海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
上 下
13 / 82
第二章 動乱の今川家

第十二矢 今川の当主

しおりを挟む
恵探の軍勢は挙兵するやいなや、他の城には目もくれず義元の本拠地である駿府館へと進軍していった。

その事実が駿府館にも伝わり、駿府館にいた家臣たちは慌てふためいていた。

「寿桂尼様が捕らえられただと…」
「恵探の軍勢はすぐそこまで迫ってきておる、周囲から兵を集めるのは間に合わんぞ!」
「恵探の軍勢は二千、対して我らの兵は六百ほど…勝ち目はあるのか…!」

そんな中、今川家家臣・岡部親綱は敵軍の武将を称賛していた。

(さすがは福島正成。見事な手際よ。)

家臣たちの動揺も無理はない。
恵探の軍勢は挙兵してから一日も経っていないのにも関わらず、すでに駿府館の目の先まで進軍してきていたのだ。
この凄まじい速さでの進軍は戦の素人にはできない。おそらく、長年武田と渡りあっている福島正成が主導しているのだろう。

(この家臣たちの動揺を落ち着かせることができるのは当主様ぐらいなのだが…)

「寿桂尼様に仕立て上げられただけの飾り当主では無理であろうな。」

親綱は誰にも聞こえない程度の声でボソッと呟いた。

「兄弟で戦いたくないな~、でも仕方ないか。向こうが戦いたがってるんだし。」

家臣たちがワーギャーとしている大広間にて、俺はそう呟いていた。
家臣たちは皆、不安げな表情を浮かべていた。

「この戦い、我らに勝機はあるのか…」

そう言った家臣に俺は歴史上の事実を言った。

「義元は勝つよ。」

いつものような声色にどこか力の籠もっている声が大広間に響き渡る。
家臣たちが声の出所を一斉に見ると、そこにはどこか威圧感のある今川家当主が鎮座していた。家臣たちは驚く。
この当主は、本当についひと月前まで僧侶だった男なのかと。
吉田氏好が俺に献言する。

「恐れながら殿、そのような確証はどこにも…」
「だって義元は歴史上ここで死ぬ予定ないから。」

それを聞いた家臣たちは目を見開いた。
寿桂尼様が捕らえられ、敵軍はすぐそこまで迫っている。しかも、敵軍との兵力差は倍近く。
そんな絶望的な状況なのにもだ。この殿は勝つ気でいるのだ。
いつの間にか、家臣たちは高揚していた。勝てる確証などもちろんない。だが、家臣たちは不思議と勝てるような気がしてきた。義元の言動にはそれぐらいの安心感があった。
そうして、一瞬にして義元は家臣たちをまとめ上げたのだった。親綱は今目の前で起こっている光景に驚いていた。

このような男がかつて今川家におったのだろうか。かの氏親様でさえ、この場をこのように一瞬でまとめ上げることができたであろうか。
…いや、氏親様でもできぬだろう。この方は飾り当主ではなかった。この方は今川を、いやもしかすると天下統一を果たす方かも知れぬ。

(この方が今川家をどう導きなさるか、そばで見てみたくなった!)

親綱はこの瞬間、義元に真の忠誠を誓ったのだった。
家臣たちが落ち着いたところで、瀬名氏貞が俺に進言した。

「殿。では今すぐ、駿府館から撤退をして賤機山城にて籠城いたしましょう。」

駿府館は堀や石垣などの守りの造りがされているとはいえ、あくまでも館。なので戦時には、駿府館のすぐ近くにある賤機山城へと籠城して援軍を待つのが定石とされた。
俺は少し考えて、決断を下した。

「籠城はしないよ。」

氏貞は驚き、その理由を俺に聞こうとする。

「それは何ゆえに…」
「だって当主が城に籠もるなんてかっこ悪いじゃん。それに援軍なんて待てないし。」

一瞬家臣たちはポカーンとしたのち、

「はははは!」

と親綱が笑い出した。

「確かにかっこ悪うございます!やはり、ドシッと構えてこそ今川の大将でございまする!」

それに続き、他の者たちも賛同した。

「そうですな…籠城したところで敵に勝つことはできませぬし。」
「だよね。てことで、ここで迎え撃ちます!」
「はっ!!!」

そうして駿府館でも戦の準備を進めるのであった。

大広間には俺と崇孚が残っていた。
崇孚が少し呆れ気味に俺に言った。

「この兵力差でこの館で戦をするとは…おぬしも無茶をする。」
「そう?でも、いつ来るかわからない援軍を待つよりはマシでしょ。」
「まあ、おぬしらしいな。」

すると、崇孚は何かひらめいたのか俺に提言した。

「たった今、奇策を思いついた。聞くか?」
「教えてー」

崇孚の奇策を聞いた後、俺はいたずらっ子の顔になっていた。

「それめっちゃ面白そう!採用!」

かくして、駿府館での戦が始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

蒼雷の艦隊

和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。 よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。 一九四二年、三月二日。 スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。 雷艦長、その名は「工藤俊作」。 身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。 これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。 これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。

処理中です...