20 / 42
第三幕
第20話 騎士団長ウィルフリードの視点1
しおりを挟む
アメリアが好きだ。
彼女は七歳の時に第一王子ランベルトと婚約した。それでも彼女の雄姿を一番近くで見られるのなら、それ以上の幸せはない。
王宮傍の青い花畑が咲き誇る場所で、彼女に剣を捧げたことを忘れない。私にとってアメリアこそが唯一の主人にして、守るべき方。
ランベルトが使節団と共に隣国に向かった日、アメリアは前世の記憶を思い出したと私の元にやってきた。泣いた顔さえも愛おしくて、助けを求める彼女の言葉が私に力を与えた。
一対二翼から二対四翼を得た俺は危機一髪でランベルトを救うことができたが──。
「アメリアがそういうなら、私はこのまま行方不明のほうが良いのかもしれない」
「ふざけているのか? 君を連れて帰らなければアメリア嬢が泣くだろう」
「うん。その辺のフォローは任せた。どのみち側室だったマリアローズ様は近々空席だった王妃の座につくことが決定していた。だからどうあっても第二王子のエルバートかスチュワートに王位継承権を与えようと、今後も画策してくるさ。それならこのタイミングで行方不明になったほうが自由に生きられるだろう」
「だが……」
「それにアメリアも未来予知では危険な目に遭うというのなら、いつか恩返しをするために独立して力を得るほうが面白そうだろう?」
「……面白そうだから、か」
好奇心旺盛なところは昔からあったが、ここまでくると末恐ろしい。結局、アメリアには「救えなかった」と嘘をついて、泣かれてしまった。
火が付いたように泣いて、ずっと離れなかったのを今でも覚えている。忘れることなど絶対にない。「ウィルフリード様は死なないで」と何度も何度も約束させられた。
それからアメリアが眠っている間に、大人たちはランベルトの捜索、事故現場の確認などで大騒ぎになった。ランベルトの事情を知っているのは俺の父、ナイトロード公爵の二人だけ。王家がどのように出るか不明だったこと、またマリアローズ様が側室から正室、王妃になるのなら黙っておくほうが良いということになった。
アメリアは熱で寝込んだせいか、それ以前の記憶が曖昧になっていて「ランベルトを救えなかった」という記憶だけ色濃く残ってしまったようだった。それはアメリアの中にいる何かがアメリアの心が壊れないように、記憶の調整をしているように感じられた。
それ以降、アメリアは来たる日に備えるため邁進していった。それを傍で支えること、彼女の成長を見続けることが生き甲斐でもあり、楽しみで、幸福の中にいた。
それが変わったのは、第二王子だったエルバートが王太子となった授与式。本来ならエルバートは片腕と片目を失い、アメリアの妹ローザが亡くなる。
俺も幾つかの遠征や魔獣倒幕で死亡フラグが出ていたが、今回の授与式は異常だった。
空間が歪み、そこから大量の魔獣が出てきたのだから。俺は王家の守護騎士であると同時に、アメリアの盾だ。
彼女を守り抜くことが全て。
そう思っていたのに、手が届かなかった。
あの日、別の空間からアメリアそっくりの塊を見た瞬間に、平行世界の未来を垣間見た。
アメリアが語った最悪の未来、その象徴。あれを引っ込めるために始祖の力を解放し、退けた。しかし時が経てば、あの未来が今のアメリアを奪いにやってくる。
考えろ。その未来を変える方法を──。
記憶を失ったアメリアに頼れない。俺がなんとかしなくては……そう追い詰められていた矢先、夢を見た。
***
「ようこそ、時の間へ」
アメリアそっくりの顔立ちだが、蜂蜜色の長い髪に、緋色の瞳、派手なシャンパンゴールドのドレスを身に纏った彼女は女王にふさわしい気品に満ち溢れていた。
薔薇が咲く誇る庭園で、彼女は優雅にお茶を何もない空間から出現させた。
