前世生贄王女だったのに、今世ではとびきりの溺愛が待っていました ~片翼って生贄の隠語でしたよね?~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

文字の大きさ
上 下
7 / 21

第7話 縮む距離と踏み出せない一歩

しおりを挟む
 秋から冬に向けて寒くなり始めた頃、編み物も順調でくさり編みのマフラーが完成した。
 うんうん、編み具合も均等でよくできている。

 次はカーディガンを作ろう。
 このところルティ様への相談や薬の依頼が多くて、製作時間を多めにとって、薬草採取は冒険者ギルドに依頼しているらしい。この世界の冒険者ギルドは魔物や大型獣討伐専門家で、薬草採取もその一環として請け負っている。

 一緒に薬草採取の時間がなくなったのは寂しいけれど……。ルティ様といつも一緒だったので、暖炉のあるリビングで編み物をしていると、何だか落ち着かない。集中してもふとした時にルティ様の顔を思い出してしまう。

 このところ独りの時間が増えてからかもしれない。今までは割と、いやかなり? ルティ様が傍にいた。
 どちらかというと、私が居なくならないか不安だったのかも?
 急にいなくなるほど向こう見ずじゃないのだけれど……。そう思いながら手を動かす。集中できる物があってよかった。黙々と手を動かす。一つ一つ紡ぐことで形をなしていくのはやっぱり楽しい。

「──シズク」
「ひゃう?」

 耳元で囁かれて変な声が漏れた。振り返るとルティ様がすぐ傍にいるではないか。しかも「可愛い」と言うと同時に頬にキスをする。

「──っ、ルティ様」
「仕事が大変で……シズクをギュッとしないと力がでないんだ。深刻なシズク不足……」

 あの約束をした日から、ルティ様は私のことを『シズク』と呼ぶようになった。お互いの関係が変わったわけじゃないけれど、私を好きだという気持ちは以前よりも態度に出すようになったと思う。先ほどのキスもそうだ。
 ハグも強請ってきている。これは冗談でいつも軽くあしらうのだが、本当に疲弊しているのが見えていたので……私からギュッとルティ様に抱きつく。

「いつもの冗──っ」
「疲れた時に、ハグをすると……癒されると……どこかの書物に書いてあった気がしたので」
「うん。その書物があったら賞賛を贈りたいな」

 今日はミントの香りが強くて、でもルティ様の温もりにホッとする自分がいる。ガッシリとした体で、私はあっという間に腕の中に囚われてしまう。普段隠している狐の尾もここぞとばかりに出現して私を包み込んでモフモフする。モフモフ、フワフワ最高!

「シズクから抱擁記念に、何かお揃いの物を買おうか?」
「それだと私から何かするたびに記念品が増えません? キスとかしたら」
「キスしてくれるのかい!?」
「た、例えばです!」
「そんな可能性があるだけで、期待してしまうのだけれど」

 耳元で囁かないで欲しい。しかしここでキスをしてしまったら思う壺で、なんだか悔しい。「お昼の準備をするので離してください」と体の良い言い訳を口にする。

「私も手伝うよ。今日はなにを作るんだい?」
「この間採れたバジルでソースを作ったからそれのパスタと、昨日お肉屋さんでウインナーを貰ったでしょう。それを焼こうと思うの。スープは朝作った卵スープがあるし」
「どれも美味しそうだ。それなら私はウインナーを焼こう」
「うん」

 お昼の準備をしようと思って、ふとマフラーが完成したことを思い出す。いそいそとマフラーを手に持って、キッチンに向かうルティ様を呼び止めた。

「ルティ様、これ……できたので」
「──っ、本当に作って」
「はい。本格的な冬が来る前でよかったです」

 手渡したマフラーをルティ様は慈しみ、そっと抱きしめた。喜んでもらえて嬉しい。手作りって喜んで貰える人がいるからこそ、労力と時間をかけて作ってよかったってなるのよね。

「シズクの匂いがする」
「……一度洗濯して渡しますね」
「え」
「そんな絶望的な顔をしないでください。どちらにしても洗濯はしますよ?」
「じゃあ、シズクからマフラーを掛けてくれないか?」
「じゃあ、の意味がよくわからないですが良いですよ。ちょっと屈んでください」
「ん」
 
