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第7話 縮む距離と踏み出せない一歩
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秋から冬に向けて寒くなり始めた頃、編み物も順調でくさり編みのマフラーが完成した。
うんうん、編み具合も均等でよくできている。
次はカーディガンを作ろう。
このところルティ様への相談や薬の依頼が多くて、製作時間を多めにとって、薬草採取は冒険者ギルドに依頼しているらしい。この世界の冒険者ギルドは魔物や大型獣討伐専門家で、薬草採取もその一環として請け負っている。
一緒に薬草採取の時間がなくなったのは寂しいけれど……。ルティ様といつも一緒だったので、暖炉のあるリビングで編み物をしていると、何だか落ち着かない。集中してもふとした時にルティ様の顔を思い出してしまう。
このところ独りの時間が増えてからかもしれない。今までは割と、いやかなり? ルティ様が傍にいた。
どちらかというと、私が居なくならないか不安だったのかも?
急にいなくなるほど向こう見ずじゃないのだけれど……。そう思いながら手を動かす。集中できる物があってよかった。黙々と手を動かす。一つ一つ紡ぐことで形をなしていくのはやっぱり楽しい。
「──シズク」
「ひゃう?」
耳元で囁かれて変な声が漏れた。振り返るとルティ様がすぐ傍にいるではないか。しかも「可愛い」と言うと同時に頬にキスをする。
「──っ、ルティ様」
「仕事が大変で……シズクをギュッとしないと力がでないんだ。深刻なシズク不足……」
あの約束をした日から、ルティ様は私のことを『シズク』と呼ぶようになった。お互いの関係が変わったわけじゃないけれど、私を好きだという気持ちは以前よりも態度に出すようになったと思う。先ほどのキスもそうだ。
ハグも強請ってきている。これは冗談でいつも軽くあしらうのだが、本当に疲弊しているのが見えていたので……私からギュッとルティ様に抱きつく。
「いつもの冗──っ」
「疲れた時に、ハグをすると……癒されると……どこかの書物に書いてあった気がしたので」
「うん。その書物があったら賞賛を贈りたいな」
今日はミントの香りが強くて、でもルティ様の温もりにホッとする自分がいる。ガッシリとした体で、私はあっという間に腕の中に囚われてしまう。普段隠している狐の尾もここぞとばかりに出現して私を包み込んでモフモフする。モフモフ、フワフワ最高!
「シズクから抱擁記念に、何かお揃いの物を買おうか?」
「それだと私から何かするたびに記念品が増えません? キスとかしたら」
「キスしてくれるのかい!?」
「た、例えばです!」
「そんな可能性があるだけで、期待してしまうのだけれど」
耳元で囁かないで欲しい。しかしここでキスをしてしまったら思う壺で、なんだか悔しい。「お昼の準備をするので離してください」と体の良い言い訳を口にする。
「私も手伝うよ。今日はなにを作るんだい?」
「この間採れたバジルでソースを作ったからそれのパスタと、昨日お肉屋さんでウインナーを貰ったでしょう。それを焼こうと思うの。スープは朝作った卵スープがあるし」
「どれも美味しそうだ。それなら私はウインナーを焼こう」
「うん」
お昼の準備をしようと思って、ふとマフラーが完成したことを思い出す。いそいそとマフラーを手に持って、キッチンに向かうルティ様を呼び止めた。
「ルティ様、これ……できたので」
「──っ、本当に作って」
「はい。本格的な冬が来る前でよかったです」
手渡したマフラーをルティ様は慈しみ、そっと抱きしめた。喜んでもらえて嬉しい。手作りって喜んで貰える人がいるからこそ、労力と時間をかけて作ってよかったってなるのよね。
「シズクの匂いがする」
「……一度洗濯して渡しますね」
「え」
「そんな絶望的な顔をしないでください。どちらにしても洗濯はしますよ?」
「じゃあ、シズクからマフラーを掛けてくれないか?」
「じゃあ、の意味がよくわからないですが良いですよ。ちょっと屈んでください」
「ん」
少しだけ屈んだルティ様にマフラーを掛けてあげた。今回は紺色と灰色のくさり編みで作ってみた。もう少し上達したら紋様をいれても良いかもしれない。少し長めに作ったけれど、うんとっても似合っている。
「はい、できました」
「ありがとう、シズク。大事にするよ」
ちょん、と鼻にキスをする。あとちょっと下だったら唇に触れていた。そう思うと体中の熱が頬に集まる。
「可愛い。……大好き、愛しているよ、シズク」
「──っ」
サラッと額にもキスしてキッチンに向かってしまった。心臓がバクバクとして固まって動けそうにない。
こんなに甘い声、キスなんて知らない。
こんなに胸が熱くて、苦しくて、心音がうるさいのも知らないわ。
どうして前世では、こんな風に愛してくれなかったの?
