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第三章 河東争奪

第二十八矢 仲介

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「…そう。報告ご苦労さま、下がっていいよ。」

一連の戦の経過を聞いた俺は兵を下がらせた後、呆然として誰もいない前方を見ていた。

「善得寺が燃えた…」

俺はまだ、あの善得寺が焼失したという事実を受け止めることができなかった。

北条軍の大勝は、周辺各国にすぐさま伝わった。
これに最も怒り狂ったのは北条家の宿敵の山内上杉家と扇谷上杉家であった。特に扇谷上杉家の当主・上杉朝興は病床に伏しながらも、

「北条の敵は我らの味方。今川に兵を送るのじゃ!」

と、今川を支援するために援軍を甲斐国経由で送った。
また、もちろん武田家もこの事態に黙っていなかった。

「これ以上北条の勢力拡大を許してはならん。我らも上杉同様、援軍を遣わす!」

武田信虎も同盟を組む扇谷上杉家と共に援軍を駿河国へと送ったのである。

(はて、これからどうするか。)

それを受けて、北条氏綱は頭をフル回転させて最善策を考えていた。
このまま今川を攻めれば、おそらくは今川を滅ぼすことができるだろう。
だが、これ以上今川の領土を侵攻しようものなら武田・扇谷上杉の援軍が河東の地になだれ込み、山内上杉もそれに乗じて北条領に攻め入ってくるのは間違いない。

(潮時か。確か武田は我らと和議を結ぼうとしていたはず。それを利用するか…)

氏綱は文書を書き上げ、使者を武田へと送り出した。

「わしらに仲介せよとぉ?ふざけとるのかあ!」

武田信虎は氏綱の文書を跡形も無く破った。
それもそのはず。なんと文書には、今川と北条の戦の仲介をしろと書かれていたのだ。

(今川に援軍を送っとる我らに仲介せよなど、北条は一体何のつもりじゃ…!)

「とにもかくにも、わしは北条の言うままにする気はない!」
「お待ちください。」

そこに待ったをかけたのは武田晴信だった。

「何じゃ!わしに歯向かう気か!」
「冷静になってくださいませ、父上。」
「わしはいつだって冷静じゃ!」
「今川は現在、内部で家臣らの反乱が起きており、とても北条と戦をできる状況ではありませぬ。」
「なればこそ、我らが援軍を送ったのではないか!」
「我らが今川と同盟を結んだのは、北条と戦をするためではありますまい。」
「ぐっ…じゃが北条は今川が武田と結ぶことに怒っていたではないか!じゃから戦になっておろうが!」
「その北条が我らに仲介を求める、すなわち我らと和議を結ぶ意思があるということ。我らの当初の目的は達成いたしまする。」
「ぐぬぬ…」

信虎はしばらく考え込んだのちに、しぶしぶ北条の要請を許諾した。

「…わかった。では、おぬしが仲介せよ。」
「はっ―お任せを。」

一方、駿府館では先の戦で敗軍の将となった崇孚が帰還した。

「おかえり、承菊。」

崇孚の前には、けだるそうにあくびをして、目にはクマができている義元の姿があった。

「眠れておらんのか…?」
「うん、このところなかなか眠れなくてさ。体がめっちゃダルいんだよね。」

今までは気丈に振る舞っていた義元だったが、ここにきて家督争いの時から少しずつ溜まっていた心労がついに体調面に影響を及ぼし始めていたのだ。

(拙僧らの敗戦で義元に余計な負担を負わせてしまったのか…)

崇孚は改めて自身の敗戦に責任を感じて、義元に頭を下げた。

「すまぬ。この度の敗戦は全て拙僧にある…!」
「…頭上げて。承菊らしくないって。」

俺は崇孚に近寄って崇孚の肩を両手で掴んだ。

「もう過ぎたことを気にしていても仕方ない。俺たちは先を見据えていかなきゃ。」
「義元…」

そして数日後、晴信一行は仲介を果たすために駿府館を訪れた。

「ご無沙汰しておりまする。」
「久しぶりー、結婚式以来だね晴信くん。」

(相当疲れているようだな…)

晴信はそう思いながらも、さっそく北条の停戦の条件を俺に提示した。

「北条の要求はただ一つ。河東を北条の領土とすることでございまする。」

俺は即答した。

「わかった。じゃあ停戦するよ。」

(ほう…思ったよりもすんなりと承諾したな。)

「―真によろしいので?」

晴信は念を押したが、俺は考えを一切変えない。

「うん。俺たちは反乱を鎮圧することが最優先なんだし、今は北条さんに預けとくよ。」

(今は、か…)

晴信がその言葉に引っかかっていると、俺は続けた。

「まあ、あそこは俺が育ったところだから、いずれは返してもらうけど。」

そう言い放つ義元の目は静かなる怒りに燃えていて、また言葉に表せない妙な威圧感があった。晴信は義元とという男の強さを垣間見た気がした。
そうして晴信の仲介により、停戦が成立したのであった。

「何だと…北条は我らと共に今川を滅ぼすのではなかったのか!」

それに驚いたのが堀越氏延始めとする今川に反乱を起こした家臣たちである。
結果的に北条に見捨てられた形となってしまった氏延たちだったが、憤慨ふんがいしている暇はなかった。
東の憂いがなくなった今川軍が援軍の武田・扇谷上杉の両軍と合流して、本格的に反乱の鎮圧に乗り出したのだ。
氏延らがオロオロとしているうちに、反乱を起こした城は次々に落城していく。
そして氏延の城・見附端城にも大軍が押し寄せた。氏延はおびただしい数の敵兵を見て、少しばかりあった戦意すら喪失した。

「こ、降伏するのじゃ!」

大軍を前にして、氏延は怖じ気づいて降伏を選択してしまったのであった。 
その後、氏延らは命だけは助かったものの国外追放となり没落の一途をたどる。
こうして今川家に平穏が訪れた矢先、俺は病に倒れた。
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