「アメリア……ではないな」
「そう身構えるな。我は吸血鬼女王にして神の一柱、ナイトロードだ」
「……っ、アメリアは!?」
「今回は我の力で一時的に引かせたが、アメリアに無茶をさせすぎた。今や魔力が殆どない故、お前の知るアメリアは、しばらくは眠らせておくほうが良いだろう」
「アメリアの記憶は……魔力が回復すれば戻るのか?」
「そう単純なものではない。何より記憶を復活させるには相当量の感情の揺らぎ、衝撃が必要となる。この娘の魂を震わせるような何かがなければ我の力を100パーセント引き出す覚醒と記憶復活は難しい。……それだけ第二王子と妹、そして貴様を死なせないように必死だったのだろう。アメリアが払った代価によって、平行世界とは異なる道筋が生まれたのは良かったが……」
平行世界、その結末を俺は思い出した。アメリアだった器が死神と邪神、魔王を取り込み魔神として世界を滅ぼしたことを。
世界を呪い、憎悪を撒き散らすだけの存在。魔神は全ての世界を憎み、滅ぼそうと手を伸ばし、ここが最後の世界となる。
「アメリアとこの世界を救うために、貴様はアメリアと敵対し、殺される覚悟はあるか?」
「それでアメリアが生き残るのなら」
「ふっ、即答だな。剣を捧げるだけのことある。貴様がアメリアを裏切り、一族を仮死状態あるいは瀕死に追いやって、その上でアメリアも死にかけていれば条件は満たされるだろうよ。念のためコレも渡しておこう」
「ガーネットの宝石? いや色がくすんでいるような?」
「アメリアの記憶と魔力そのものだ。これが宝石のような輝きを見せれば、回復していることになる。絶望して我を忘れて暴走状態を抑えるための布石だ。もっておくがよい」
「わかった」
何とも鬼畜な発言だが、並行世界でアメリアが始祖の力を解放させる条件は、いつだって深い絶望だった。
理不尽な世界への怒りで、全てを燃やし尽く姿は、小さな子供が泣いているようで見ていられなかった。並行世界での俺は、アメリアと接点が薄かったのもある。
魔神と拮抗するためにも吸血鬼女王の覚醒は必須。この先、彼女に嫌われても──正直、心が死にそうだが、それでも成し遂げなければならない!
だが本当に辛い。愛おしくて、大切で、一時も離れたくないのに──。
宰相と王族の命令で腕輪をつけたが、洗脳にかかることは無かった。というのもそういう類の魔道具、魔法、術式においてアメリアの常時発動術式は、彼女のレベル999を超えるような物でない限り拒否されるという。そこは有り難かった。
だからリリスのことなどどうでもいい。一ミリも興味はない。
アメリア。
俺を忘れないように、俺を憎んで、復讐をするために戻ってきてくれるのなら――この上なく幸福だ。
もし死ぬのならアメリアの傍で、主人のために──。
記憶を取り戻した彼女は、死ぬことを怒るだろうけれど、俺はそれだけをことをした。
アメリアは俺を忠義者というが、そんなんじゃない。損得勘定で目的のためなら簡単に誰かを切り捨てることができるクズで、アメリアに対して醜くどす黒い感情しかない。愛などという可愛らしいものでもない。
こんな歪んだ俺は、アメリアには相応しくないのに、婚約者という立場を是が非でも守り抜く自分が滑稽だった。
***
シナリオ時期より少し早まったが、宰相と叔父であるテオバルトが人外貴族の排除を謳い、行動を起こした。
都合が良い。これでアメリアを死に追いやる役目を買って出た。
リリスの言葉に従ったフリは苦痛で、ねっとりとヘドロのような瞳は気持ちが悪い。
俺の心を揺れ動かすのは、アメリアの瞳だけ。
「ああああああああっ!!」
絶望の中でも、敵意も、殺意も失わない。むしろ炎のように燃え上がり、俺を睨み付ける。
愛しています、アメリア。
愛しています。誰よりも、何よりも!
