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第二幕

第10話 死神へのサプライズ

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 現れたのは上から下まで真っ白な貴族の服装に、白いコートを羽織った男だ。白亜色の長い髪、白の手袋に、顔は白い嘴のようなマスクを付けている。癖のある長い髪は、黒と金のリボンで軽く結んでいた。

 その姿にルイスとローザはビックリしたのか、私の背に隠れて縮こまる。そんなに怯えなくても良いのだけれど、もしかしたら纏っている濃厚な死に、生物として畏怖しているのかもしれない。

「相変わらず時間ぴったりですね、死の神。エーレン様……それとも教皇聖下、とお呼びしたほうがいいですか?」
「やあ、久しぶり。ん~、そうだな、君にエーレンと呼ばれたいかなぁ」
「わかりました」
「……ところで、なんで廊下で寛いるの?」
「アルムガルド様の──趣味です!」
「そ、そうなんだ……へぇ~」

 くぐもった声だが、呆れ半分と興味深そうな雰囲気の返答だった。顔は全く見えないが元々はかなりの美形さんなのだ。
 ゲーム内での彼は迷惑なトラブルメーカーとして登場する。この嘴のようなマスクではなく、その時はオペラ座の怪人のような片面だけとか、ヴェネチアの仮面など日によって変わっていた。

 彼の仕事は、膨れ上がった邪気を灰にかえすこと。この世界では思いの力が良くも悪くも具現化しやすい。それこそ祈りによる奇跡なども起こる。そして逆に呪いは、邪気を増加させ厄災を孕む。

 それを灰に還すことがエーレンの役割なのだけれど、膨れあがった邪気を灰にするだけで、根幹の呪物や魔物などは放置することがしばしばある。というかしょっちゅうだった! 
 その後処理を押し付けられるのが、ヒロインや攻略キャラたちだったりする。しかも時間制限とか、馬鹿みたいにアイテム回収とかあって周回が死ぬかと思ったものもあったわね。ふふふっ。

『人間が住めるように手心を加えているのに、それ以上の面倒事まで、なんで僕がしなくちゃならないのさ』とヒロインに言い放った死神である。

 そして残念なことに、エーレンは攻略キャラではないのだ。悲しいことに。マスクを外した時の美貌にやられたプレイヤーは多かっただろう。私もその一人だったりする。
 ギャップ萌えの効果ってすごいわよね。ゲーム内では傍迷惑な死神なのだが、実は教皇聖下という立場がある。どうして彼がその枠に収まっているのかといえば、始祖との役割分担で決めたから。

 始祖の記憶が浮かび上がるたびに、この国は建国から丁寧に土台を作り上げて、修正が効くように人員を配置していた。素晴らしい布陣で、人外と人間が共存できる最高に環境だと思う。建国から関わった者たちの結束の強さが伝わってきたもの。
 綻びは、いつだって人間たちから。代替わりしていくうちに、人間と人外の溝は深くなっていった。

 始祖の記憶と照合して、ようやくエーレンの役割や行動原理が理解できたのよね。彼は人間が好きだけど、死のオーラを纏っているから人前に出られない。触れる物も特別な加護がなければ灰にしてしまう。
 だからこそ、教皇聖下を置きつつも、表向きの布教活動は聖女や枢機卿に任せていた。

「ささ、エーレン様、椅子を用意するので腰掛けてください。教会側の現状もすり合わせしたいので」

 そう言って私はアイテム・ストレージから一人用の椅子を出す。それと可愛らしい兎のぬいぐるみも彼に差し出した途端、ピクリと肩を震わせ、目をかっと見開いた──ように見えた。マスクしているので何となくだけれど。

「え、なになにこの可愛さ! アメリアこれって!」
「エーレン様がギュッとしても大丈夫なやつです!」

 エーレン様は十センチほどの兎のぬいぐるみを抱き上げ、うっとりとした感じでぬいぐるみと見つめ合っている。
 彼はこういう小動物が大好きなのだが、死神である彼は存在しているだけで、濃厚な死を纏っているため、か弱い生物は近づくだけで死んでしまうのだ。そのためモフモフ好きな彼は、遠目でしかモフモフを堪能できなかった。

「もしかしなくても、二年前に制作中だったやつ?」
「その通りです! 今回はエーレン様向けに死の耐性持ちの毛をモフモフに柔らかくして作った一級品! さ・ら・に! 魔鉱石を仮初の命として作った動くぬいぐるみですわ! 簡単な命令なら聞く優れものです!」

 私の言葉をスイッチに、ぬいぐるみだった白兎はモゾモゾと動き出す。使役したゴーレムと同じなのだが、グッと精度をあげたものなので耐久性、本物に近いモフモフ感、温もりも再現したのだ。そして鳴く!

『キュウ』
「本物と遜色ない! このモフモフ……モフモフ……! 想像以上のモフモフだよ!」

 その愛くるしさに死神は撃沈。その場に崩れ落ちしばらく戻ってこなかった。二年ぶりの新作だから興奮するのもわかる。しかし今回はそれだけではないのだ!

「マフラーも用意しましたが、使います? ちなみにマスクを外しても大丈夫なように死の気配オーラを中和できるようにしてみたのですよ。食事もこれでいけます。清浄の空気だけを吸って生息している羊の毛から作っています。将来的にはアクセサリーなどのコンパクトサイズを目指しますわ!」
「素顔を晒せるし、食事もできるなんて……! 嬉しすぎるんだけどぉ!」

 エーレンは、ワナワナと震えながらモフモフの兎を撫でまくっていた。お気に召したようね。よかった、よかった。

「ありがたくいただくよ!」
「じゃあ、少し屈んでくださいね」

 屈んでほしかっただけなのだが、騎士の授与式のように片膝をついて傅いたので、くるしゅうないというテンションで彼の首にマフラーを掛ける。術式も完璧で死のオーラが中和されていく。マスクを外した彼は珍しく頬を赤くて、嬉しそうだ。
 二年ぶりの新作だから、喜びもひとしおなのでしょうね。ゲームでは全く笑わなかったので、これはなかなかに良いことをしたと、自画自賛する。うんうん!

「……何しているんだ」
「「授与式……?」」

 戻ってきたアルムガルドは私たちを見て「コイツら頭大丈夫か?」という眼差しを向けるので、スケッチブックをチラつかせたら、片膝をついて恭しくスケッチブックを両手で受け取っていた。
 魔王も人のこと言えないわね。

 そう思ったが、私は口に出さなかった。
 廊下のまま、魔王と吸血鬼女王と死神の楽しいお茶会(?)が始まった。


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