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第二章 動乱の今川家
第十一矢 説得
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義元の小姓である犬丸と藤三郎はせっせと大広間の掃除をしていた。
犬丸が一息ついて、ちらりと藤三郎が拭いている床を見て鼻で笑う。
「ふん、わしが拭いたところの方が綺麗になっておるのう。やはり、殿への忠義はわしの方が上のようじゃ。」
負けじと藤三郎が言い返した。
「駄犬は目も悪いと見える。どう見てもわしが拭いた場所の方が綺麗じゃ。それと殿への忠義はわしの方が上じゃ。」
「なぬ?」
「やるか?」
二人が取っ組み合いを始めた時、襖が開いた。
そこには義元の側近・吉田氏好の姿があった。
二人の動きはピタッと止まる。
「…あ。」
氏好はニコリと二人に笑いかけた。目が笑っていない。
「二人とも後で説教じゃ。」
その頃、俺はというと自室で崇孚と話していた。
「承菊は母ちゃんが福島さんを説得できると思う?」
「五分五分だな。拙僧らは最善を尽くした。後は福島殿次第だろう。」
「ですよねー」
俺たちが注目している寿桂尼と福島正成の面会は、駿河国の由緒のある寺院にて行われた。
まず先に寺に到着したのは寿桂尼。そして、その少し後に来たのは福島正成であった。互いの兵たちは寺の外で待機して、正成は寿桂尼が待っている寺の一室へと向かう。
正成が寿桂尼がいる部屋の襖を開けた。
「奥方様、お久しゅうございます。」
「ええ、久しぶりですね。正成殿。」
両者は挨拶を交わすと、さっそく本題に入る。
「今、お国が乱れれば甲斐の武田や尾張の織田が必ずや我が国に侵攻してくるでしょう。」
「そうでございましょうな。」
「我らとてそのようなことは望んでおりません。それは貴方も同じはずでしょう。」
正成はうなずいた。
それを確認して寿桂尼は正成に提案をした。
「我が殿は寛大なお方です。恵探を寺に戻しなさい。さすれば、此度の件は不問とします。」
つまり恵探さえ手放せば、今までの行為が全て許されるということだ。
これは義元側がそれだけ争いは避けたいという意思の表れだった。
正成は即座に答えた。
「お断りいたす。」
「なぜですか、貴方にとっては利点の多い提案ですよ?」
「確かにそうでございます。」
「ではなぜですか?」
「諦めきれぬのです。我が夢を。」
「夢?」
「福島家をさらに栄えさせる。それがわしの長年の夢なのでありまする。これ以上といったら…」
正成は手をグッと握りしめる。
「国主の座でございましょう。」
そう言っている男の目は、夢見る少年のように輝いていた。
どちらにせよこのような機会は二度と訪れないだろう。ならば、むざむざとそれを逃す手はない。正成は一か八かの大勝負に出たのであった。
(こやつ、やはり恵探を傀儡にする気か…)
しばらく両者の間に沈黙の時が流れる。
寿桂尼は正成の顔を見る。
(これはすでに覚悟を決めた顔。これ以上の説得は無意味ですね。)
寿桂尼が口を開いた。
「左様ですか。なれば仕方なし。このことは殿にお伝えいたします。」
「それはさせませぬ。」
すると、正成の合図と共にどこからか複数の兵が出てきて寿桂尼を取り囲み、寿桂尼に槍先を向ける。
槍先には血が滴り落ちている。
また、いつまで経っても兵たちが駆けつけないことから全てを察した。
「兵たちは全滅したか…」
寿桂尼は全く動じることなく、少し腹立った声色で正成に言った。
「このような面会の場でことを荒立てるとは、正気の沙汰ではありませんね。」
「この乱世を生きるものに正気な人間などおりませぬよ、奥方様。」
正成は寿桂尼を捕らえて居城へと帰還した。