前世で生贄だったって気付かれたら前のように戻ってしまうの?
口を開き掛けて、下唇を噛んで堪えた。
***
その日、買い出しに出ると都市の様子が少し変わっていた。
冬自宅で忙しいのもあるけれど、それとは別にお祭りの準備に勤しんでいる。特に蝋燭がいっぱい売られていて、蜂蜜や木の実がたっぷり入ったケーキが売られていた。
ブリジットの記憶にも冬のお祭りはなかったはず。秋祭りと春祭り、あとは年越し前と、祝年祭り……。
「ルティ様」
少し前を歩いていたルティ様を呼び止めようと、ちょんと、服を掴んだ。それがルティ様的には良かったのか「その呼び止め方いい」と感動していた。
「戻ってきてください、ルティ様」
「あ、ごめん。日に日にシズクが可愛くて」
「さらっとまた……って、ルティ様、お祭りが近々あるのですか?」
「ん? ああ、そっか。冬迎えの祭であり、魔女の大晦日サーオインでもあるんだ。新しい日に蝋燭を取り替えるのが習わしだよ」
「そうなのですね。じゃあ、あの木の実がたっぷり入ったケーキは?」
「死者への手向けとして家族で切り分けて食べるんだ。その時期になると大切な人が戻ってくることを望んで」
「(元の世界だとお盆……ううん、ハロウィンみたい?)この世界では亡くなった方が現れるのです?」
「転生してなければ思念体が現れることもあるかな。あとは夢に出てくるとか」
ルティ様は私の手を取って恋人繋ぎをする。普通の手を繋がないところがこの人らしい。
「本当に現れるなんて、この世界は凄いのですね」
「君のいた世界に比べたらそうかもね。……せっかくだから蝋燭と、木の実のケーキを食べてみようか」
「良いのですか!? あのケーキ、ホールですよ、ばら売りしていません」
ルティ様はクスクスと上品に笑う。食い意地が張っていると思われただろうか。ちょっと恥ずかしいわ。
「本当にシズクは可愛いな。君が望むのなら、いくらでもなんでもあげるのに」
「充分貰っていますよ?」
「そうかい? もっと我が儘になってくれてもいいのに」
我が儘。
すでに衣食住や安全面も含めて、お世話になりっぱなしな恩人でもあるルティ様に、これ以上強請るのはなんだか申し訳ないわ。でもルティ様としてはそうは思ってないのよね。
「(我が儘……)では、その、……今度一緒に、クレープのあるカフェに行ってみたいです」
「はーーーー、我が儘が何処までも可愛すぎる」
「で、でも、その……好き……というか、気になる人と一緒にカフェでお茶したいって、ずっと夢だったのですよ」
「好き……気になる人。え、それって都合良く解釈すると、私のことをそれなりに好意的に思っていると言うこと? 馬鹿な、いや落ち着け聞き間違い、幻聴、自分の妄想の類いかもしれない。ここは慎重に聞き返す必要がある……」
「(ルティ様の許容量が一瞬でパンクした!? しかも心の中で思っていることが全部口に出ている!)あの、ルティ様」
「うん、結婚しましょう(カフェに行きたいと聞こえたのだけれど?)」
「ルティ様!? どうしてその結論が出たのですか!?」
「今、私はなんと?」
「『結婚しましょう』って」
「え、シズク。私と結婚してくれるのですか? 嬉しいです。絶対に幸せにします」
「にゅあああーーー、ルティ様の言葉を繰り返しただけです! ハッ、さてはわざと!?」
「早速教会に提出しないと」
「ルティ様!」
いつもの冗談、あるいは悪ふざけだと分かって睨んだらニコニコしたまま「冗談だよ(今のところはね)」と答える。
あ。うん。今副音声で(今のところは)ってばっちり聞こえました。あと目がマジなのだけれど……。
「ごめん、ごめん。ちょっと悪乗りしすぎたかな。……でもシズクが嬉しいことを言うから、理性を三千世界に放り投げて来ちゃって」
「理性はそう簡単に手放しては、駄目なのでは?」
「シズクだけですよ。私をこんな風に振り回せるのは」
「…………」
それはブリジットもですか? そう口にしようとして下唇を噛みしめた。
どうしてこの人は、シズクにこんなに優しいの?
