海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第六章 三つ巴

第六十八矢 譲れぬ思い

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岡部親綱は織田軍大将・平手政秀が見える位置まで迫ってきていた。
しかし、その前に大きな壁が立ちはだかった。
そう、織田家重臣・前田利昌である。

「者どもぉ!死力をつくせぇ!」
「おおおお!!!」

利昌の声と共に凄まじい迫力を出しながら、前田隊が突進してきた。
しかし、親綱はそれに臆するような器ではない。

「迎え撃つ!!」

親綱は先陣を切って前田隊へと突進すると、今川兵も躊躇ちゅうちょする暇もなくこれに続いた。
両者は一切速度を緩めることなく突進する。
次の瞬間、両者は激しくぶつかり合った。
その衝撃で互いの騎馬兵らが馬から崩れ落ち、戦闘不能となった。
先頭で今川兵を引っ張っていた親綱もぶつかり合いに巻き込まれたが、バランスを崩しながらもこの衝撃に耐えきり馬から崩れ落ちなかった。
すると、一際大きな槍が親綱目がけて襲いかかってきた。
親綱は咄嗟に反応して受け止めた。

(こやつ…)

親綱が感心して敵を見るや、そこには強面の顔をさらに強張らせた利昌がいた。
両者はにらみ合う。
その際に、両者は互いが強者つわものであることを感じ取った。
そして次の瞬間、壮絶な一騎打ちが始まった。

親綱が渾身の一撃を放ったかと思えば利昌が上手く受け流し、利昌が攻めたと思えば親綱がこれを相殺した。
両者は激しい攻防を繰り広げた。
だが、戦経験の差か。はたまた思いの差か。
次第に親綱は劣勢になっていく。
そして、ついに利昌の槍が親綱のわき腹を貫いた。

「―っ!」

激痛で親綱の集中力が散ったところを利昌が一気に畳みかけてきた。
親綱も痛みに耐え応戦するが、利昌の隙を与えぬ連続突きに次第に防戦一方へとなっていた。
利昌は言い放った。

「全ては殿のため、おぬしの首を貰っていくぞ!」

”殿”、その言葉に親綱の眉毛がピクッと動いた。
主君・義元との出会い。
あの日のことを親綱は未だに覚えている。
当主になって間もなかった義元が堂々と当主として多数の軍勢に立ち向かい勝利を収めた。その出来事は親綱にとって鮮烈で、親綱はそんな義元に惹かれていった。
一生、この方をそばで支えていこう。
親綱はそう心の中で誓った。
そして、その誓いは今でも変わらない。
これからも義元を支えていく。
そのためにも、ここで討ち取られるわけにはいかない。
親綱の手に力が入った。

「殿のために戦うのは貴様だけではないわ!」

親綱から痛みが吹き飛び、再び勢いを取り戻した。
互いが互いの主君のために命を懸けて戦っていた。
その二人の戦いに、周囲の兵たちは割って入ることができなかった。
そして、今度は親綱が会心の一撃を放つ。
利昌にとって重く、鉛のような一撃だった。利昌は何とか受け止めたが、手がビリビリと手が痺れていた。
親綱が間髪入れずに追撃する。

「これでっ…終いじゃあ!」

親綱が雄叫びを上げながら槍を高々と振り上げた。
その刹那、利昌は悟った。

(この攻撃は防ぎきれぬ。)

利昌の本能がそう言っていた。
しかし、だからといってこのまま討ち取られては織田家重臣としての誇りが許さない。

(なれば攻めるまでよ!)

次の瞬間、利昌は捨て身の攻撃に出た。
利昌は親綱の間合いの中へと入った。
親綱の槍が利昌に迫る。
だが、それは逆も然りで利昌の槍が親綱に迫っていた。
両者の力量は互角であった。
ただ一つ言うとすれば、利昌の手にはまだ僅かに痺れが残っていた。
それが両者の命運を大きく分けた。
利昌の手元が狂い、突き出した槍は親綱の肩をかすめた。
そして、その直後に無防備となっていた利昌の横腹を強烈な衝撃が襲ったのだ。

「がっ…!」

利昌の鎧は粉砕され、衝撃で意識を失った。それでも織田家重臣としての意地で馬からは崩れ落ちなかった。

「利昌様ぁぁぁ!」

その光景を見ていた利昌の側近は取り乱し、急いで利昌の元へと駆けつけようとした。

「隙あり!」

そこを今川兵に槍で胸を突かれた。

「利昌…様…」

側近はそう嘆くと息を引き取った。
周りを見渡すと、もはやまともに動けている織田兵は一人もいなかった。

「敵ながらあっぱれじゃった。」

親綱は荒い息を整えて、意識を失ってもなお親綱の前に立ち塞がる敵将を褒め称えた。

矢作川の戦いは今川・松本軍の大勝に終わったのだった。
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