前世生贄王女だったのに、今世ではとびきりの溺愛が待っていました ~片翼って生贄の隠語でしたよね?~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
10 / 21

第10話 ボタンの掛け違い

しおりを挟む
 底抜けに明るい声がドアの向こうからした。
 そこには鷲の羽根に、蛇の鱗の肌を持った美女が佇んでいた。足はふくらはぎの部分から鷲の足。ふと元の世界のゲームに出てくる上半身は女性、体は鳥の女面鳥身ハーピーの姿を思い出した。この大雪の中で露出が高く、水着のような恰好を見た瞬間、思わずルティ様の両手を隠す。

 あんなお色気満々な人にルティ様が惚れられたら、確実に負ける。プロポーションとか勝ち目ゼロだもの! せめて前世ほどのポテンシャルがあれば、張り合えたかもしれないのに……。

「シズク? あんな肉の塊などで欲情しないから大丈夫だよ。するのならシズクだけ」
「そっか、よかった(……ん? なんか最後にとんでもないことを言われたような?)」
「まあ、天狐人じゃない! 地上にどうして貴方みたいな存在がいるのよ?」

 髪は紫色で、瞳は猛禽類のように鋭く金色で美しい。声も可憐だわ。でもそこに感情らしい温度感はなかった。

「お前には関係ないことだ。用があるのは、そこにいる《片翼》か?」
「そうそう♪ 私の大事な、大事な《片翼》なの。百年目でやっと見つかって求婚したのに断るのよ。条件が飲めなければ、なんて意味不明なことばかりって……。《片翼》に選ばれたのに、断るなんてできないのにね。……だから求愛紋を施そうとしたのに途中で逃げるから、中途半端になって呪いになりかけているわ」
「──っ」

 大事だと言いながら、彼女は《片翼》として選んだ青年エディのことを心配していなかった。その悪びれる様子もないことに腹が立った。

「……どうして《片翼》に選ばれただけで、伴侶になるのが当たり前みたいなことを言うのですか?」
「シズク?」
「なに? 貴女?」
「答えてください。それ次第でこの人たちを貴女に渡すかどうか決めます」
「え」
「し、シズク? もしかして同族だから同情を? それともその二人が気に入っちゃった?」

 ルティ様は斜め上な発言にちょっと力が抜けてしまった。いやまあ、感情的になってブリジットの時の感情が出てきてしまったので、気をつけないと。

「違います。……私の世界でも政略結婚など愛のない結婚はありますけど、それぞれ話し合いと交渉の果てに妥協点を見出して家族となります。そして条件が合わなければ当然離縁もします」
「え、なにその怖い世界……」
「残酷すぎる。死ねというの?」

 ルティ様と鳥竜族の女性は全力で慄いていた。怖いのは貴方がたの思考回路なのだけれど……。この際思っていることを言ってしまおう。

「人族は短命です。でもその分短い時間の中でも、一緒になる人との繋がりを大事にします。だから私たちにとって《片翼》に選ばれたと言われても、器が適合した《生贄》程度の認識でしかなく、名誉だとか誉れだとか思っていません」
「え、生贄!?」
「なんで《片翼》が生贄になるのよ!」

 途端にルティ様と鳥竜族の女性が同時に声を上げた。

「《片翼》とは生贄の隠語なのでしょう?」
「……っ、違う!」
「…………生贄? 違うわ」
「そうだ、贄な訳ない!」
「……本当に、生贄じゃない?」
「たった一人の伴侶で、《片翼》だ。魂の巡り合わせで同じ魂を好きになることはあっても、他の誰かを好きになることはない。それが《比翼連理の片翼》、文字通り、自分の半身であり、唯一無二の存在。心から愛して、存在無しにはいられない──重愛を注ぐ相手だ」

 何を言っているのだろう。
 そんな訳ない。だって……本当に伴侶、《片翼》としてだったら……。ブリジットの時はどうしてあんな扱いを?
 ぐっと、拳を握って溢れ出す感情をぶちまける。

「だとしても! 《片翼》だから無条件で好きになる訳がない。せいぜいキッカケとしての取っかかりであれば良いですけれど、人族は言葉で、態度で何度も示さなければ信用できない臆病かつ慎重な生き物なのです。……そんな人族に『《片翼》だから』と言われ続け、会話もなければ、形だけの仮面夫婦にしかなりませんよ? それを望むのですか?」
「そんなの……嫌」
「じゃあ、ちゃんと会話して相手とコミュニケーションをとらないと、嫌われますよ」
「!?」
「《片翼》でも……そうなの?」
「《片翼》だから無条件で好きだって思えるのは、四大種族側だけだと思いますよ?」
「「…………」」