どうして? ブリジットの時は──。
「それは──光栄です」
笑えているか分からないけれど、沈めても、封じても過去がふとした瞬間に溢れ出す。なにもかも聞いてしまえば楽になるのに、今積み上げている関係が心地よくて、愛おしくて壊したくない。
もう少しルティ様のことを観察していけば、一緒に暮らしていれば──そうやって先送りして良い結果が出たことなんてないのに、私は愚かだった。
うんうん、編み具合も均等でよくできている。
次はカーディガンを作ろう。
このところルティ様への相談や薬の依頼が多くて、製作時間を多めにとって、薬草採取は冒険者ギルドに依頼しているらしい。この世界の冒険者ギルドは魔物や大型獣討伐専門家で、薬草採取もその一環として請け負っている。
一緒に薬草採取の時間がなくなったのは寂しいけれど……。ルティ様といつも一緒だったので、暖炉のあるリビングで編み物をしていると、何だか落ち着かない。集中してもふとした時にルティ様の顔を思い出してしまう。
このところ独りの時間が増えてからかもしれない。今までは割と、いやかなり? ルティ様が傍にいた。
どちらかというと、私が居なくならないか不安だったのかも?
急にいなくなるほど向こう見ずじゃないのだけれど……。そう思いながら手を動かす。集中できる物があってよかった。黙々と手を動かす。一つ一つ紡ぐことで形をなしていくのはやっぱり楽しい。
「──シズク」
「ひゃう?」
耳元で囁かれて変な声が漏れた。振り返るとルティ様がすぐ傍にいるではないか。しかも「可愛い」と言うと同時に頬にキスをする。
「──っ、ルティ様」
「仕事が大変で……シズクをギュッとしないと力がでないんだ。深刻なシズク不足……」
あの約束をした日から、ルティ様は私のことを『シズク』と呼ぶようになった。お互いの関係が変わったわけじゃないけれど、私を好きだという気持ちは以前よりも態度に出すようになったと思う。先ほどのキスもそうだ。
ハグも強請ってきている。これは冗談でいつも軽くあしらうのだが、本当に疲弊しているのが見えていたので……私からギュッとルティ様に抱きつく。
「いつもの冗──っ」
「疲れた時に、ハグをすると……癒されると……どこかの書物に書いてあった気がしたので」
「うん。その書物があったら賞賛を贈りたいな」
今日はミントの香りが強くて、でもルティ様の温もりにホッとする自分がいる。ガッシリとした体で、私はあっという間に腕の中に囚われてしまう。普段隠している狐の尾もここぞとばかりに出現して私を包み込んでモフモフする。モフモフ、フワフワ最高!
「シズクから抱擁記念に、何かお揃いの物を買おうか?」
「それだと私から何かするたびに記念品が増えません? キスとかしたら」
「キスしてくれるのかい!?」
「た、例えばです!」
「そんな可能性があるだけで、期待してしまうのだけれど」
耳元で囁かないで欲しい。しかしここでキスをしてしまったら思う壺で、なんだか悔しい。「お昼の準備をするので離してください」と体の良い言い訳を口にする。
「私も手伝うよ。今日はなにを作るんだい?」
「この間採れたバジルでソースを作ったからそれのパスタと、昨日お肉屋さんでウインナーを貰ったでしょう。それを焼こうと思うの。スープは朝作った卵スープがあるし」
「どれも美味しそうだ。それなら私はウインナーを焼こう」
「うん」
お昼の準備をしようと思って、ふとマフラーが完成したことを思い出す。いそいそとマフラーを手に持って、キッチンに向かうルティ様を呼び止めた。
「ルティ様、これ……できたので」
「──っ、本当に作って」
「はい。本格的な冬が来る前でよかったです」
手渡したマフラーをルティ様は慈しみ、そっと抱きしめた。喜んでもらえて嬉しい。手作りって喜んで貰える人がいるからこそ、労力と時間をかけて作ってよかったってなるのよね。
「シズクの匂いがする」
「……一度洗濯して渡しますね」
「え」
「そんな絶望的な顔をしないでください。どちらにしても洗濯はしますよ?」
「じゃあ、シズクからマフラーを掛けてくれないか?」
「じゃあ、の意味がよくわからないですが良いですよ。ちょっと屈んでください」
「ん」
少しだけ屈んだルティ様にマフラーを掛けてあげた。今回は紺色と灰色のくさり編みで作ってみた。もう少し上達したら紋様をいれても良いかもしれない。少し長めに作ったけれど、うんとっても似合っている。
「はい、できました」
「ありがとう、シズク。大事にするよ」
ちょん、と鼻にキスをする。あとちょっと下だったら唇に触れていた。そう思うと体中の熱が頬に集まる。
「可愛い。……大好き、愛しているよ、シズク」
「──っ」
サラッと額にもキスしてキッチンに向かってしまった。心臓がバクバクとして固まって動けそうにない。
こんなに甘い声、キスなんて知らない。
こんなに胸が熱くて、苦しくて、心音がうるさいのも知らないわ。
どうして前世では、こんな風に愛してくれなかったの?
