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第四章 続・河東争奪
第三十九矢 乱戦
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今川軍本陣をどこか寂しさを感じるそよ風が吹き抜けた。
「達者でな、義就。」
犬丸の耳にそう囁きがそよ風と共に聞こえてきた。
「父上?」
犬丸が思わず後ろを振り返るも、そこには範高の姿はない。
「何を呆けておる。」
すると、今度は横からいつもの憎たらしい声が聞こえた。
「いや、父上の声が聞こえた気がして…」
「全く駄犬は…範高殿がここにおるはずなかろう。今頃、我が叔父と共に奮戦しておられるはずじゃ。」
藤三郎は犬丸に悪態をつく。
「それもそうじゃな。あと駄犬ではない。忠犬と言え、小便垂れが。」
犬丸は藤三郎の言うことに納得して、前を向いた。
(まずい、このままでは…)
範高が命を散らした頃、同じく今川軍右翼を指揮していた朝比奈泰能もまた苦戦を強いられていた。
当初は北条氏康の猛攻を防いでいた今川軍右翼だったが、ここにきて北条兵たちに押され始めていた。
特に先ほど範高が指揮していたところでは、すでに北条兵たちに呑まれかけていた。
(三浦、無事であれよ…!)
泰能はそう願い、全体的に劣勢の中でも孤軍奮闘していたが、味方が次々に倒されていく。
泰能も複数の北条兵に襲われて、斬り倒すものの湧き出るように北条兵は泰能に襲いかかってくる。
「次から次へときりがないわ!」
さすがに泰能も疲れが見え始めた時、泰能の後方から今川兵が一気に押し寄せて何とか盛り返した。
「援軍か!」
少し声が弾んだ泰能の横まで俺が馬を走らせる。
「殿!!!」
「うん、遅くなってごめん。」
「いえいえ!殿自ら援軍に来てくださるとは…この朝比奈泰能、感激の極みでございまする!」
「まあまあ、感激は後にして今は目の前の敵に集中しましょ。」
「はっ!!」
泰能は今までの疲れが吹っ飛んだかのように元気に返事をした。
「あれは…もしや!」
一方、今川兵の援軍の正体に気づいた氏康は北条兵らに号令をかける。
「義元の首はすぐそこじゃ!突撃せよ!」
義元の姿を捉えた北条兵たちは士気がさらに増して、義元の首を討ち取らんと勢いそのままに突撃してきた。
「氏康を討ち取る!」
今川兵も氏康を討ち取らんと突撃を仕掛ける。
どちらも一歩も譲らない乱戦が始まった。
他方、今川軍左翼でも岡部親綱と北条綱高による争いが激化していた。
お互いがあまり実力に差がなく拮抗しているからか、なかなかに決着がつかない。
「強いのう、まるであの戦馬鹿と手合わせをしているようじゃわ。」
綱高は少し息が上がりながらも、槍を素早く乱れ打ちして攻撃の手を緩めようとしない。
「貴様もな!」
片や、親綱も力強い突きで綱高の身体を貫こうとする。
両者ともに強気で闘いに臨んでいた。
今川軍左翼と相対していた松田盛秀は険しい表情を浮かべていた。
親綱は綱高が相手をして動きを封じているが、兵力差が元々あったのに加えて、そろそろ今川兵を足止めするのに限界が近づいていたのだ。
「そろそろ潮時か…」
そして、それは親綱と交戦中の綱高も周囲の状況からして感じとっていた。
(こやつはともかく、全体の情勢が悪そうじゃ。ふむ、今のうちに殿に対する弁明を考えておいた方がよさそうだ。)
「まあ、その前に後々脅威になりかねんこやつを潰さねばな。」
綱高と親綱の闘いはまだまだ長引きそうであった。
また、多目元忠が率いる北条兵も窮地に追い込まれていた。
というのも、武田軍がじわじわと攻勢を強めていたのがここにきて影響が出ていたのだ。
そんな中、武田晴信は北条兵にトドメを刺そうとしていた。
「よし、終わらせようか。」
途端に、武田軍は今までとは比べ物にならないほどの猛攻を仕掛けてきた。
息切れし始めていた北条兵はこの武田軍の猛攻の前に耐えきれず、ついに屈して北条兵は総崩れとなった。
北条と今川の決着の時は刻一刻と迫っていた。
「達者でな、義就。」
犬丸の耳にそう囁きがそよ風と共に聞こえてきた。
「父上?」
犬丸が思わず後ろを振り返るも、そこには範高の姿はない。
「何を呆けておる。」
すると、今度は横からいつもの憎たらしい声が聞こえた。
「いや、父上の声が聞こえた気がして…」
「全く駄犬は…範高殿がここにおるはずなかろう。今頃、我が叔父と共に奮戦しておられるはずじゃ。」
藤三郎は犬丸に悪態をつく。
「それもそうじゃな。あと駄犬ではない。忠犬と言え、小便垂れが。」
犬丸は藤三郎の言うことに納得して、前を向いた。
(まずい、このままでは…)
範高が命を散らした頃、同じく今川軍右翼を指揮していた朝比奈泰能もまた苦戦を強いられていた。
当初は北条氏康の猛攻を防いでいた今川軍右翼だったが、ここにきて北条兵たちに押され始めていた。
特に先ほど範高が指揮していたところでは、すでに北条兵たちに呑まれかけていた。
(三浦、無事であれよ…!)