 沈黙。というか美女さんはすでに泣きそうだ。泣かすつもりはなかったのだけれど……。

「その……仲裁して貰ってなんだが、君の……その……大賢者様が灰になりかけているのだが……」
「ハッ! ルティ様、すみません。思わず本音を」
「ほんね」
「トドメを刺しに言った……」

 ルティ様の髪の艶は消えて、尻尾はかなり動揺しているのか震えっぱなしだ。目は潤んでいて今にも涙をこぼしそう。

「シズク……っ、私のこと……き、嫌いになるのか?」
「──っ」

 こっちにまで深刻は精神的なダメージを与えてしまったわ。でも……本心だもの。ルティ様のしおしおの髪を丁寧に撫でた。
 生贄じゃなかった? まだ気持ちが消化できていないけれど、今はルティ様のフォローが先だわ。

「ルティ様は私に求愛してくれましたけど、私の言葉を、話をちゃんと聞いて選択肢をくださったでしょう。だからあそこにいる鳥竜族さん? とは違いますよ」
「ほんとうに?」
「はい。……でも人族の感情は流動的です。好きだって思っていても口にせず、関わろうとする時間が短くなれば、愛情も目減りします。《片翼》という繋がりや唯一無二の存在であることを人族である私たちは本能的に理解出来ない。人族の愛情は一つじゃないから、だから人族の伴侶を選ぶ時はとっても面倒で、努力が必要です」
「努力する……」
「(……生贄だって思っていたのは、私の勘違いだった? ううん、まだ答えを出すのは早いわ)じゃあ、私もルティ様と一緒に居られるように努力します。お互いに自分の種族のことを、価値観のことを何度も話し合って、そうやって無理のない範囲でルールを決めるのです」
「それは……違う種族だから?」

 ポロポロと涙をこぼすルティ様の頬にキスをする。

「種族が違うのもありますが……。ルティ様の常識と、私の常識が違うように、伴侶としての考え方も生き方も違うのですから、折り合いを付ける必要があるのです。それがなかったら」
「なかったら?」
「こちらのお二人のように、今まさに破局して人族側が死ぬところです」
「「!?」」

 ルティ様は床に突っ伏している青年を見た直後、私を抱きしめて「そんなのは駄目だ」と震えて怯えている。鳥竜族の女性は結界に張り付いてドンドンと叩きながら泣いていた。

「そんなの駄目よ! やっと見つけた《片翼》なのに!」
「《片翼》という理由だけなら、今のセリフは人族的に好感度マイナスです」
「──っ、出会った頃、小鳥の姿で怪我して……私を助けてくれたのよ。魔物の鴉相手にボロボロになりながらも、助けてくれて……ふわふわの金髪と笑顔を見た時にこの人だって……この人しかいないって……だから、死んじゃうのは、いや」

 なんだ。ちゃんと好きになる理由はあるのね。
 それにちょっとだけ救われた。ブリジット前世の私も、もしかしたら私が気付かなかっただけで、生贄ではなかった?
 よく考えれば生贄の発想は、あの二人によって植え付けられたものだった? そうだとしたら筋は通る。

「ルティ様、死にかけているこの方をなんとかできますか?」
「求愛紋が中途半端に刻印されているせいで、魔力炉が未完成の状態だな。その器官が正常に活動してなくて毒に似た症状が出ている。……鳥竜族、お前はあの状態から一度解除はできるか?」
「……解除は、無理。私たち鳥竜族は求愛紋を施すしかできない」
「では私が一度解除しよう」
「──っ」

 パチン、と指を鳴らすことで苦しんでいた青年の求愛紋が砕けた音が聞こえた。意図も簡単に求愛紋を解除したことに声が出ない。忘れていたけれど、ルティ様は神々の次に力を得た天狐族だったわ。

「危なかったな。あと一刻ほど遅かったら肉体が持たなかった。魔力炉は人族にはない器官だ。それを作り出すために半年ほど時間を掛けて肉体に馴染ませ、できるだけ傍にいることで形成する。それを数時間で施そうと勇み足を踏むから、肉体が拒絶してしまうんだ」
「そ、そうなのか!?」