常人離れした戦いに、血が沸騰しそうになった。逆境の中、それでも諦めない、逃げない、挑むのが彼女なのだから。でもまだ足りない。俺を倒すぐらい、圧倒して殺すぐらい強くなって戻ってきて欲しい。
本当はアメリアを罵る後ろ馬鹿二人を切り捨ててもよかったが、それではダメだ。
貴女を愛しているけれど、並行世界から来る魔神を倒すためにも、貴女を死の淵に追いやる選択肢しか用意できなかった俺を恨んでくれ。
誰よりも憎んで、怨んで、呪って、怒って、全ての感情を俺にぶつけるために、……どうか戻ってきて。
俺を「ウィルフリード」と呼んだ、俺の主人。
「でも足りない。こんなものでは私は殺せないぞ、アメリア嬢」
次に会う時は記憶を取り戻した君であってほしい。その時はもっと苛烈で、血塗れの剣戟をしよう。
そのためにも、復讐劇の舞台を用意しなければ。最高の役を演じるためにも、不安要素は今のうちに取り除く。
並行世界の魔神が、この世界の死神、邪神、魔王を取り込む前に、手を打たなければならない。
邪神は葬るか、アメリアの味方になっても力を抑えた生活ができなければ、常に魔神に狙われる。ならいっそ有りっ丈の魔法術式を組み合わせて葬ることにした。
どちらにしても邪神の結界が壊れなければ「王都陥落バッドエンド」の条件は発生しない。
そう準備をしてきたというのに、実行当日にアメリアが現れたのだから本当に侮れない。
覚醒した彼女を見た瞬間、駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。そんなことができる訳ないのに、そう願ってしまう自分が実に滑稽だった。
もう俺はアメリアから信頼されることも、笑顔を向けられることもない。それだけのことをした──覚悟だってしていたじゃないか!
声をかけるつもりはなかったのに、気づけば体が動いていた。
憎悪あるいは侮蔑に満ちた目を向けてくると覚悟していたのに、心底驚いた顔をした後で、アメリアは困った顔で微笑む。
どうして?
「……剣を捧げる人に再会はできたのかしら?」
君だ。確かに並行世界では違ったが、この世界では君だけだ。そう叫びたい気持ちを堪え、曖昧に頷く。
揺るがない信頼に胸が熱くなる。何処までも俺を信じて、理解しようとしてくれるのはアメリア、君だけだ。
許されない、許されてはいけない。そう思いながらも、また彼女の傍に居たい気持ちが膨らむ。今、彼女の元に戻るのはダメだ。
俺には、まだ役目が残っている。
早々にその場を去ったけれど、涙で視界が歪んだ。
憎まれると思っていた。罵倒されるのも覚悟していた。
でも、君は──。
次に会った時は王都での殺し合いになるだろうが、最終的にアメリアを守れるのなら──。
「……それでも、俺は果報者だ」
彼女は七歳の時に第一王子ランベルトと婚約した。それでも彼女の雄姿を一番近くで見られるのなら、それ以上の幸せはない。
王宮傍の青い花畑が咲き誇る場所で、彼女に剣を捧げたことを忘れない。私にとってアメリアこそが唯一の主人にして、守るべき方。
ランベルトが使節団と共に隣国に向かった日、アメリアは前世の記憶を思い出したと私の元にやってきた。泣いた顔さえも愛おしくて、助けを求める彼女の言葉が私に力を与えた。
一対二翼から二対四翼を得た俺は危機一髪でランベルトを救うことができたが──。
「アメリアがそういうなら、私はこのまま行方不明のほうが良いのかもしれない」
「ふざけているのか? 君を連れて帰らなければアメリア嬢が泣くだろう」
「うん。その辺のフォローは任せた。どのみち側室だったマリアローズ様は近々空席だった王妃の座につくことが決定していた。だからどうあっても第二王子のエルバートかスチュワートに王位継承権を与えようと、今後も画策してくるさ。それならこのタイミングで行方不明になったほうが自由に生きられるだろう」
「だが……」
「それにアメリアも未来予知では危険な目に遭うというのなら、いつか恩返しをするために独立して力を得るほうが面白そうだろう?」
「……面白そうだから、か」
好奇心旺盛なところは昔からあったが、ここまでくると末恐ろしい。結局、アメリアには「救えなかった」と嘘をついて、泣かれてしまった。
