1 / 57
第1章
第1話 それは幸福の微睡みの中で
しおりを挟む
夜の帷が降りた頃、お風呂から上がった私は廊下を歩いていると宵の空には半透明の鯉が浮遊しているのが見えた。彼らはのちに龍となる存在だとか。何とも《幽世》とは摩訶不思議な場所だ。
(あっ)
ふと縁側に座っている偉丈夫を見つけた。
白紫色の長い髪に、青紫色の瞳の偉丈夫は着物姿で広々とした庭を眺めている。
私の白ブラウスに黒のスカートという安っぽい服装だが白蛇神、紫苑は、上質な白い布に、金刺繍であつらえている。人外の美しさが相まって、目を合わせるだけでドキドキしてしまう。
「紫苑」
「小晴か。……少しは《幽世》には慣れたかい?」
「あー、まあ。驚かなくはなりました……」
「そうか。じゃあ、この空間を一度壊して現世に寄せれば──」
「今のままでとても素敵です! このままがいいです」
「そうなのかい?」
ふわりと笑う。頬を染めて色香全開の笑みは心臓に悪い。婀娜っぽい雰囲気が悔しいほど似合う。
空は私の知る世界とは異なり、二つの月が浮かんでいるし、白銀色の龍や羽根を生やした魚たちが夜空を自由気ままに浮遊している。
《幽世》、それが白蛇神、紫苑の住んでいる世界。
現世とは異なる空間らしい。
「今日も小晴が喜ぶものを用意したんだ、褒めてくれるかな?」
「──っ、は、はい」
紫苑は褒められるのが好きで、何かと私が喜ぶものを贈ろうとする。最初は国宝級な骨董品や宝石を贈ってこようとしたが、丁重にお断りをしつつ、お互いに話しあって双方の負担にならない着地点を見出したところだ。
「今日は珍しい白龍が空を舞っているから、白銀の鱗が落ちてくると思うよ。あれはいい厄除けになる」
「!?」
前言撤回。白龍は龍の中でも吉兆と言われる存在であり、私に魔除けの鱗を渡すにしても演出が壮大すぎる。
「……もしかして、私はまたやりすぎてしまったかな?」
紫苑はしょんぼりと俯く。凛とした方なのにとても可愛らしくて、愛おしさが込み上げてくる。
勇気を出して紫苑の頬に触れると、ヒンヤリしてお風呂上がりには心地よい。
「小晴?」
「私が喜ぶと思って手配してくれたのでしょう。とっても嬉しいです。ありがとうございます」
「うん。私も少しは成長できたかな?」
「はい。もちろんですよ(時々、スケールが大きすぎて困惑はするけれど)……紫苑は私のことを好いてくれて大事にしてくれますから」
「うん。伴侶はそうあるものだからね」
甘い声に、蕩けるような笑顔。
人外の美しさを持つ偉丈夫を前に私の心臓は今日も持ちそうにない。
紫苑と出会うまで、私は老舗飴細工店の五代目として運営をしていた。不幸な事故と同僚の裏切りで廃業寸前に追い込まれて、身も心もボロボロな日々を送っていたのが遠い昔のよう。
(私が紫苑様と出会ったには、秋が終わって冬の十一月終わりだったかしら)
白龍の美しい鱗が雪のように見え、何となく昔を思い出した。
(あっ)
ふと縁側に座っている偉丈夫を見つけた。
白紫色の長い髪に、青紫色の瞳の偉丈夫は着物姿で広々とした庭を眺めている。
私の白ブラウスに黒のスカートという安っぽい服装だが白蛇神、紫苑は、上質な白い布に、金刺繍であつらえている。人外の美しさが相まって、目を合わせるだけでドキドキしてしまう。
「紫苑」
「小晴か。……少しは《幽世》には慣れたかい?」
「あー、まあ。驚かなくはなりました……」
「そうか。じゃあ、この空間を一度壊して現世に寄せれば──」
「今のままでとても素敵です! このままがいいです」
「そうなのかい?」
ふわりと笑う。頬を染めて色香全開の笑みは心臓に悪い。婀娜っぽい雰囲気が悔しいほど似合う。
空は私の知る世界とは異なり、二つの月が浮かんでいるし、白銀色の龍や羽根を生やした魚たちが夜空を自由気ままに浮遊している。
《幽世》、それが白蛇神、紫苑の住んでいる世界。
現世とは異なる空間らしい。
「今日も小晴が喜ぶものを用意したんだ、褒めてくれるかな?」
「──っ、は、はい」
紫苑は褒められるのが好きで、何かと私が喜ぶものを贈ろうとする。最初は国宝級な骨董品や宝石を贈ってこようとしたが、丁重にお断りをしつつ、お互いに話しあって双方の負担にならない着地点を見出したところだ。
「今日は珍しい白龍が空を舞っているから、白銀の鱗が落ちてくると思うよ。あれはいい厄除けになる」
「!?」
前言撤回。白龍は龍の中でも吉兆と言われる存在であり、私に魔除けの鱗を渡すにしても演出が壮大すぎる。
「……もしかして、私はまたやりすぎてしまったかな?」
紫苑はしょんぼりと俯く。凛とした方なのにとても可愛らしくて、愛おしさが込み上げてくる。
勇気を出して紫苑の頬に触れると、ヒンヤリしてお風呂上がりには心地よい。
「小晴?」
「私が喜ぶと思って手配してくれたのでしょう。とっても嬉しいです。ありがとうございます」
「うん。私も少しは成長できたかな?」
「はい。もちろんですよ(時々、スケールが大きすぎて困惑はするけれど)……紫苑は私のことを好いてくれて大事にしてくれますから」
「うん。伴侶はそうあるものだからね」
甘い声に、蕩けるような笑顔。
人外の美しさを持つ偉丈夫を前に私の心臓は今日も持ちそうにない。
紫苑と出会うまで、私は老舗飴細工店の五代目として運営をしていた。不幸な事故と同僚の裏切りで廃業寸前に追い込まれて、身も心もボロボロな日々を送っていたのが遠い昔のよう。
(私が紫苑様と出会ったには、秋が終わって冬の十一月終わりだったかしら)
白龍の美しい鱗が雪のように見え、何となく昔を思い出した。
1
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

婚約破棄された私の結婚は、すでに決まっていた
月山 歩
恋愛
婚約破棄され、心の整理がつかないアリスに次の日には婚約の打診をするルーク。少ししか話してない人だけど、流されるままに婚約してしまう。政略結婚って言ったけれど、こんなに優しいのはどうしてかしら?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる