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第二章 動乱の今川家

第八矢 揺れる今川家

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それから三日後、氏輝は24というあまりにも早過ぎる生を終えた。その眠り姿は、病で苦しんでいた人とは思えないほど安らかだった。
しかし、その死を悲しむ時間は俺たちには無く、氏輝の葬儀の準備をずっとしていた。
そして日が暮れかけている頃に、ようやく葬儀について一段落ついた俺はボーッと庭園を見ていた。
今になって悲しみがこみ上げてくるが、不思議と涙はでない。すると、寿桂尼が俺のところにやって来た。

「ここで何をしているのです。どうかしましたか?」
「俺、今めっちゃ悲しいはずなのに泣けないんだ。何でだろ…」

俺がポツリと言うと寿桂尼が俺の横に座り、庭園を遠い目で見る。

「とても悲しいからこそ泣けないのですよ。…わたくしもそうですから。」

寿桂尼はどこか悲しく寂しいような微笑みを浮かべていた。
俺たちはしばらくの間、一言も話さずただ庭園を呆然と見ていた。
すると、タタタと慌ただしい足音が聞こえてきた。すると小姓が切羽詰まった顔をして俺たちのところへと駆け寄っていく。

「寿桂尼様! 彦五郎様の容態が…!」
「何ですって!」

寿桂尼はすぐさま立ち上がり、彦五郎の元へと向かう。俺も後を追った。
俺たちが彦五郎の元へと駆けつけた時には、すでに彦五郎は帰らぬ人となっていた。
寿桂尼はその場にへなへなと座り込む。
誰であろうと一度に二人の息子を失ってしまったら、その悲しみはとてつもないものだろう。
俺はというと、あまりに急なことで状況が理解できなかった。

翌日、今川家当主の訃報は国中を駆け巡った。
人々はその死を悲しみ、またその早過ぎる死を嘆いた。
一方、今川家臣団には激震が走っていた。
同日に二人の今川一族が亡くなった。
あまりにも不吉過ぎる二人の死に家臣団の間には動揺や不安が広がっていた。
寿桂尼はこれを鎮めるため、一部を除いた重臣たちを駿府館に招集。今後について協議をすることにした。駿府館に集まった重臣は皆、今川家の今後を案じていた。

「これからどうなるのやら…」
「氏輝様に続き、彦五郎様も亡くなられた。次の当主は誰に…」
「継承順位で言ったら、三男の天陽丸様であられるが…」

すると、沈黙していた寿桂尼が口を開いた。

「お黙りなさい。」

冷静でかつ力のある声が響き渡る。
重臣たちは寿桂尼の滲み出る威圧感に押し黙る。寿桂尼はたった一言、言い放った。

「次の当主は芳菊丸です。」

(やはりか…)

重臣たちは寿桂尼の発言をある程度予想できていた。
天陽丸が庶子なのもあるが、寿桂尼が頑なに芳菊丸を推すのには天陽丸の母方の家が大きく関係していた。

天陽丸の母方の家―福島氏は代々今川家に仕えてきた重臣中の重臣である。
そのため、今川家における発言力も大きく、武田氏が支配する甲斐国を攻略するよう提言したのも福島氏であった。
天陽丸が当主となれば、福島氏の権力拡大は避けられない。そうなれば、天陽丸が福島氏の傀儡になるのは目に見えている。
それは寿桂尼を筆頭とする重臣たちにとっては望むところではない。

「今こそ一致団結して新当主を支えるのです!」
「はっ!」

寿桂尼は動揺が広がっていた重臣たちを見事にまとめ上げたのだった。

その頃、俺は崇孚と木刀で打ち合いをしていた。

「いつになく精が入っておるな。」
「…これから当主になるからね。気合を入れないと。」

二人の息子を失って今母ちゃんが一番つらいはずなのに、今川家のためにと積極的に動いている。
これ以上母ちゃんに負担はかけれない。
兄ちゃんの分まで、例えこの先どんなことがあろうとこの今川家を守り抜く。
俺は今川家を背負う覚悟を決めたのだ。

場所は変わって駿河国にある寺。そこにも氏輝、彦五郎の訃報が伝わってきていた。
大半の僧侶たちが悲しみに暮れている中で、一人の僧侶だけニヤリと笑っていた。

(そうか…ついにあの病弱共が死んだか!)

そう、その僧侶こそ天陽丸もとい玄広恵探である。すると僧侶が恵探を呼んだ。

「恵探、客が来ておるぞ。」
「客? 人が喜んどるというのにうざったい…」

恵探が不機嫌そうな顔で客間へと向かうと、

「天陽丸、久しいな。」

そこには見覚えのある顔があった。

「御爺!」

恵探は途端にパアッと顔を輝かせる。福島正成、恵探の母方の祖父にあたる人物が恵探に会いに来ていたのだった。

「最初に聞こう。天陽丸、おぬしは今川家当主の座に興味はあるか。」

そう聞かれた恵探は、正成がわざわざこんな田舎寺まで訪れた理由を察してどす黒い笑みを浮かべた。

「ほう…詳しく話を聞こうではないか、御爺。」

正成との談合を終えた恵探は上機嫌になっていた。

(氏輝が死んで彦五郎も死んだ。後は芳菊丸か…あやつなど敵ではないわ。あやつに直々に引導を渡せると思うと楽しみで寝れんのう!)

「ふ、ふふふふ…」

氏輝たちの死も、福島氏が自分を当主にしようと担ぎ上げだしたのも、今のところ全てが恵探の思い通りになっている。
恵探は確信する。

「天がわしに味方しておる。やはりわしは選ばれし存在なのじゃ。今川の当主はこのわしでなければならんのじゃ!」

今川家に波乱が起きようとしていた。
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