火が付いたように泣いて、ずっと離れなかったのを今でも覚えている。忘れることなど絶対にない。「ウィルフリード様は死なないで」と何度も何度も約束させられた。
それからアメリアが眠っている間に、大人たちはランベルトの捜索、事故現場の確認などで大騒ぎになった。ランベルトの事情を知っているのは俺の父、ナイトロード公爵の二人だけ。王家がどのように出るか不明だったこと、またマリアローズ様が側室から正室、王妃になるのなら黙っておくほうが良いということになった。
アメリアは熱で寝込んだせいか、それ以前の記憶が曖昧になっていて「ランベルトを救えなかった」という記憶だけ色濃く残ってしまったようだった。それはアメリアの中にいる何かがアメリアの心が壊れないように、記憶の調整をしているように感じられた。
それ以降、アメリアは来たる日に備えるため邁進していった。それを傍で支えること、彼女の成長を見続けることが生き甲斐でもあり、楽しみで、幸福の中にいた。
それが変わったのは、第二王子だったエルバートが王太子となった授与式。本来ならエルバートは片腕と片目を失い、アメリアの妹ローザが亡くなる。
俺も幾つかの遠征や魔獣倒幕で死亡フラグが出ていたが、今回の授与式は異常だった。
空間が歪み、そこから大量の魔獣が出てきたのだから。俺は王家の守護騎士であると同時に、アメリアの盾だ。
彼女を守り抜くことが全て。
そう思っていたのに、手が届かなかった。
あの日、別の空間からアメリアそっくりの塊を見た瞬間に、平行世界の未来を垣間見た。
アメリアが語った最悪の未来、その象徴。あれを引っ込めるために始祖の力を解放し、退けた。しかし時が経てば、あの未来が今のアメリアを奪いにやってくる。
考えろ。その未来を変える方法を──。
記憶を失ったアメリアに頼れない。俺がなんとかしなくては……そう追い詰められていた矢先、夢を見た。
***
「ようこそ、時の間へ」
アメリアそっくりの顔立ちだが、蜂蜜色の長い髪に、緋色の瞳、派手なシャンパンゴールドのドレスを身に纏った彼女は女王にふさわしい気品に満ち溢れていた。
薔薇が咲く誇る庭園で、彼女は優雅にお茶を何もない空間から出現させた。
「アメリア……ではないな」
「そう身構えるな。我は吸血鬼女王にして神の一柱、ナイトロードだ」
「……っ、アメリアは!?」
「今回は我の力で一時的に引かせたが、アメリアに無茶をさせすぎた。今や魔力が殆どない故、お前の知るアメリアは、しばらくは眠らせておくほうが良いだろう」
「アメリアの記憶は……魔力が回復すれば戻るのか?」
「そう単純なものではない。何より記憶を復活させるには相当量の感情の揺らぎ、衝撃が必要となる。この娘の魂を震わせるような何かがなければ我の力を100パーセント引き出す覚醒と記憶復活は難しい。……それだけ第二王子と妹、そして貴様を死なせないように必死だったのだろう。アメリアが払った代価によって、平行世界とは異なる道筋が生まれたのは良かったが……」
平行世界、その結末を俺は思い出した。アメリアだった器が死神と邪神、魔王を取り込み魔神として世界を滅ぼしたことを。
世界を呪い、憎悪を撒き散らすだけの存在。魔神は全ての世界を憎み、滅ぼそうと手を伸ばし、ここが最後の世界となる。
「アメリアとこの世界を救うために、貴様はアメリアと敵対し、殺される覚悟はあるか?」
「それでアメリアが生き残るのなら」
「ふっ、即答だな。剣を捧げるだけのことある。貴様がアメリアを裏切り、一族を仮死状態あるいは瀕死に追いやって、その上でアメリアも死にかけていれば条件は満たされるだろうよ。念のためコレも渡しておこう」
「ガーネットの宝石? いや色がくすんでいるような?」
「アメリアの記憶と魔力そのものだ。これが宝石のような輝きを見せれば、回復していることになる。絶望して我を忘れて暴走状態を抑えるための布石だ。もっておくがよい」
「わかった」
何とも鬼畜な発言だが、並行世界でアメリアが始祖の力を解放させる条件は、いつだって深い絶望だった。
理不尽な世界への怒りで、全てを燃やし尽く姿は、小さな子供が泣いているようで見ていられなかった。並行世界での俺は、アメリアと接点が薄かったのもある。
魔神と拮抗するためにも吸血鬼女王の覚醒は必須。この先、彼女に嫌われても──正直、心が死にそうだが、それでも成し遂げなければならない!
だが本当に辛い。愛おしくて、大切で、一時も離れたくないのに──。
宰相と王族の命令で腕輪をつけたが、洗脳にかかることは無かった。というのもそういう類の魔道具、魔法、術式においてアメリアの常時発動術式は、彼女のレベル999を超えるような物でない限り拒否されるという。そこは有り難かった。
だからリリスのことなどどうでもいい。一ミリも興味はない。
アメリア。
俺を忘れないように、俺を憎んで、復讐をするために戻ってきてくれるのなら――この上なく幸福だ。
もし死ぬのならアメリアの傍で、主人のために──。
記憶を取り戻した彼女は、死ぬことを怒るだろうけれど、俺はそれだけをことをした。
アメリアは俺を忠義者というが、そんなんじゃない。損得勘定で目的のためなら簡単に誰かを切り捨てることができるクズで、アメリアに対して醜くどす黒い感情しかない。愛などという可愛らしいものでもない。
こんな歪んだ俺は、アメリアには相応しくないのに、婚約者という立場を是が非でも守り抜く自分が滑稽だった。
***
シナリオ時期より少し早まったが、宰相と叔父であるテオバルトが人外貴族の排除を謳い、行動を起こした。
都合が良い。これでアメリアを死に追いやる役目を買って出た。
リリスの言葉に従ったフリは苦痛で、ねっとりとヘドロのような瞳は気持ちが悪い。
俺の心を揺れ動かすのは、アメリアの瞳だけ。
「ああああああああっ!!」
絶望の中でも、敵意も、殺意も失わない。むしろ炎のように燃え上がり、俺を睨み付ける。
愛しています、アメリア。
愛しています。誰よりも、何よりも!
常人離れした戦いに、血が沸騰しそうになった。逆境の中、それでも諦めない、逃げない、挑むのが彼女なのだから。でもまだ足りない。俺を倒すぐらい、圧倒して殺すぐらい強くなって戻ってきて欲しい。
本当はアメリアを罵る後ろ馬鹿二人を切り捨ててもよかったが、それではダメだ。
貴女を愛しているけれど、並行世界から来る魔神を倒すためにも、貴女を死の淵に追いやる選択肢しか用意できなかった俺を恨んでくれ。
誰よりも憎んで、怨んで、呪って、怒って、全ての感情を俺にぶつけるために、……どうか戻ってきて。
俺を「ウィルフリード」と呼んだ、俺の主人。
「でも足りない。こんなものでは私は殺せないぞ、アメリア嬢」
次に会う時は記憶を取り戻した君であってほしい。その時はもっと苛烈で、血塗れの剣戟をしよう。
そのためにも、復讐劇の舞台を用意しなければ。最高の役を演じるためにも、不安要素は今のうちに取り除く。
並行世界の魔神が、この世界の死神、邪神、魔王を取り込む前に、手を打たなければならない。
邪神は葬るか、アメリアの味方になっても力を抑えた生活ができなければ、常に魔神に狙われる。ならいっそ有りっ丈の魔法術式を組み合わせて葬ることにした。
どちらにしても邪神の結界が壊れなければ「王都陥落バッドエンド」の条件は発生しない。
そう準備をしてきたというのに、実行当日にアメリアが現れたのだから本当に侮れない。
覚醒した彼女を見た瞬間、駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。そんなことができる訳ないのに、そう願ってしまう自分が実に滑稽だった。
もう俺はアメリアから信頼されることも、笑顔を向けられることもない。それだけのことをした──覚悟だってしていたじゃないか!
声をかけるつもりはなかったのに、気づけば体が動いていた。
憎悪あるいは侮蔑に満ちた目を向けてくると覚悟していたのに、心底驚いた顔をした後で、アメリアは困った顔で微笑む。
どうして?
「……剣を捧げる人に再会はできたのかしら?」
君だ。確かに並行世界では違ったが、この世界では君だけだ。そう叫びたい気持ちを堪え、曖昧に頷く。
揺るがない信頼に胸が熱くなる。何処までも俺を信じて、理解しようとしてくれるのはアメリア、君だけだ。
許されない、許されてはいけない。そう思いながらも、また彼女の傍に居たい気持ちが膨らむ。今、彼女の元に戻るのはダメだ。
俺には、まだ役目が残っている。
早々にその場を去ったけれど、涙で視界が歪んだ。
憎まれると思っていた。罵倒されるのも覚悟していた。
でも、君は──。
次に会った時は王都での殺し合いになるだろうが、最終的にアメリアを守れるのなら──。
「……それでも、俺は果報者だ」
73
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる