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第三章 河東争奪
第二十七矢 善得寺、燃ゆ
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駿河国の善得寺付近、崇孚率いる今川軍はそこまで進軍して来ていた。
「懐かしいな。」
崇孚は周りを見渡し、かつての日々を思い出していた。
(…まさかここが戦場になろうとは、あの頃は思いもしなんだ。)
北条軍はすでに善得寺付近まで侵攻してきていたのだ。
北条軍の様子を偵察してきた斥候が崇孚の元へ報告をしにきた。
「北条軍は原田山の麓に布陣しており、この山にて急造の城を築城しておりました。」
「やはり、北条はここいらの土地を完全に領土として取り込む気か。」
崇孚がそう考えをめぐらせていると、岡部親綱が少し丘となっているところのみが燃えているのに気づいた。
「火事か?」
崇孚がその方に目を凝らすと、北条のものと思わしき旗が見えた。その場所は崇孚にとって見覚えのある場所だった。
崇孚は目を見開いた。
「北条、ぬしらはここまでやるのか…!」
燃えていたのは、善得寺であった。
崇孚は、一応冷静だった。これが明らかな挑発で今川軍をおびき寄せようという北条軍の策略であるということをわかっていた。だが、その行為を今川軍は黙っていなかった。
「崇孚殿!あのような蛮行を許してはなりませぬ!今すぐにでも北条氏綱の首を取りましょう!」
今川軍は怒りに満ちていた。
(この蔓延した怒りを抑えるべきか、それとも…)
敵の挑発に乗り、敵の思い通りに動くことは愚行でしかない。
しかし、北条軍が今行っていることは、今川家当主が生まれ育った寺を燃やすという今川家をこけにしているとしか思えない許されざる行為。ここで引き下がれば兵の士気は下がり、何より今川軍の名が廃るだろう。
「どのみち、拙僧らに残された道はないか…」
崇孚は決断を下した。
一方で、北条軍では北条氏綱が軍議を開いていた。そこには二人の若き武将がいた。
「それがしが、ですか。」
そう少し驚いていたのは、氏綱の養子・北条綱高である。
「うむ。此度の戦はそなたたちに先鋒任せたいと思っておる。よいな?」
「了解したぜ、親父。」
同じく氏綱の養子・北条綱成が待ってましたとばかりに返事をした。
「そなたたちの活躍、期待しておるぞ。」
軍議を終えて、二人は自らの持ち場に戻っていた。
「あーあ、早く戦が始まんねえかなあ。うずうずするぜ。」
「待たずとも、もうすぐ戦が始まると思うぞ。奴らが忠臣であれば、あのような行為は許さぬでだろうし。」
すると、一人の兵が二人の元へと駆けつけた。
「急ぎ、持ち場にお戻りくださいませ!今川軍の姿が前方より確認され申した。」
「よっしゃあ!」
原田山の前方は小規模な平野となっていた。今川軍はそんな視野が開かれた平野を進軍していた。
すると、前方に北条軍が見えた。
「突撃せよ!」
崇孚の号令と共に、今川軍は北条軍へ突撃をしていった。
北条軍もこれに対応するかのように突撃の構えを見せた。両者がぶつかるまであと少しの時、突如として綱成と綱高は二手に分かれて、今川軍の側面へと狙いを定めた。
突然のことに今川軍は対応できなかった。
「さあ、お祭り騒ぎの始まりだあ!」
北条綱成が嬉嬉として今川軍の左側から突撃してくると、
「全く、あの戦好きは…」
右側からは北条綱高率いる兵が突撃する。
次の瞬間、今川軍は奇襲に近い攻撃を受けてしまった。
挟み撃ちにされて混乱状態となっている今川軍の兵を綱成は蹴散らしていく。しかし、そんな綱成の進撃を止めた男がいた。
「へえ、今川にも気骨のある奴がいるじゃねえか。名は?」
