上 下
21 / 21

最終話 思い出を重ねて誓う

しおりを挟む
 ペルニーア小国での一件を早々に片付けた私とルティ様は、のんびりと観光を楽しんでいた。王城では何かと気を遣ってしまうので、高級ホテルを手配して貰っている。ルティ様は耳や角、尻尾を隠しているが、部屋の中では九つの尻尾を出して私の腰や腕に巻き付いていた。可愛い。モフモフ。

 この国に滞在して二日が過ぎた。新たな王の即位もあり、中央広場にはたくさんの屋台があって祝福モードだ。昨日は中央広場で買い食いして、適当に観光して楽しんだ。しかし今日はなんというか、ルティ様がしょんぼりしている。
 ソファに座りながら理由を尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「シズクとパーティー会場で踊るのを忘れていた……」
「そういえばそうでした」
「シズクとやりたいことリストを作って見たのだが、やりたいことがたくさんありすぎて手帳一冊分では足りなさそうだ」
「一冊分!? いつの間に……」
「シズクと再会してから書きためていたのだけれど、日が経つごとに増えている」

 分厚い手帳に一体何を書いたのか気になってちらっと見せて貰った。「シズクとお揃いのマグカップを買いに行く」とか「シズクとダンスをする」など日常的な細かなことがたくさん書かれていた。

「これから一つ一つ叶えていくので、二冊目は半分以上叶えてからで良いのではないですか?」
「全部叶う。……それはとても素敵だ」

 ルティ様はウットリとしながら、私を見つめ返す。
 ルティ様が怖がらないように、たくさんの思い出を重ねよう。この人を二度と置いて逝かないように、手を離さない。命を投げ出さないでいようと心に誓った。


 ***


 翌日、私たちは古い墓を訪れた。
 三百年以上経っている古い王家の墓は、苔が生えて長い年月が経っていることを思い知らされる。そこにブリジットの名前もあった。
 西の森とペルニーア小国の国境付近にあり、ルティ様が禁足地に指定した場所らしい。空気が澄んでいて、エメラルドグリーンに包まれた美しい森は誰かが管理しているようだった。

「ルティ様、墓参りに同行してくれてありがとうございます」
「……シズクはペルニーア小国に残りたい?」
「いえまったく」
「え」
「カシミロ様がブリジットの……クレパルティ王家の子孫でも、残りたいとは思いませんよ」
「シズク……」
「そういえば、ブリジットがなくなった日に祖国で火事があったと思うのですが、ルティ様は何かご存じですか?」
「ん? ああ……内乱があったと聞いた。恐らくあの女の仕込みだったのだろう」
「(やっぱりあの女ダニエラ様の……)そうだったのですね」

 ルティ様は笑みに陰りを見せつつ、問うた。

「私がクレパルティ大国を終わらせたことを……怨んでいないか?」
「え?」
「世界情勢を安定させる御題目があったとはいえ、私が君の祖国を滅ぼしたことに間違いはないのだから……」

 どこまでもこの人は私のために心を砕いて、寄り添ってくれる。
 そのことが嬉しい。それに──。

「ルティという名前、ずっと気になっていたのですけれど、クレパルティの、『ルティ』を取って付けたのでしょう」
「……うん」
「ブリジットの祖国語で『祝福』という意味を継いでくださったのでしょう。忘れないように、その気持ちだけで嬉しいです。それにペルニーア小国は祖国だった面影もありますが、今の私は春夏秋冬雫ですから。ルティ様と出会った温泉都市リディスに、ルティ様との家に帰りたいと思っていますよ」

 ルティ様は泣きそうな顔で、私に向き直って頬にキスをする。くすぐったいけれど、私もキスを返す。モフモフの尾が私の腰に巻き付く。すっかりこれが癖になってしまったようだ。モフモフ最高なので私も嬉しい限りだけれど。

「シズク。……ここで、誓ってほしい。病める時も、健やかな時も、呪いも、死すら私たちの愛の前では無意味であり、喜びに満ちた時も、深い悲しみにある時も共に過ごしてほしい」
「……えっと、とても良いシーンなのですが、『死すら私たちの愛の前では無意味であり』って?」
「人の結婚では『死が二人を分かつまで』という近いがあると聞いた」
「たしかにありますね。人族には逆らうことのできない『死以外には夫婦でなくなることを認めない』という意味ですが……」
「死ごときが私とシズクの仲を裂くなど許せなかったので、私なりにアレンジを入れてみた。……シズク、誓っていただけないのか?」

 ここで小首を傾げるのは反則だと思う。
 時々ルティ様の冗談ではないガチの愛情の深さに慄くも、それがルティ様なのだと受け入れている自分も大概だと思う。
 静かな小鳥たちが見守る中で私は「誓います」と答えた。

 ここまで長い道のりだったと思いながらも、今この瞬間の幸福に思う存分溺れよう。今は私を《呪われた片翼》だと言う者はいないのだから。

 四大種族でありながら短命な《高魔力保持者》に神々は、対となる《比翼連理の片翼伴侶》を人族から得るように祝福願いをかけた。
 それは人族の持つ運命を打ち破る思いの強さが《高魔力保持者》の孤独と苦悩を癒すと期待していたのかもしない。
 共存共栄……。そうね、お互いのことを理解し合わなければ無理だわ。だからこそ今世では──。

「ルティ様、末永くお傍にいさせてくださいね」
「ああ」

 どちらともなく誓いのキスをする。
 それは甘くて、とても幸福な味がした。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

sanzo
2024.10.28 sanzo

面白かった〜😊

価値観の齟齬って怖いですね。
だからこそ、キチンと意思疎通しなきゃだし、意見のすり合わせが大事。

半年は名前を呼べないとか、最初に話し合わなきゃいけない所を端折ったらダメだね。

忙しいとか、信用してたのだとしてもクソ女に言われるまま丸投げしてたルティは悪手だった。

まぁ、360年後のルティは可愛くなってたから、許す!
(上から目線🤣)


2人が末永く幸せで居られますように✨️

解除

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。