 少しだけ屈んだルティ様にマフラーを掛けてあげた。今回は紺色と灰色のくさり編みで作ってみた。もう少し上達したら紋様をいれても良いかもしれない。少し長めに作ったけれど、うんとっても似合っている。

「はい、できました」
「ありがとう、シズク。大事にするよ」

 ちょん、と鼻にキスをする。あとちょっと下だったら唇に触れていた。そう思うと体中の熱が頬に集まる。

「可愛い。……大好き、愛しているよ、シズク」
「──っ」

 サラッと額にもキスしてキッチンに向かってしまった。心臓がバクバクとして固まって動けそうにない。
 こんなに甘い声、キスなんて知らない。
 こんなに胸が熱くて、苦しくて、心音がうるさいのも知らないわ。
 どうして前世では、こんな風に愛してくれなかったの?
 前世で生贄だったって気付かれたら前のように戻ってしまうの? 
 口を開き掛けて、下唇を噛んで堪えた。


 ***


 その日、買い出しに出ると都市の様子が少し変わっていた。
 冬自宅で忙しいのもあるけれど、それとは別にお祭りの準備に勤しんでいる。特に蝋燭がいっぱい売られていて、蜂蜜や木の実がたっぷり入ったケーキが売られていた。
 ブリジットの記憶にも冬のお祭りはなかったはず。秋祭りと春祭り、あとは年越し前と、祝年祭り……。

「ルティ様」

 少し前を歩いていたルティ様を呼び止めようと、ちょんと、服を掴んだ。それがルティ様的には良かったのか「その呼び止め方いい」と感動していた。

「戻ってきてください、ルティ様」
「あ、ごめん。日に日にシズクが可愛くて」
「さらっとまた……って、ルティ様、お祭りが近々あるのですか?」
「ん? ああ、そっか。冬迎えの祭であり、魔女の大晦日サーオインでもあるんだ。新しい日に蝋燭を取り替えるのが習わしだよ」
「そうなのですね。じゃあ、あの木の実がたっぷり入ったケーキは?」
「死者への手向けとして家族で切り分けて食べるんだ。その時期になると大切な人が戻ってくることを望んで」
「(元の世界だとお盆……ううん、ハロウィンみたい?)この世界では亡くなった方が現れるのです?」
「転生してなければ思念体が現れることもあるかな。あとは夢に出てくるとか」

 ルティ様は私の手を取って恋人繋ぎをする。普通の手を繋がないところがこの人らしい。

「本当に現れるなんて、この世界は凄いのですね」
「君のいた世界に比べたらそうかもね。……せっかくだから蝋燭と、木の実のケーキを食べてみようか」
「良いのですか!? あのケーキ、ホールですよ、ばら売りしていません」

 ルティ様はクスクスと上品に笑う。食い意地が張っていると思われただろうか。ちょっと恥ずかしいわ。

「本当にシズクは可愛いな。君が望むのなら、いくらでもなんでもあげるのに」
「充分貰っていますよ?」
「そうかい? もっと我が儘になってくれてもいいのに」

 我が儘。
 すでに衣食住や安全面も含めて、お世話になりっぱなしな恩人でもあるルティ様に、これ以上強請るのはなんだか申し訳ないわ。でもルティ様としてはそうは思ってないのよね。

「(我が儘……)では、その、……今度一緒に、クレープのあるカフェに行ってみたいです」
「はーーーー、我が儘が何処までも可愛すぎる」
「で、でも、その……好き……というか、気になる人と一緒にカフェでお茶したいって、ずっと夢だったのですよ」
「好き……気になる人。え、それって都合良く解釈すると、私のことをそれなりに好意的に思っていると言うこと? 馬鹿な、いや落ち着け聞き間違い、幻聴、自分の妄想の類いかもしれない。ここは慎重に聞き返す必要がある……」
「(ルティ様の許容量が一瞬でパンクした!? しかも心の中で思っていることが全部口に出ている!)あの、ルティ様」
「うん、結婚しましょう(カフェに行きたいと聞こえたのだけれど?)」
「ルティ様!? どうしてその結論が出たのですか!?」
「今、私はなんと?」
「『結婚しましょう』って」
「え、シズク。私と結婚してくれるのですか? 嬉しいです。絶対に幸せにします」
「にゅあああーーー、ルティ様の言葉を繰り返しただけです! ハッ、さてはわざと!?」
「早速教会に提出しないと」
「ルティ様!」

