海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第四章 続・河東争奪

第三十四矢 四年の月日

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武田信虎の追放以降、大きな戦は起きず今川家には平和なひと時が訪れ、四年の月日が流れた。それはまるで嵐の前の静けさのように―

初夏を迎えた駿府館で、木刀で打ち合いをしているのは太原崇孚と今川五郎である。
子供の成長は早いもので、五郎はこの四年で可愛らしい幼児から七歳の少年へと変化を遂げていた。

「ほれ、反撃せんか。」
「ぐっ……」

打ち合いは一方的なもので、五郎は手も足も出ず地面に尻もちをついた。崇孚は五郎の首元に木刀を突きつける。

「今日はここまでとしよう。」

崇孚がそう言って木刀を構えるのをやめると、

「終わった…」

五郎はゼエゼエと息を荒くして、そのまま地面に仰向けになって空を仰ぐ。

五郎は剣術をあまり得意としていなかった。
代わりに、五郎は蹴鞠や座学などの主に貴族が好むような分野に熱中しているようだった。

(ここが公家ならばいいが、武家の若君としてはその熱意を剣術と兵法に向けてほしいのだが…)

好きなことにはどんどんのめり込む。

「いい意味でも悪い意味でも父親に似ておるな。」

崇孚はボソッとつぶやくと、五郎に手を差し伸べた。

「へえ、これが金山で採れた金?」

その五郎の父親である俺はというと、富士山のふもとの富士金山で採れた金を手に取って見ていた。三浦範高は俺の質問にうなずいた。

「はっ、そうでございます。」
「はーめっちゃ輝いてんねー」

俺はのちに今川家の財政の一端を担うことになるかもしれないものをまぶしそうに見ていた。

この四年、俺は国力を底上げするために国内の経済政策に注力していた。
その中でも、特に俺が積極的に取り組んだのが金山開発である。

元々、駿河国には富士金山を始めとする複数の金山が存在している金山大国であった。
そんなことから氏親や氏輝の時代にも金山開発はしていたのだが、それほど盛んではなかった。
それもそのはず。
当時の技術では金を精製する方法がなかったため、金の純度は低く生産量も少なかったのだ。
しかし、ほんの一、二年前に国内に伝来してきた灰吹法はいふきほうと呼ばれる技術がその状況を大きく変えた。
この灰吹法とは、鉱石に混じっている不純物をほぼ取り除き、金のみを取り出すという当時の日本では画期的な技術であった。
俺はその技術を活用して、金の生産量を大幅に増加させ、他国との取引をすることで国を豊かにしていこうと考えたのだ。

「じゃあそんな調子で地道に頑張ってください。」
「はっ!」

範高が大広間を後にすると、とある密使が俺のそばに控えていた吉田氏好に報告をして、氏好が俺に伝えた。

「殿、古河公方が我らの呼びかけに応じ申した。これで山内上杉と扇谷上杉、そして同盟を組む武田…北条の包囲網が完成しました。」
「おお、やっとだねー、四年もかかったよ。」

俺は長かった交渉を終えて、ひとまず安堵した。

山内上杉家と扇谷上杉家は日に日に強くなっていった北条家の脅威を目の当たりにしていたためすんなりと合意できたが、関東では未だ権威のあった古河公方はなかなか重い腰を上げなかった。
古河公方は北条氏綱の死去以降、北条家と対立していたが未だに北条家を敵に回すリスクを考えていたのだ。
しかし、たった今その古河公方を味方につけた。
これで下準備は整った。

「じゃあそろそろ、反撃といきましょうか。」

再び河東の地をめぐって大きな戦が始まろうとしていた。
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