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第一章 幼少期

第七矢 兄ちゃん

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京にも負けじと劣らない城下町。その城下町の奥に見える和風の巨大な豪邸。

「やっぱでかいな、俺の実家。」

俺たちは駿府館に到着した。
俺が駿府館を訪れるのは氏親の葬儀以来の二度目である。その時も驚いたが、今見てもこの昔話に出てきそうな館には感心する。
俺たちが小姓に連れられて廊下を歩いている時には、左側にちゃんと整備されてある美しく広大な庭園が広がっていた。

(今川家の財力すげぇー)

俺はそんなことを思いながら小姓についていく。小姓は大広間のような部屋まで俺たちを案内すると、

「少々お待ちくださいませ。」

と言って部屋の障子を閉めた。
少しの間その部屋で座って待っていると寿桂尼が姿を現した。

(この人一体何歳なんだろ?)

寿桂尼はあいかわらずキリッとした目をしており、容姿も昔会った時と全く変わっていなかった。

「よくぞ来てくれました。」

寿桂尼は元気がなさそうにニコッと笑う。
崇孚がさっそく寿桂尼に今回の用件を聞いた。

「それで拙僧らを呼び戻したのは何故にございましょうか?」

寿桂尼は答える。

「あなたたちを呼び戻したのは二つ。一つは武田との戦を手伝っていただきたいのです。」

甲斐の武田―お隣の国の国主で、数年前から今川家と戦をしている相手。
日本史で習った甲斐の龍?の武田信玄の一族の方々っぽいので当然強く、なかなか手こずっているのだという。

(俺だったら、そんな方々とは戦いたくないなあ。)

「して、もう一つとは?」
「もう一つ。芳菊丸には還俗してもらいます。」

還俗―それは僧侶になった者が再び俗人に戻ること。武士の子弟・縁者が還俗する理由はだいたいは家名を存続させるためだという。

崇孚が暗い顔をする。

「還俗…それほどまでに、氏輝様の容態が悪いのでしょうか?」
「ええ…」

寿桂尼は少し沈黙したのち、ことの顛末を話し出した。

元々、氏輝は病弱で持病を抱えていたという。しかしそれでも数年間は当主としての務めを果たしていたが、去年の冬頃から氏輝の持病は悪化して寝たきりになってしまった。
氏輝にまだ嫡子がいればよかったのだが、氏輝に嫡子はおらず、また次に家督を継ぐであろう青擁丸もとい今川彦五郎も兄と同様に病弱で寝込みがちであった。
このままでは今川家が滅亡してしまう。
そう危機感を抱いた寿桂尼は、庶子の天陽丸ではなく、自分の子である俺を駿府館に再び呼び戻したのだった。

「なるほど、つまりお家の存亡の危機だから俺に戻ってきてほしいってことね。」

寿桂尼は再び俺に頼んだ。

「芳菊丸。申し訳ないですが、還俗してくれますか?」

俺は即答する。

「わかった。家族は助け合いっていうし、そんな状況の家を放っておけないから還俗する。」

その返答を聞くやいなや寿桂尼は俺の手を握り、安心したように言った。

「あなたがそう言ってくれて助かります…」

その後、俺は崇孚を残して寿桂尼と共に氏輝が寝ている部屋へと向かった。
部屋には、前回会った時よりもさらにやつれて顔色が悪い氏輝の姿があった。

「氏輝、弟の芳菊丸ですよ。」

寿桂尼の声は少し震えていた。
寿桂尼は息子が苦しんでいるのに何もできない自分が歯がゆかったのだ。
氏輝は俺たちに気づき、

「おお、芳菊丸…」

とやつれた手を俺の頬に伸ばした。

「わしの可愛い、可愛い弟よ…息災であったか…?」
「うん、元気。だから兄ちゃんも元気になって。病気なんかに負けないでよ。」

転生してきた俺にとって、一度しか会ったことのない兄ちゃん。
でも、父の死に涙を流していたり、俺と天陽丸を温もりのある手で抱き締めてくれたりしたのは今でも覚えている。
一度会っただけでもわかる、誰よりも優しい心に溢れている俺の兄ちゃん。
願うくば、いつまでも生きていてほしい。
俺は心の中で叶いもしない願いを願っていた。

「は…はは…芳菊丸に言われるとなんだか不思議と元気が湧いてくるのう…」

氏輝は力無く笑った。
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