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第1章
第1話 それは幸福の微睡みの中で
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夜の帷が降りた頃、お風呂から上がった私は廊下を歩いていると宵の空には半透明の鯉が浮遊しているのが見えた。彼らはのちに龍となる存在だとか。何とも《幽世》とは摩訶不思議な場所だ。
(あっ)
ふと縁側に座っている偉丈夫を見つけた。
白紫色の長い髪に、青紫色の瞳の偉丈夫は着物姿で広々とした庭を眺めている。
私の白ブラウスに黒のスカートという安っぽい服装だが白蛇神、紫苑は、上質な白い布に、金刺繍であつらえている。人外の美しさが相まって、目を合わせるだけでドキドキしてしまう。
「紫苑」
「小晴か。……少しは《幽世》には慣れたかい?」
「あー、まあ。驚かなくはなりました……」
「そうか。じゃあ、この空間を一度壊して現世に寄せれば──」
「今のままでとても素敵です! このままがいいです」
「そうなのかい?」
ふわりと笑う。頬を染めて色香全開の笑みは心臓に悪い。婀娜っぽい雰囲気が悔しいほど似合う。
空は私の知る世界とは異なり、二つの月が浮かんでいるし、白銀色の龍や羽根を生やした魚たちが夜空を自由気ままに浮遊している。
《幽世》、それが白蛇神、紫苑の住んでいる世界。
現世とは異なる空間らしい。
「今日も小晴が喜ぶものを用意したんだ、褒めてくれるかな?」
「──っ、は、はい」
紫苑は褒められるのが好きで、何かと私が喜ぶものを贈ろうとする。最初は国宝級な骨董品や宝石を贈ってこようとしたが、丁重にお断りをしつつ、お互いに話しあって双方の負担にならない着地点を見出したところだ。
「今日は珍しい白龍が空を舞っているから、白銀の鱗が落ちてくると思うよ。あれはいい厄除けになる」
「!?」
前言撤回。白龍は龍の中でも吉兆と言われる存在であり、私に魔除けの鱗を渡すにしても演出が壮大すぎる。
「……もしかして、私はまたやりすぎてしまったかな?」
紫苑はしょんぼりと俯く。凛とした方なのにとても可愛らしくて、愛おしさが込み上げてくる。
勇気を出して紫苑の頬に触れると、ヒンヤリしてお風呂上がりには心地よい。
「小晴?」
「私が喜ぶと思って手配してくれたのでしょう。とっても嬉しいです。ありがとうございます」
「うん。私も少しは成長できたかな?」
「はい。もちろんですよ(時々、スケールが大きすぎて困惑はするけれど)……紫苑は私のことを好いてくれて大事にしてくれますから」
「うん。伴侶はそうあるものだからね」
甘い声に、蕩けるような笑顔。
人外の美しさを持つ偉丈夫を前に私の心臓は今日も持ちそうにない。
紫苑と出会うまで、私は老舗飴細工店の五代目として運営をしていた。不幸な事故と同僚の裏切りで廃業寸前に追い込まれて、身も心もボロボロな日々を送っていたのが遠い昔のよう。
(私が紫苑様と出会ったには、秋が終わって冬の十一月終わりだったかしら)
白龍の美しい鱗が雪のように見え、何となく昔を思い出した。
(あっ)
ふと縁側に座っている偉丈夫を見つけた。
白紫色の長い髪に、青紫色の瞳の偉丈夫は着物姿で広々とした庭を眺めている。
私の白ブラウスに黒のスカートという安っぽい服装だが白蛇神、紫苑は、上質な白い布に、金刺繍であつらえている。人外の美しさが相まって、目を合わせるだけでドキドキしてしまう。
「紫苑」
「小晴か。……少しは《幽世》には慣れたかい?」
「あー、まあ。驚かなくはなりました……」
「そうか。じゃあ、この空間を一度壊して現世に寄せれば──」
「今のままでとても素敵です! このままがいいです」
「そうなのかい?」
ふわりと笑う。頬を染めて色香全開の笑みは心臓に悪い。婀娜っぽい雰囲気が悔しいほど似合う。
空は私の知る世界とは異なり、二つの月が浮かんでいるし、白銀色の龍や羽根を生やした魚たちが夜空を自由気ままに浮遊している。
《幽世》、それが白蛇神、紫苑の住んでいる世界。
現世とは異なる空間らしい。
「今日も小晴が喜ぶものを用意したんだ、褒めてくれるかな?」
「──っ、は、はい」
紫苑は褒められるのが好きで、何かと私が喜ぶものを贈ろうとする。最初は国宝級な骨董品や宝石を贈ってこようとしたが、丁重にお断りをしつつ、お互いに話しあって双方の負担にならない着地点を見出したところだ。
「今日は珍しい白龍が空を舞っているから、白銀の鱗が落ちてくると思うよ。あれはいい厄除けになる」
「!?」
前言撤回。白龍は龍の中でも吉兆と言われる存在であり、私に魔除けの鱗を渡すにしても演出が壮大すぎる。
「……もしかして、私はまたやりすぎてしまったかな?」
紫苑はしょんぼりと俯く。凛とした方なのにとても可愛らしくて、愛おしさが込み上げてくる。
勇気を出して紫苑の頬に触れると、ヒンヤリしてお風呂上がりには心地よい。
「小晴?」
「私が喜ぶと思って手配してくれたのでしょう。とっても嬉しいです。ありがとうございます」
「うん。私も少しは成長できたかな?」
「はい。もちろんですよ(時々、スケールが大きすぎて困惑はするけれど)……紫苑は私のことを好いてくれて大事にしてくれますから」
「うん。伴侶はそうあるものだからね」
甘い声に、蕩けるような笑顔。
人外の美しさを持つ偉丈夫を前に私の心臓は今日も持ちそうにない。
紫苑と出会うまで、私は老舗飴細工店の五代目として運営をしていた。不幸な事故と同僚の裏切りで廃業寸前に追い込まれて、身も心もボロボロな日々を送っていたのが遠い昔のよう。
(私が紫苑様と出会ったには、秋が終わって冬の十一月終わりだったかしら)
白龍の美しい鱗が雪のように見え、何となく昔を思い出した。
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