 いつもの冗談、あるいは悪ふざけだと分かって睨んだらニコニコしたまま「冗談だよ(今のところはね)」と答える。
 あ。うん。今副音声で(今のところは)ってばっちり聞こえました。あと目がマジなのだけれど……。

「ごめん、ごめん。ちょっと悪乗りしすぎたかな。……でもシズクが嬉しいことを言うから、理性を三千世界に放り投げて来ちゃって」
「理性はそう簡単に手放しては、駄目なのでは?」
「シズクだけですよ。私をこんな風に振り回せるのは」
「…………」

 それはブリジット前世の私もですか? そう口にしようとして下唇を噛みしめた。
 どうしてこの人は、シズク今世の私にこんなに優しいの?
 どうして? ブリジット前世の私の時は──。

「それは──光栄です」

 笑えているか分からないけれど、沈めても、封じても過去がふとした瞬間に溢れ出す。なにもかも聞いてしまえば楽になるのに、今積み上げている関係が心地よくて、愛おしくて壊したくない。
 もう少しルティ様のことを観察していけば、一緒に暮らしていれば──そうやって先送りして良い結果が出たことなんてないのに、私は愚かだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

満月の夜は旦那様(モフモフ)を愛でる素晴らしい日です!

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「旦那様……! おかえりなさいませ」 「ただいま。私の可愛いお姫様」 元騎士団団長(現在は騎士団指南役兼王太子護衛役)の侯爵家オーガストに嫁いだ第六王女ルーシィは珍しい恋愛結婚で結婚後も相思相愛。 狼人族にとって気性が荒くなる満月の夜は獣の姿に戻るのだが、それに対してルーシィは──。 「きゃーーーー! 旦那様素敵! 綺麗、美しいですわぁああ! モフモフ……ギュッとしても?」  全力でオーガスト(旦那様)のお世話を買って出る。そんな妻のはしゃぎように「まったくもうしょうがない人だ」とオーガスト(旦那様)も野性味は何処へ?という感じで妻にでろでろ。侯爵家は幸福な日々を過ごしているのだが、ルーシィは嫁いでから領地内での収穫祭に行くことを禁止されている。過保護なオーガスト(旦那様)に不満は無いのだが、一緒にデートする夢を捨てきれずにいた。  そんななか隣国の蛇人族ベルトラン王子の画策によりルーシィを連れられしまい、オーガストが我を忘れて獣に戻ってしまうのだが──。 ※最初から最後までモフモフ甘々、相思相愛がカンストしています。 こちらは氷雨そら(X @ hisamesora)さんのもふもふヒーロー企画参加作品です。

【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

たまこ
恋愛
 真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。  ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

転生姫は国外に嫁ぎたい〜だって花の国は花粉症には厳しすぎるのよ〜【WEB版】

古森きり
恋愛
【書籍化決定!】詳細は決まり次第お知らせいたします! アルファポリス様の規約に基づき発売日以降は引き下げ削除となりますが、それまでは引き続き応援よろしくお願いします! 前世、花粉症で涙が止まらずくしゃみした途端電車のホームに落下。 花粉症のせいで死んだと言っても過言ではないフィエラシーラは『花真王国』の第一王女として新たな生を受ける。 城は杉に囲まれ、前世から引き継いだのかもはや杉の存在で前世の症状が出ているだけなのか涙や鼻水やくしゃみが出る。 年々酷くなるその症状に頭を抱えたフィエラシーラと父王。 隣国の大国に留学させ、他国に嫁げるよう婚活を開始するのだった。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、アルファポリス、ベリーズカフェにも掲載。

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

処理中です...