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第三章 河東争奪
第三十一矢 新たな命
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その日は突然やって来た。
「男子でした時は、こちらの紺色が強調されておられる振袖がよさそうでございますなあ。」
「こちらの淡い桃色も女子である際には似合いそうでございまする。」
「どれも美しくて目移りしてしまうのう。」
その日は多恵が部屋で父・武田信虎が送ってきた子供服を侍女らとともに物色していた。
「うっ…!」
すると、突如として強烈な痛みが多恵のお腹を襲った。
陣痛である。
産気づいた多恵は痛みを感じながらもすぐさま白装束に着替えて、侍女たちとともに庭に建設してある子供を産むための納屋・産屋へと入っていった。
そのことが俺にも伝えられると、俺は妻の出産に立ち会うために産屋へと向かった。
この時代、まだ穢れの概念が強く、民たちは不浄な状態になるのを恐れていた。その中でも、出産する際に生じうるかもしれない死への穢れはひときわ強かった。
そのため産屋前では、穢れを拭う為に陰陽師が呪文を唱えたり、巫女が砂を撒いて悪霊から母子を守らんとしていたりと様々な儀式がされていた。
そして、僧侶である崇孚もまた穢れを拭う為にお経を唱える準備をしていた。
(あの童が今や父になるとは、時の流れは早いものだな…)
崇孚は、今は懐かしい善得寺時代の光景を思い出しながら、経典を開いてお経を唱え始めた。
一方、産屋内では多恵の陣痛がさらにひどくなっていた。
多恵は天井から垂れ下がっている太い紐を強く握りしめて、陣痛による激しい痛みに耐えていた。そんな多恵を2人の侍女と俺が後ろから多恵を抱えるように支える。
陣痛に耐える声が外にも聞こえてくると、陰陽師の呪文や崇孚のお経を唱える声はより一層大きくなる。
また、ぞくぞくと駆けつけた家臣たちも無事に生まれてくるようにと、崇孚に続いてお経を唱えた。
「もう一踏ん張りでございます!」
侍女がそう言ったのに反応して、多恵は苦しそうだが力強くうなずく。
「多恵、頑張れ!」
俺も多恵に声をかける。
俺は傍らで多恵を励ますことしかできない。それでも唯一俺が多恵にできることだと思って、多恵に声をかけ続ける。
すると、多恵は震えながら左手を紐から離して俺の腕を掴む。
「殿…どうか、どうか私に力を貸してください…!」
息絶え絶えに懇願する多恵の手を俺は握り返した。
「わかった!」
多恵は一瞬微笑んだあと、多恵の声がさらに激しさを増す。
それと同時に下から小さな頭が姿を現した。
「頭が見えてきたよ!もうひと頑張り!」
俺が声をかけた時、さらに多恵はぐっと力を入れた。
多恵の声が庭から聞こえなくなった。
途端に庭が静まり返ると、
オギャア!オギャア!
庭に元気な赤ん坊の産声が聞こえてきた。
家臣たちは歓喜に満ちた。
「男子、男子です!今川家の嫡男にございます!」
侍女が涙を浮かべ喜びを顕わにして、赤ん坊を優しく抱いて性別を確認すると、多恵にゆっくりと抱かせた。
「ありがとう…生まれてきてくれて、ありがとう…!」
多恵はやっと対面できた我が子を見て、感動と喜びとでいっぱいになっていた。
「殿、この子に名前を…」
多恵は俺に赤ん坊を抱かせてくれた。
赤ん坊は小さくて言葉に言い表せないほど愛らしかった。
「五郎、この子の名前は今川五郎…!」
この日、今川家に一つの命が舞い降りた。
「男子でした時は、こちらの紺色が強調されておられる振袖がよさそうでございますなあ。」
「こちらの淡い桃色も女子である際には似合いそうでございまする。」
「どれも美しくて目移りしてしまうのう。」
その日は多恵が部屋で父・武田信虎が送ってきた子供服を侍女らとともに物色していた。
「うっ…!」
すると、突如として強烈な痛みが多恵のお腹を襲った。
陣痛である。
産気づいた多恵は痛みを感じながらもすぐさま白装束に着替えて、侍女たちとともに庭に建設してある子供を産むための納屋・産屋へと入っていった。
そのことが俺にも伝えられると、俺は妻の出産に立ち会うために産屋へと向かった。
この時代、まだ穢れの概念が強く、民たちは不浄な状態になるのを恐れていた。その中でも、出産する際に生じうるかもしれない死への穢れはひときわ強かった。
そのため産屋前では、穢れを拭う為に陰陽師が呪文を唱えたり、巫女が砂を撒いて悪霊から母子を守らんとしていたりと様々な儀式がされていた。
そして、僧侶である崇孚もまた穢れを拭う為にお経を唱える準備をしていた。
(あの童が今や父になるとは、時の流れは早いものだな…)
崇孚は、今は懐かしい善得寺時代の光景を思い出しながら、経典を開いてお経を唱え始めた。
一方、産屋内では多恵の陣痛がさらにひどくなっていた。
多恵は天井から垂れ下がっている太い紐を強く握りしめて、陣痛による激しい痛みに耐えていた。そんな多恵を2人の侍女と俺が後ろから多恵を抱えるように支える。
陣痛に耐える声が外にも聞こえてくると、陰陽師の呪文や崇孚のお経を唱える声はより一層大きくなる。
また、ぞくぞくと駆けつけた家臣たちも無事に生まれてくるようにと、崇孚に続いてお経を唱えた。
「もう一踏ん張りでございます!」
侍女がそう言ったのに反応して、多恵は苦しそうだが力強くうなずく。
「多恵、頑張れ!」
俺も多恵に声をかける。
俺は傍らで多恵を励ますことしかできない。それでも唯一俺が多恵にできることだと思って、多恵に声をかけ続ける。
すると、多恵は震えながら左手を紐から離して俺の腕を掴む。
「殿…どうか、どうか私に力を貸してください…!」
息絶え絶えに懇願する多恵の手を俺は握り返した。
「わかった!」
多恵は一瞬微笑んだあと、多恵の声がさらに激しさを増す。
それと同時に下から小さな頭が姿を現した。
「頭が見えてきたよ!もうひと頑張り!」
俺が声をかけた時、さらに多恵はぐっと力を入れた。
多恵の声が庭から聞こえなくなった。
途端に庭が静まり返ると、
オギャア!オギャア!
庭に元気な赤ん坊の産声が聞こえてきた。
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「ありがとう…生まれてきてくれて、ありがとう…!」
多恵はやっと対面できた我が子を見て、感動と喜びとでいっぱいになっていた。
「殿、この子に名前を…」
多恵は俺に赤ん坊を抱かせてくれた。
赤ん坊は小さくて言葉に言い表せないほど愛らしかった。
「五郎、この子の名前は今川五郎…!」
この日、今川家に一つの命が舞い降りた。
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