッと騙されるのも時間の問題だ。その為なら一度か二度デートに付き合うのも、寝てもいい。そうすれば固く閉じた心も緩んで、ええ、多少時間は掛かりますが、計画通り店と土地の権利書を手にさえすれば──』

 この二年の間に、仲良くなった常連さん。
 ただそれは私を油断させて、店を手放すのが目的だった。この土地を欲しがっていたのは何処かの御曹司で、グループ会社だと言っていたのを思い出す。

(もしかしたら、この人たちがグループ会社の御曹司? ボディーガードもいるし、世間ズレしている雰囲気なのも……)

 違和感の正体が解けた瞬間、自分の馬鹿さ加減に怒りと呆れと、胸が酷く痛んだ。
 酷く惨めな気持ちにもなったし、浮かれていた自分が恥ずかしい。泣きそうになったが、仕事中だと、グッと堪えた。

(そうだ、あの地上げ屋とホテルの支配人ならやりかねない!)
「小晴?」

 心配そうに顔を覗き込む姿も、労いも全部は演技で、情に訴えるつもりなのだろう。そう結論が出た瞬間、泣きそうなほど悔しくて腹立たしい。

「帰って下さい。そうやって情で絆そうとしても、この店は譲りません!」
「え? 小晴?」

 紫苑さんの背中を押して店側に戻し、黒服の人たちを睨んだ。弱り切った私にできる精一杯の足掻きだ。

「あの地上げ屋が失敗したから、今度は直接乗り込んで……懐柔作戦ですか。……そうまでしたとしても、絶対に権利書は渡しませんから!」
「こは」
「何か勘違いしているようですが」
「帰ってください!」

 言葉を遮って、アタッシュケースごと店の外に追い出した。紫苑さんは酷く傷ついたのか、あるいはこんな小娘に演技を見破られたことがショックだったのか、途中から顔を俯かせて固まっていた。

 黒服の人たちは私に暴力を吐くこともなく、紫苑さんが帰るのを促してくれた。「お館様が暴走したようですみません」と眼鏡の方が頭を下げて代金を支払おうとしたので断った。
 もし金銭を受け取ったら、後でまた言いがかりを付けてくる可能性だってある。
 気丈に振る舞おうとしても、声が震えてしまう。

「結構です。お引き取り下さい」
「……日を改めて謝罪にお伺いします」

 眼鏡の男の人は次の約束を取り付けるところまで粘った後、帰って行った。誰もいなくなった途端、一気に緊張が解けて、へなへなとその場に座り込むんだ。

 何度自分は同じ手口で引っかかりそうになるのだろう。あまりにも迂闊すぎる。
 惨めな気持ちが押し寄せてきて、泣きそうになったが何とか堪えた。

(……ほんと、ちょっと好意的な言葉をかけられただけで本気にして、浮かれるなんて……。浅緋を信じて裏切られて、次に常連さんを信用して……騙されそうになった。その次は紫苑さん……。本当に男運がない)

 楽しかった時間が一瞬で最悪な日に塗り変わった。外の雪も酷くなってきたので、客の見込みも絶望的だろう。

(今日は早めに店を閉めてしまおう)

 胸のチクチクした気持ちを誤魔化すように私は立ち上がった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!! 京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...