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第三章 河東争奪
第二十六矢 劣勢
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案の定、三浦範高が危惧した通り、葛山城が城主・葛山氏広は北条軍にあっさりと降伏し、北条方に寝返った。
そして、北条軍は興国寺城へと標的を変えて進軍していた。
「わしは戦う…!戦うぞ!」
対する興国寺城が城主・堀和氏達は息を荒くして迫り来る北条軍を待ち構えていた。
(必ずや殿や武田の援軍が助けに来てくれるはずじゃ。それまで持ち堪えれば…)
しかし、氏達の予想に反し数日を持たずして落城寸前まで追い詰められてしまった。
氏達は茫然自失して北条軍を城から見ていた。
(格が違った。こんなもの、すでに勝敗が決しているではないか…)
「…する、我らは北条に降伏する…」
こうして、あっという間に二つの城が北条の手に落ちてしまったのである。
時を同じくして、こちらは遠江国にある見附端城―
城主の堀越氏延のもとには怪しげな男が訪問してきていた。
「一体、今のわしになんの用じゃ…!」
氏延は内乱の際に恵探派だった家臣であった。しかし、恵探派が敗北したため命はかろうじて救われたが、発言力は皆無に等しいものとなり、城主でいられるのが奇跡と思えるくらい落ちぶれていた。
そんな悲惨な状態になっている氏延の目の前に現れた不審な男に、氏延は警戒感を露わにしていた。それにも関わらず、男はニタリと気味の悪い笑みを浮かべている。
「そう警戒しなさらないでくださいませ。この度は貴殿にとって良い話を持って参りました…」
「良い話、だと?」
「はい、我ら北条に寝返ればある程度の地位を約束しまする。」
(この者、北条の者か…!)
「……それは、わしに今川を裏切れということか。」
「少なくとも、このままでは貴殿の今川の立場は厳しいものになると思いまするが?」
「………」
沈黙はしていれど、氏延の表情が少しずつ変化していくのが男の目にも見えた。
(やはり、小心者は扱いやすいのう。)
男はそう思いながらも、決して口には出さなかった。
そして、義元たちが最も恐れていたことが起こった。
崇孚が率いる今川軍が出陣してまもなくして、氏延を筆頭とする元恵探派の家臣や武田と同盟を結ぶことに不満を抱いていた家臣が遠江国を中心に北条に呼応して、挙兵したのだ。
これにより、今川家は東西から挟み撃ちされる形となってしまった。
「まずいなー、鎮圧するにも兵力足りないし…」
ハアッとため息をついて、
「あっ報告ご苦労さまです。下がっていいよ。」
俺が報告しにきた兵を下がらせると、吉田氏好が兵とすれ違いざまに大広間に入ってきた。
「瑞花様から文が届きになり申した。」
「えっほんと?」
俺は自身の妹で北条氏康に嫁いだ瑞花姫を北条家から連れ戻そうと手紙を送っていた。
氏好は手元に持っていた手紙を俺に渡した。
俺はその文を目を通した。
文には北条家に留まるという意思が書かれていた。
「うーん、敵側に身内がいると戦いにくいんだけど…まあでも今回は自衛だから関係ないか。」
一方、小田原城では北条氏康が申し訳なさそうに瑞花に頭を下げていた。
「すまぬ。この戦を止めることができなかった。」
「…頭をお上げください。殿が気を病む必要はないのですよ。」
「しかし…」
「私はすでに北条の人間です。今川に戻るつもりはございませぬ。」
瑞花は凜とした目で真っ直ぐ氏康を見つめていた。
「おぬしが、おぬしが妻でよかった…!」
氏康は瑞花の手を握る。
(氏康様は普段は誠実で信念を貫く方だけど、時折心のうちに秘めた弱さも見せる方。だからこそ、私が支えていかねば…!)