 魔法の事になった瞬間、金髪碧眼の青年王子が目を輝かせて話に割り込んでいた。うん。この人は間違いなく魔法好きだわ。

「人族は無知だな。《片翼》に選ばれた場合、本能的に──」
「「「?」」」

 ルティ様は目を見開いてハッとしていた。そのあと滝のような汗を流しつつ、油の切れた機械人形のごとく首を私に向ける。この表情、ちょっと新鮮かも。

「シズク……。もしかして魔力炉がなにかとか……《片翼》について知識は……」
「そんなものないですよ? 魔力炉ってそもそもなんなのです? もしかして魔力炉があると高度な魔法が使えるとか? 《高魔力保持者》が《片翼》と触れ合うことで、魔力消費を促すことなら知っていましたけど?」
「嘘……でしょ、《片翼》の常識とか……人族は知らない?」
「知りませんよ。……そこの王子様、この世界では常識だったりします?」

 急に全員の視線が王子に向けられる。その圧に困惑しつつも答えてくれた。

「い、いや……。魔力炉は人族以外の種族にある……とは古文書で読んだぐらいで……魔法を生業にしている王宮魔法使いでも知っているかどうか……。《片翼》についても名誉なことと書物には記載されているが、人身御供の生贄という認識が根付いている。贄と引き換えに五穀豊穣を齎すとかが伝承として根付いているな」
「「………………」」

 再び重苦しい空気がしばらく流れたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

満月の夜は旦那様(モフモフ)を愛でる素晴らしい日です!

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「旦那様……! おかえりなさいませ」 「ただいま。私の可愛いお姫様」 元騎士団団長(現在は騎士団指南役兼王太子護衛役)の侯爵家オーガストに嫁いだ第六王女ルーシィは珍しい恋愛結婚で結婚後も相思相愛。 狼人族にとって気性が荒くなる満月の夜は獣の姿に戻るのだが、それに対してルーシィは──。 「きゃーーーー! 旦那様素敵! 綺麗、美しいですわぁああ! モフモフ……ギュッとしても?」  全力でオーガスト(旦那様)のお世話を買って出る。そんな妻のはしゃぎように「まったくもうしょうがない人だ」とオーガスト(旦那様)も野性味は何処へ?という感じで妻にでろでろ。侯爵家は幸福な日々を過ごしているのだが、ルーシィは嫁いでから領地内での収穫祭に行くことを禁止されている。過保護なオーガスト(旦那様)に不満は無いのだが、一緒にデートする夢を捨てきれずにいた。  そんななか隣国の蛇人族ベルトラン王子の画策によりルーシィを連れられしまい、オーガストが我を忘れて獣に戻ってしまうのだが──。 ※最初から最後までモフモフ甘々、相思相愛がカンストしています。 こちらは氷雨そら(X @ hisamesora)さんのもふもふヒーロー企画参加作品です。

【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

たまこ
恋愛
 真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。  ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。

石河 翠
恋愛
伯爵令嬢ミランダは、前世日本人だった転生者。彼女は階段から落ちたことで、自分がかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生したことに気がついた。 そこで彼女は、前世の推しである侯爵令息エドワードの幸せのために動くことを決意する。好きな相手に振られ、ヤンデレ闇落ちする姿を見たくなかったのだ。 そんなミランダを支えるのは、スパダリな執事グウィン。暴走しがちなミランダを制御しながら行動してくれる頼れるイケメンだ。 ある日ミランダは推しが本命を射止めたことを知る。推しが幸せになれたのなら、自分の将来はどうなってもいいと言わんばかりの態度のミランダはグウィンに問い詰められ……。 いつも全力、一生懸命なヒロインと、密かに彼女を囲い込むヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:31360863)をお借りしております。

洗浄魔法はほどほどに。

歪有 絵緖
恋愛
虎の獣人に転生したヴィーラは、魔法のある世界で狩人をしている。前世の記憶から、臭いに敏感なヴィーラは、常に洗浄魔法で清潔にして臭いも消しながら生活していた。ある日、狩猟者で飲み友達かつ片思い相手のセオと飲みに行くと、セオの友人が番を得たと言う。その話を聞きながら飲み、いつもの洗浄魔法を忘れてトイレから戻ると、セオの態度が一変する。 転生者がめずらしくはない、魔法のある獣人世界に転生した女性が、片思いから両想いになってその勢いのまま結ばれる話。 主人公が狩人なので、残酷描写は念のため。 ムーンライトノベルズからの転載です。

処理中です...