翌日、玄広恵探が正成の居城である久能城にて挙兵。
これにより、今川義元と玄広恵探による家督争いが幕を開けた―
犬丸が一息ついて、ちらりと藤三郎が拭いている床を見て鼻で笑う。
「ふん、わしが拭いたところの方が綺麗になっておるのう。やはり、殿への忠義はわしの方が上のようじゃ。」
負けじと藤三郎が言い返した。
「駄犬は目も悪いと見える。どう見てもわしが拭いた場所の方が綺麗じゃ。それと殿への忠義はわしの方が上じゃ。」
「なぬ?」
「やるか?」
二人が取っ組み合いを始めた時、襖が開いた。
そこには義元の側近・吉田氏好の姿があった。
二人の動きはピタッと止まる。
「…あ。」
氏好はニコリと二人に笑いかけた。目が笑っていない。
「二人とも後で説教じゃ。」
その頃、俺はというと自室で崇孚と話していた。
「承菊は母ちゃんが福島さんを説得できると思う?」
「五分五分だな。拙僧らは最善を尽くした。後は福島殿次第だろう。」
「ですよねー」
俺たちが注目している寿桂尼と福島正成の面会は、駿河国の由緒のある寺院にて行われた。
まず先に寺に到着したのは寿桂尼。そして、その少し後に来たのは福島正成であった。互いの兵たちは寺の外で待機して、正成は寿桂尼が待っている寺の一室へと向かう。
正成が寿桂尼がいる部屋の襖を開けた。
「奥方様、お久しゅうございます。」
「ええ、久しぶりですね。正成殿。」
両者は挨拶を交わすと、さっそく本題に入る。
「今、お国が乱れれば甲斐の武田や尾張の織田が必ずや我が国に侵攻してくるでしょう。」
「そうでございましょうな。」
「我らとてそのようなことは望んでおりません。それは貴方も同じはずでしょう。」
正成はうなずいた。
それを確認して寿桂尼は正成に提案をした。
「我が殿は寛大なお方です。恵探を寺に戻しなさい。さすれば、此度の件は不問とします。」
つまり恵探さえ手放せば、今までの行為が全て許されるということだ。
これは義元側がそれだけ争いは避けたいという意思の表れだった。
正成は即座に答えた。
「お断りいたす。」
「なぜですか、貴方にとっては利点の多い提案ですよ?」
「確かにそうでございます。」
「ではなぜですか?」
「諦めきれぬのです。我が夢を。」
「夢?」
「福島家をさらに栄えさせる。それがわしの長年の夢なのでありまする。これ以上といったら…」
正成は手をグッと握りしめる。
「国主の座でございましょう。」
そう言っている男の目は、夢見る少年のように輝いていた。
どちらにせよこのような機会は二度と訪れないだろう。ならば、むざむざとそれを逃す手はない。正成は一か八かの大勝負に出たのであった。
(こやつ、やはり恵探を傀儡にする気か…)
しばらく両者の間に沈黙の時が流れる。
寿桂尼は正成の顔を見る。
(これはすでに覚悟を決めた顔。これ以上の説得は無意味ですね。)
寿桂尼が口を開いた。
「左様ですか。なれば仕方なし。このことは殿にお伝えいたします。」
「それはさせませぬ。」
すると、正成の合図と共にどこからか複数の兵が出てきて寿桂尼を取り囲み、寿桂尼に槍先を向ける。
槍先には血が滴り落ちている。
また、いつまで経っても兵たちが駆けつけないことから全てを察した。
「兵たちは全滅したか…」
寿桂尼は全く動じることなく、少し腹立った声色で正成に言った。
「このような面会の場でことを荒立てるとは、正気の沙汰ではありませんね。」
「この乱世を生きるものに正気な人間などおりませぬよ、奥方様。」
正成は寿桂尼を捕らえて居城へと帰還した。
翌日、玄広恵探が正成の居城である久能城にて挙兵。
これにより、今川義元と玄広恵探による家督争いが幕を開けた―
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