瑞花は氏康の手を握り返した。
「あー疲れた、とりあえずちょっと休憩しよ。」
俺は部屋に着くやいなや倒れ込むように寝た。
そんな俺に多恵はそっと羽織っていた着物を被せた。
そして、北条軍は興国寺城へと標的を変えて進軍していた。
「わしは戦う…!戦うぞ!」
対する興国寺城が城主・堀和氏達は息を荒くして迫り来る北条軍を待ち構えていた。
(必ずや殿や武田の援軍が助けに来てくれるはずじゃ。それまで持ち堪えれば…)
しかし、氏達の予想に反し数日を持たずして落城寸前まで追い詰められてしまった。
氏達は茫然自失して北条軍を城から見ていた。
(格が違った。こんなもの、すでに勝敗が決しているではないか…)
「…する、我らは北条に降伏する…」
こうして、あっという間に二つの城が北条の手に落ちてしまったのである。
時を同じくして、こちらは遠江国にある見附端城―
城主の堀越氏延のもとには怪しげな男が訪問してきていた。
「一体、今のわしになんの用じゃ…!」
氏延は内乱の際に恵探派だった家臣であった。しかし、恵探派が敗北したため命はかろうじて救われたが、発言力は皆無に等しいものとなり、城主でいられるのが奇跡と思えるくらい落ちぶれていた。
そんな悲惨な状態になっている氏延の目の前に現れた不審な男に、氏延は警戒感を露わにしていた。それにも関わらず、男はニタリと気味の悪い笑みを浮かべている。
「そう警戒しなさらないでくださいませ。この度は貴殿にとって良い話を持って参りました…」
「良い話、だと?」
「はい、我ら北条に寝返ればある程度の地位を約束しまする。」
(この者、北条の者か…!)
「……それは、わしに今川を裏切れということか。」
「少なくとも、このままでは貴殿の今川の立場は厳しいものになると思いまするが?」
「………」
沈黙はしていれど、氏延の表情が少しずつ変化していくのが男の目にも見えた。
(やはり、小心者は扱いやすいのう。)
男はそう思いながらも、決して口には出さなかった。
そして、義元たちが最も恐れていたことが起こった。
崇孚が率いる今川軍が出陣してまもなくして、氏延を筆頭とする元恵探派の家臣や武田と同盟を結ぶことに不満を抱いていた家臣が遠江国を中心に北条に呼応して、挙兵したのだ。
これにより、今川家は東西から挟み撃ちされる形となってしまった。
「まずいなー、鎮圧するにも兵力足りないし…」
ハアッとため息をついて、
「あっ報告ご苦労さまです。下がっていいよ。」
俺が報告しにきた兵を下がらせると、吉田氏好が兵とすれ違いざまに大広間に入ってきた。
「瑞花様から文が届きになり申した。」
「えっほんと?」
俺は自身の妹で北条氏康に嫁いだ瑞花姫を北条家から連れ戻そうと手紙を送っていた。
氏好は手元に持っていた手紙を俺に渡した。
俺はその文を目を通した。
文には北条家に留まるという意思が書かれていた。
「うーん、敵側に身内がいると戦いにくいんだけど…まあでも今回は自衛だから関係ないか。」
一方、小田原城では北条氏康が申し訳なさそうに瑞花に頭を下げていた。
「すまぬ。この戦を止めることができなかった。」
「…頭をお上げください。殿が気を病む必要はないのですよ。」
「しかし…」
「私はすでに北条の人間です。今川に戻るつもりはございませぬ。」
瑞花は凜とした目で真っ直ぐ氏康を見つめていた。
「おぬしが、おぬしが妻でよかった…!」
氏康は瑞花の手を握る。
(氏康様は普段は誠実で信念を貫く方だけど、時折心のうちに秘めた弱さも見せる方。だからこそ、私が支えていかねば…!)
瑞花は氏康の手を握り返した。
「あー疲れた、とりあえずちょっと休憩しよ。」
俺は部屋に着くやいなや倒れ込むように寝た。
そんな俺に多恵はそっと羽織っていた着物を被せた。
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