「岡部親綱じゃ!貴様が大将じゃな!」
「岡部親綱ぁ?どこかで聞いたことがあるような…」
綱成がそう記憶を辿ろうとすると、間髪を入れずに親綱の槍が綱成の頬をかすめる。
「おお、気を抜くとこっちが逝っちまうな。」
綱成は記憶を辿るのをやめて、親綱との闘いに集中し始める。
(こやつの槍術…どこかで見たことがある気がする。)
親綱は綱成と激しい応酬を繰り広げながら、そう感じていた。
親綱が善戦している中、全体の戦況はというとあまり芳しくなかった。
出鼻をくじかれたのが、今川軍にとって痛かったのだ。
崇孚は冷や汗を垂れ流した。
「まずいなこりゃ。」
崇孚が兵らを落ち着かせようとするも、なかなか落ち着く様子はない。
北条軍の攻撃は時間が経つごとに増している。対して、今川軍は兵が次々に葬られていく。
そして、トドメは攻め寄せた氏綱本軍の猛攻。
これで今川軍は完全に立て直すことができなくなってしまった。
勝機がなくなった崇孚に残された手段は一つ。
「全軍撤退せよ!」
今川軍は撤退を余儀なくされたのであった。
今川軍撤退後、綱成は親綱についてようやく思い出した。
「ああ!思い出した。岡部親綱ってえのは俺の親父を討ち取った奴じゃねえか。」
実はこの綱成。真の父親は、あの恵探派筆頭の重臣・福島正成である。
綱成は内乱の終結の際に、命からがら落ち延びたところを氏綱に保護された。その後、父親譲りの武勇と豪胆さが氏綱に気に入られて北条一門に迎え入れられていたのだった。
「ほう、親の仇か。次に対する時は仇を討てるとよいな。」
綱高が綱成の元に来てそう言うと、綱成はハハハハと笑い出した。
「仇を討とうとは思ってねえよ。親父は親父、俺は俺だ。まあ次会ったら、今度はとことん殺り合いたいけどな。」
綱高はドン引きして綱成を見ていた。
「…戦好きもここまでくると病だの。」
「ハハハハ、そうに違いねえ。」
こうして、今川軍と北条軍の決戦は北条の大勝と終わり、富士川より東の地域―河東は北条によって占領された。
「懐かしいな。」
崇孚は周りを見渡し、かつての日々を思い出していた。
(…まさかここが戦場になろうとは、あの頃は思いもしなんだ。)
北条軍はすでに善得寺付近まで侵攻してきていたのだ。
北条軍の様子を偵察してきた斥候が崇孚の元へ報告をしにきた。
「北条軍は原田山の麓に布陣しており、この山にて急造の城を築城しておりました。」
「やはり、北条はここいらの土地を完全に領土として取り込む気か。」
崇孚がそう考えをめぐらせていると、岡部親綱が少し丘となっているところのみが燃えているのに気づいた。
「火事か?」
崇孚がその方に目を凝らすと、北条のものと思わしき旗が見えた。その場所は崇孚にとって見覚えのある場所だった。
崇孚は目を見開いた。
「北条、ぬしらはここまでやるのか…!」
燃えていたのは、善得寺であった。
崇孚は、一応冷静だった。これが明らかな挑発で今川軍をおびき寄せようという北条軍の策略であるということをわかっていた。だが、その行為を今川軍は黙っていなかった。
「崇孚殿!あのような蛮行を許してはなりませぬ!今すぐにでも北条氏綱の首を取りましょう!」
今川軍は怒りに満ちていた。
(この蔓延した怒りを抑えるべきか、それとも…)
敵の挑発に乗り、敵の思い通りに動くことは愚行でしかない。
しかし、北条軍が今行っていることは、今川家当主が生まれ育った寺を燃やすという今川家をこけにしているとしか思えない許されざる行為。ここで引き下がれば兵の士気は下がり、何より今川軍の名が廃るだろう。
「どのみち、拙僧らに残された道はないか…」
崇孚は決断を下した。
一方で、北条軍では北条氏綱が軍議を開いていた。そこには二人の若き武将がいた。
「それがしが、ですか。」
