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第四章 続・河東争奪

第三十八矢 死闘

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北条氏康が今川軍へと攻め込む中で、多目元忠は武田軍の足止めをしていた。

一度後退した北条兵らは元忠や松田盛秀の指示のもと、前線に再び戻って武田軍と今川軍左翼を相手取っていたのだ。
しかし、それでされるがままになるほど武田軍と今川軍は甘くはなかった。

(長くは持たぬな…)

「どうかお早めに義元を討ち取ってくだされ…!」

元忠は前方にいる氏康にそう語りかけた。

足止めをくらっていた今川軍左翼では、岡部親綱が大暴れしていた。

(どこかに強者はおらぬのか!)

親綱が強者を探して敵兵を次々に斬り倒していると、どこからか素早い動作で繰り出された槍が親綱の頬をかすめた。

「外したか。」

親綱が目を向けた先には、知的な雰囲気が漂う男がいた。
そう、その男とは北条綱成と共に八年前に今川軍に大勝を収めた立役者である北条綱高であった。

「ほう…!」

親綱がニヤリと笑うと、綱高は苦虫をかみ潰したかのような顔をした。

「おぬし、わしの旧友と似た感じがするの。」
「我の名は岡部親綱!いざ、尋常に勝負!」
「岡部親綱…ああ、そういえばおった。確か綱成の親仇だったか。」

親綱という名を聞いて思い出した綱高は、槍を親綱へ向けて構えた。

「どれ、あやつの代わりに仇を討ってやろうではないか。」

一方、一度後退していた今川軍本陣だったが、なんとか態勢を立て直していた。
俺は本陣の兵らに号令をかける。

「よし、じゃあ北条軍を迎え撃ちに行くよ。」

すると、吉田氏好が異議を申し立てる。

「恐れながら殿、今迎え撃つのは殿の身が危のうござりまする。一度ここは退くべきと存じ上げまする。」
「だけどそれは氏康も同じでしょ。」

俺は話を続ける。

「俺たちがここで氏康を討ち取れば俺たちの勝利。勝てる見込みがあるなら、最後までしがみつかないと。」

そうして、俺たちは氏康を迎撃するために今川軍右翼へと向かった。

その今川軍右翼では、数々の戦を経験している朝比奈泰能と三浦範高が幾ばくかの兵を何とかまとめ上げ北条軍と死闘を繰り広げていた。
北条軍が氏康を先頭にして攻勢を強めるのに対して、今川軍は横一線に並び、応戦の構えを見せた。

「突破せよ!」

と、北条氏康が先頭に立ち兵らの士気を上げれば、

「なんとしてでも死守せよ!」

泰能や範高が疲弊の色が見え始める兵らを鼓舞して、氏康の進撃を止めようとする。
しかし、徐々に氏康に押され始める。

(このままではまずい!)

そう危機感を抱いた範高が決死の行動に出る。
氏康と槍を交えたのだ。

「くっ…!」

(やはり歳か…!)

最初は互角だったが範高であったが、次第に防戦一方となっていった。氏康の猛攻はさらに強まり、体力という面で氏康に劣っていた範高は反応するのに精一杯だったのだ。

(なれば、一か八か!)

「はああ!」

範高が放った渾身の一撃を氏康は間一髪でかわして、強烈な一撃を範高に振るう。
少し反応が遅れた範高はかわそうとするが、かわしきれずに胸に直撃した。
胸からは血が一斉に噴き出した。
範高は馬から崩れ落ち、地面に叩きつけられる。
血が止まる気配はなく、ドクドクと流れていく。
もう、この傷では助からない。
範高は本能で自分の死を悟った。

(いつかはこうなると覚悟はしていたが、意外に呆気ないものだ…) 

自身の人生が走馬灯として思い出される。
愛すべき家族ができて、魅力的な殿に仕えることができて、その殿の夢を共に追いかけることもできて……

本当に、本当に幸せな日々だった。
もう悔いはない。
ただ、心残りがあるとすれば、殿が夢を叶えたその時にそばにいられないことともう家族に会えないことがとても寂しい。

「わしは一人死にゆくのか…」

すると、後方からドドドドドと足音が聞こえてくる。
その方に目を向けると、立派な馬に乗る一際輝く金色の兜が見えた。

(殿が来てくださったのか…)

義元の横には、息子の犬丸の姿があった。

「最後に…会え…た…」

範高は犬丸の姿を一目見て、息を引き取った。

今川義元と北条氏康。ついに両者が戦場で邂逅かいこうした。
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