海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
上 下
16 / 88
第二章 動乱の今川家

第十五矢 抵抗

しおりを挟む
福島正成は命からがら居城である久能城に帰還した。帰還するやいなや正成は恵探を探し始める。

「恵探はどこにおる!」
「恵探様は自室におられまするが…」

小姓がそう言うと、怒りを顕わにして正成は恵探のところへと向かう。
あの戦は大将である恵探さえいればまだ勝ち目はあった。それを義元軍の前に怖じ気ついて逃げ出したことで士気はガタ落ち。軍は総崩れになったのだ。
恵探の部屋の襖を勢いよく開けると、そこには部屋の隅に縮まる恵探の姿があった。恵探はずっとブツブツと呟いている。

「これは、何かの間違いじゃ。そうに違いない。天に選ばれし我が負けるなどあり得ぬ。」

正成はズンズンと恵探の元へと歩いていき、恵探の胸ぐらを掴み怒鳴りつけた。

「何を言うておる!わしらは負けたのじゃ!」

すると次の瞬間、なんと恵探はボロボロと泣き出したのだ。

「まだ負けておらぬ!わしはまだ負けておらぬ!」

その姿は、まるで負けを認めない子供のようだった。

(こやつは使い物にならぬ!)

正成は泣きじゃくる恵探を見限り、部屋から出て行った。
それ以降、恵探はすっかり自身の部屋に閉じこもってしまった。
よって、全指揮は正成が担うことになり、敗れた恵探軍は福島正成の居城である久能城を中心にしぶとく抵抗を続けていた。

一方、ここは富士の山のふもとを流れる富士川―

緩やかに流れる穏やかな川を渡る軍勢がいた。
その軍勢が掲げる旗には三つ鱗の紋様が印されてあった。

「誠に申し訳ございませぬ!」

駿府館の大広間では、朝比奈泰能が頭を床にこすりつけて陳謝していた。

「そんな謝んなくても大丈夫ですって。」
「しかしながら殿っ!それがしは殿が敵軍と戦っているのにも関わらず、城で指をくわえているだけでございました…」

泰能は徐々に声が小さくなっていき、自身の情け無さに腹が立っているのか小刻みに震えていた。

「不肖朝比奈泰能!腹を切って詫びまする!」
「ちょっ誰か止めて!」

腹を切ろうとする泰能を犬丸や藤三郎が必死に止めた。そして、少し落ち着いた泰能を俺はなだめた。

「泰能さんは責任感ありすぎ。今回は、一日で駿府に進軍してきた敵さんがすごかったんだから仕方ないよ。」
「殿っですが…」
「それに俺、人の切腹とか見たくないから。俺が嫌がっていることを泰能さんはしたいの?」
「いえ、そういうわけではございませぬ!」
「はーい、この話はもう終わり。次は頑張ってください。以上!」

俺は強引に話を終わらせて、自分の部屋に戻っていった。

「しっかし恵探軍もなかなか手強いなあ。なんか恵探に味方する人も日に日に増えていくし。」

そう、駿府館の戦いで義元軍が大勝して以降というものの、恵探軍の予想以上の奮闘ぶりにかつて今川氏親が駿河国の隣国の遠江とうとうみ国に進出する足がかりとして築城した方ノ上かたのかみ城の城主である狩野景茂かげしげを始め、恵探軍に加担する人々が増えていたのだ。
また、恵探軍を討伐しようにも甲斐の武田が虎視眈々こしたんたんと今川の領地を狙っていたり、先日の戦の影響でまだ駿府館の兵が回復しきれていなかったりと義元軍は思うように動けなかったのである。

「はあ~ここんとこいろいろありすぎてなんか疲れたわ。」

俺はゴロンと横たわった。
すると、犬丸がここぞとばかりに俺に申し出てきた。

「殿っ!では、それがしが腰をお揉みいたしましょうか!」
「え?本当?じゃあお願いしよっかな。」

先を越されたと藤三郎が悔しさをにじませていると、犬丸がドヤ顔で藤三郎を煽った。
俺は横ばいになり、犬丸が俺の腰を揉む。これがなかなかに気持ちいい。

「あ~いい、そこそこ。」

俺がだんだんと眠くなっていると、吉田氏好がドタドタと慌ただしい足音を立てながら俺の部屋までやって来た。

「殿っ!」
「どうしたの、氏ちゃん。」

俺が眠そうに聞くと氏好が報告した。

「たった今報告があり、北条が援軍を進発させ先ほど富士川を渡り申した!」
「おお~ようやくだね。」

北条家は義元の祖父の代から縁があり、義元の遠い親戚にあたる一族である。
また、現在も北条家当主・北条氏綱うじつなの嫡男である北条氏康うじやすの正室として、義元の妹が嫁いでおり婚姻関係にあるなど深い関係を結んでいる。
駿府館の戦いを終えて、俺が北条家に援軍を要請していたところ、北条氏綱はその要請を快諾してくれたのだ。

「じゃあ、そろそろ本腰入れて恵探軍をやっつけますか。」
「はっ!」
「でもその前にひと眠りしよ。」
「はっ!?」

俺はそのまま犬丸に腰を揉まれながら、眠りについたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

敵は家康

早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて- 【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】 俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・ 本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は? ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

生残の秀吉

Dr. CUTE
歴史・時代
秀吉が本能寺の変の知らせを受ける。秀吉は身の危険を感じ、急ぎ光秀を討つことを決意する。

処理中です...