そう少し驚いていたのは、氏綱の養子・北条綱高である。
「うむ。此度の戦はそなたたちに先鋒任せたいと思っておる。よいな?」
「了解したぜ、親父。」
同じく氏綱の養子・北条綱成が待ってましたとばかりに返事をした。
「そなたたちの活躍、期待しておるぞ。」
軍議を終えて、二人は自らの持ち場に戻っていた。
「あーあ、早く戦が始まんねえかなあ。うずうずするぜ。」
「待たずとも、もうすぐ戦が始まると思うぞ。奴らが忠臣であれば、あのような行為は許さぬでだろうし。」
すると、一人の兵が二人の元へと駆けつけた。
「急ぎ、持ち場にお戻りくださいませ!今川軍の姿が前方より確認され申した。」
「よっしゃあ!」
原田山の前方は小規模な平野となっていた。今川軍はそんな視野が開かれた平野を進軍していた。
すると、前方に北条軍が見えた。
「突撃せよ!」
崇孚の号令と共に、今川軍は北条軍へ突撃をしていった。
北条軍もこれに対応するかのように突撃の構えを見せた。両者がぶつかるまであと少しの時、突如として綱成と綱高は二手に分かれて、今川軍の側面へと狙いを定めた。
突然のことに今川軍は対応できなかった。
「さあ、お祭り騒ぎの始まりだあ!」
北条綱成が嬉嬉として今川軍の左側から突撃してくると、
「全く、あの戦好きは…」
右側からは北条綱高率いる兵が突撃する。
次の瞬間、今川軍は奇襲に近い攻撃を受けてしまった。
挟み撃ちにされて混乱状態となっている今川軍の兵を綱成は蹴散らしていく。しかし、そんな綱成の進撃を止めた男がいた。
「へえ、今川にも気骨のある奴がいるじゃねえか。名は?」
「岡部親綱じゃ!貴様が大将じゃな!」
「岡部親綱ぁ?どこかで聞いたことがあるような…」
綱成がそう記憶を辿ろうとすると、間髪を入れずに親綱の槍が綱成の頬をかすめる。
「おお、気を抜くとこっちが逝っちまうな。」
綱成は記憶を辿るのをやめて、親綱との闘いに集中し始める。
(こやつの槍術…どこかで見たことがある気がする。)
親綱は綱成と激しい応酬を繰り広げながら、そう感じていた。
親綱が善戦している中、全体の戦況はというとあまり芳しくなかった。
出鼻をくじかれたのが、今川軍にとって痛かったのだ。
崇孚は冷や汗を垂れ流した。
「まずいなこりゃ。」
崇孚が兵らを落ち着かせようとするも、なかなか落ち着く様子はない。
北条軍の攻撃は時間が経つごとに増している。対して、今川軍は兵が次々に葬られていく。
そして、トドメは攻め寄せた氏綱本軍の猛攻。
これで今川軍は完全に立て直すことができなくなってしまった。
勝機がなくなった崇孚に残された手段は一つ。
「全軍撤退せよ!」
今川軍は撤退を余儀なくされたのであった。
今川軍撤退後、綱成は親綱についてようやく思い出した。
「ああ!思い出した。岡部親綱ってえのは俺の親父を討ち取った奴じゃねえか。」
実はこの綱成。真の父親は、あの恵探派筆頭の重臣・福島正成である。
綱成は内乱の終結の際に、命からがら落ち延びたところを氏綱に保護された。その後、父親譲りの武勇と豪胆さが氏綱に気に入られて北条一門に迎え入れられていたのだった。
「ほう、親の仇か。次に対する時は仇を討てるとよいな。」
綱高が綱成の元に来てそう言うと、綱成はハハハハと笑い出した。
「仇を討とうとは思ってねえよ。親父は親父、俺は俺だ。まあ次会ったら、今度はとことん殺り合いたいけどな。」
綱高はドン引きして綱成を見ていた。
「…戦好きもここまでくると病だの。」
「ハハハハ、そうに違いねえ。」
こうして、今川軍と北条軍の決戦は北条の大勝と終わり、富士川より東の地域―河東は北条によって占領された。
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