泰能はそう願い、全体的に劣勢の中でも孤軍奮闘していたが、味方が次々に倒されていく。
泰能も複数の北条兵に襲われて、斬り倒すものの湧き出るように北条兵は泰能に襲いかかってくる。
「次から次へときりがないわ!」
さすがに泰能も疲れが見え始めた時、泰能の後方から今川兵が一気に押し寄せて何とか盛り返した。
「援軍か!」
少し声が弾んだ泰能の横まで俺が馬を走らせる。
「殿!!!」
「うん、遅くなってごめん。」
「いえいえ!殿自ら援軍に来てくださるとは…この朝比奈泰能、感激の極みでございまする!」
「まあまあ、感激は後にして今は目の前の敵に集中しましょ。」
「はっ!!」
泰能は今までの疲れが吹っ飛んだかのように元気に返事をした。
「あれは…もしや!」
一方、今川兵の援軍の正体に気づいた氏康は北条兵らに号令をかける。
「義元の首はすぐそこじゃ!突撃せよ!」
義元の姿を捉えた北条兵たちは士気がさらに増して、義元の首を討ち取らんと勢いそのままに突撃してきた。
「氏康を討ち取る!」
今川兵も氏康を討ち取らんと突撃を仕掛ける。
どちらも一歩も譲らない乱戦が始まった。
他方、今川軍左翼でも岡部親綱と北条綱高による争いが激化していた。
お互いがあまり実力に差がなく拮抗しているからか、なかなかに決着がつかない。
「強いのう、まるであの戦馬鹿と手合わせをしているようじゃわ。」
綱高は少し息が上がりながらも、槍を素早く乱れ打ちして攻撃の手を緩めようとしない。
「貴様もな!」
片や、親綱も力強い突きで綱高の身体を貫こうとする。
両者ともに強気で闘いに臨んでいた。
今川軍左翼と相対していた松田盛秀は険しい表情を浮かべていた。
親綱は綱高が相手をして動きを封じているが、兵力差が元々あったのに加えて、そろそろ今川兵を足止めするのに限界が近づいていたのだ。
「そろそろ潮時か…」
そして、それは親綱と交戦中の綱高も周囲の状況からして感じとっていた。
(こやつはともかく、全体の情勢が悪そうじゃ。ふむ、今のうちに殿に対する弁明を考えておいた方がよさそうだ。)
「まあ、その前に後々脅威になりかねんこやつを潰さねばな。」
綱高と親綱の闘いはまだまだ長引きそうであった。
また、多目元忠が率いる北条兵も窮地に追い込まれていた。
というのも、武田軍がじわじわと攻勢を強めていたのがここにきて影響が出ていたのだ。
そんな中、武田晴信は北条兵にトドメを刺そうとしていた。
「よし、終わらせようか。」
途端に、武田軍は今までとは比べ物にならないほどの猛攻を仕掛けてきた。
息切れし始めていた北条兵はこの武田軍の猛攻の前に耐えきれず、ついに屈して北条兵は総崩れとなった。
北条と今川の決着の時は刻一刻と迫っていた。
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