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第五章 今川と織田

第四十九矢 大粒の雨

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織田信秀は四千の兵を率いて岡崎城へと向かっていた。

(今川軍は田原城に引きつけられておる。今が岡崎を攻める絶好の機ぞ。だが…)

「多く見積もったとして、今川の援軍は一万、それに加えて松平がおるから総兵数は約一万二千か…」

、余程のことがない限り織田軍の不利は明らかである。ただ、それでも信秀は進軍を続けた。

その松平の援軍としてきた崇孚率いる今川軍は岡崎城へと着いていた。

「援軍、かたじけない。」

松平広忠が崇孚に礼を言うと、

「我らと松平は一心同体。共にこの三河を守りましょうぞ。」

崇孚は広忠の手をたずさえた。
そうして、今川・松平軍は織田軍を迎え撃ちにいかんと出陣したのだった。

「織田ってさ、あの織田なんだよねえ~。大丈夫かなあ。」

三河国の田原城を包囲している今川軍の本陣で俺はため息をもらした。
田原城の戦況はというと、いくら田原城を攻めても落城の『ら』の気配もなかったので、兵糧ひょうろう攻めに切り替えて、敵が飢えて弱るのを待つことにした。
本当のところ、なるべく兵糧攻めだけはしたくはなかった。
なぜなら、兵糧攻めは通常の籠城戦よりも時間がかかる上に費用がかさむからだ。
あまり乗り気でない策を講じたのと、織田軍と聞いて崇孚を心配していたのでドンヨリとしていると、

「大丈夫にございまするよ!松平はともかくも今川はあんな織田なんぞよりも百倍強うございます!」

俺を安心させようと犬丸が言う。犬丸の隣にいた藤三郎も犬丸の意見に賛同した。

「殿、その駄犬の言う通り崇孚殿は今川軍きっての智将。織田の猿ごときに負けませぬ!」
「それもそうかも。承菊の勝利を信じなきゃね。織田が猿は言い過ぎだけど。」

俺は二人の言葉を聞いて気を取り直した。

一方で今川軍の包囲が依然と続く田原城では今川軍の攻撃が止み、つかの間の平和が訪れていた。

父様ととさま、遊んでください!」
「よいぞ!ここ最近は戦で遊べなんだからなあ。」

城内では戸田尭光とまだ幼い息子の戸田春千代はるちよがキャッキャッと遊んでいる。

「フンッ、呑気なことじゃ。」

戸田康光はそんな親子から目を離して、包囲している今川軍の方を見やる。

(兵糧攻めか…)

正直言って康光にとっては困った事態ではある。
確かに今川軍の攻撃をあまり受けなくなるのはいいことではあるが、逆に言うと今川軍を掻き回すことができなくなってしまったのだ。
織田の進軍を聞いて、尭光は織田の力を利用して今川軍の包囲を打破すればいいという考えらしいが、織田が今川・松平に敗北すれば共倒れするような賭けが過ぎる策など愚策でしかない。
いずれにせよ、どこかで自ら今川軍に仕掛ける必要がある。
そして康光は事前にそのきっかけを作る一手を打ってあった。

「さて、は上手くいっておるかの。」

康光はほくそ笑んだ。

一方、織田軍は左側がなだらかな丘となっている道に差しかかっていた。丘は馬の丈より高い茂みで覆われている。また先程から降り始めた大粒の雨がザーザーと降り注いでおり、視界がとても悪かった。

(戦に行きたくねえなあ。まだ畑を耕していたほうがましだべ。)

織田軍の先頭付近、一人の織田兵がボーッと茂みが広がっている丘を見ながら軍の端を歩いていると、丘の斜面に黒い物体がチラッと見えた気がした。

(ん?なんだべあれ…?)

 それを見た織田兵は隣の兵に話しかける。

「なあなあ喜平。」
「……」
「喜平。」
「……」
「喜平!!」
「うおっなんだべ、助六。」

雨の音で聞こえなかったのか、喜平と呼ばれた織田兵が三度目の呼びかけでやっと反応した。助六は少し前の丘の斜面を指差した。

「あそこに人がいねが?」

喜平は少し前の丘の斜面を遠目に見る。雨でぼんやりとしか見えなかったが、喜平の目には茂みしか映らなかった。

「あんなとこに人なんておるわけねえべ。」
「おらの気のせいだっだがな。」
「んだんだ。」

喜平はうなずき、助六もそりゃそうかと納得した。

一方、今川・松平軍は獣道のような荒れ果てた道を進軍していた。道の両側は馬より高い丈の茂みで覆いつくされている。
このような道を行く理由はただ一つ。先回りして織田軍を待ち伏せするためだ。

「確かに近道なんだろうが、これでは周りが見えんな…」

崇孚は一抹の不安を抱きながらも道を進む。
そして今川軍の先頭がようやく大きな道に出た時、ちょうど織田軍の先頭がそこを通りかかろうとしていた。
視界が悪くとも、両者の姿や掲げている旗がはっきりと認識できる近距離だった。

「「て、敵襲!!」」

両者が驚いて叫んだことで、ほぼ同時に敵の存在を知ることとなった。
両者の戦いは鉢合わせで始まったのだった。
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