前世で生贄だったって気付かれたら前のように戻ってしまうの?
口を開き掛けて、下唇を噛んで堪えた。
***
その日、買い出しに出ると都市の様子が少し変わっていた。
冬自宅で忙しいのもあるけれど、それとは別にお祭りの準備に勤しんでいる。特に蝋燭がいっぱい売られていて、蜂蜜や木の実がたっぷり入ったケーキが売られていた。
ブリジットの記憶にも冬のお祭りはなかったはず。秋祭りと春祭り、あとは年越し前と、祝年祭り……。
「ルティ様」
少し前を歩いていたルティ様を呼び止めようと、ちょんと、服を掴んだ。それがルティ様的には良かったのか「その呼び止め方いい」と感動していた。
「戻ってきてください、ルティ様」
「あ、ごめん。日に日にシズクが可愛くて」
「さらっとまた……って、ルティ様、お祭りが近々あるのですか?」
「ん? ああ、そっか。冬迎えの祭であり、魔女の大晦日サーオインでもあるんだ。新しい日に蝋燭を取り替えるのが習わしだよ」
「そうなのですね。じゃあ、あの木の実がたっぷり入ったケーキは?」
「死者への手向けとして家族で切り分けて食べるんだ。その時期になると大切な人が戻ってくることを望んで」
「(元の世界だとお盆……ううん、ハロウィンみたい?)この世界では亡くなった方が現れるのです?」
「転生してなければ思念体が現れることもあるかな。あとは夢に出てくるとか」
ルティ様は私の手を取って恋人繋ぎをする。普通の手を繋がないところがこの人らしい。
「本当に現れるなんて、この世界は凄いのですね」
「君のいた世界に比べたらそうかもね。……せっかくだから蝋燭と、木の実のケーキを食べてみようか」
「良いのですか!? あのケーキ、ホールですよ、ばら売りしていません」
ルティ様はクスクスと上品に笑う。食い意地が張っていると思われただろうか。ちょっと恥ずかしいわ。
「本当にシズクは可愛いな。君が望むのなら、いくらでもなんでもあげるのに」
「充分貰っていますよ?」
「そうかい? もっと我が儘になってくれてもいいのに」
我が儘。
すでに衣食住や安全面も含めて、お世話になりっぱなしな恩人でもあるルティ様に、これ以上強請るのはなんだか申し訳ないわ。でもルティ様としてはそうは思ってないのよね。
「(我が儘……)では、その、……今度一緒に、クレープのあるカフェに行ってみたいです」
「はーーーー、我が儘が何処までも可愛すぎる」
「で、でも、その……好き……というか、気になる人と一緒にカフェでお茶したいって、ずっと夢だったのですよ」
「好き……気になる人。え、それって都合良く解釈すると、私のことをそれなりに好意的に思っていると言うこと? 馬鹿な、いや落ち着け聞き間違い、幻聴、自分の妄想の類いかもしれない。ここは慎重に聞き返す必要がある……」
「(ルティ様の許容量が一瞬でパンクした!? しかも心の中で思っていることが全部口に出ている!)あの、ルティ様」
「うん、結婚しましょう(カフェに行きたいと聞こえたのだけれど?)」
「ルティ様!? どうしてその結論が出たのですか!?」
「今、私はなんと?」
「『結婚しましょう』って」
「え、シズク。私と結婚してくれるのですか? 嬉しいです。絶対に幸せにします」
「にゅあああーーー、ルティ様の言葉を繰り返しただけです! ハッ、さてはわざと!?」
「早速教会に提出しないと」
「ルティ様!」
いつもの冗談、あるいは悪ふざけだと分かって睨んだらニコニコしたまま「冗談だよ(今のところはね)」と答える。
あ。うん。今副音声で(今のところは)ってばっちり聞こえました。あと目がマジなのだけれど……。
「ごめん、ごめん。ちょっと悪乗りしすぎたかな。……でもシズクが嬉しいことを言うから、理性を三千世界に放り投げて来ちゃって」
「理性はそう簡単に手放しては、駄目なのでは?」
「シズクだけですよ。私をこんな風に振り回せるのは」
「…………」
それはブリジットもですか? そう口にしようとして下唇を噛みしめた。
どうしてこの人は、シズクにこんなに優しいの?
どうして? ブリジットの時は──。
「それは──光栄です」
笑えているか分からないけれど、沈めても、封じても過去がふとした瞬間に溢れ出す。なにもかも聞いてしまえば楽になるのに、今積み上げている関係が心地よくて、愛おしくて壊したくない。
もう少しルティ様のことを観察していけば、一緒に暮らしていれば──そうやって先送りして良い結果が出たことなんてないのに、私は愚かだった。
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