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第四章 続・河東争奪

第四十三矢 河越夜戦

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その日、駿府館の付近にある墓では朝比奈泰能が訪れていた。

「おぬしが逝って早くも数ヶ月経つのか。まだ実感が湧かぬよ、範高。」

泰能は三浦範高の墓の前に花を供えた。

「あの幼かった犬丸が、おぬしの後を継いで三浦家の当主になる。時が経つのは早いのう…」

泰能は今までの懐かしきあの頃を思い出し、目頭を押さえる。

「いかんの…歳を取るに連れて涙もろくなる。」

その後ろ姿は哀愁が漂っていた。

今川が北条と停戦をしてから早くも数ヶ月、山内上杉・扇谷上杉・古河公方の連合軍は未だに河越城の包囲を続けていた。
当初、短期間で落城すると思われた河越城は北条綱成始めとする城兵の奮戦もあってか、半年にわたってしのぎ切り、膠着こうちゃく状態へと長期化していた。
そんな中でも、山内上杉家当主・上杉憲正はまだまだ余裕を見せていた。
今川が停戦した当初、憲正はそのことに驚き憤りを感じていた。

しかし、よくよく考えてみれば今川軍が北条氏康率いる北条軍を完膚なきまでに打ちのめしてくれたおかげで、連合軍は比較的楽に北条との戦を展開できている。
今となっては今川には感謝しかなかった。
また、その北条氏康は一度は河越城に進軍する動きを見せたが、連合軍に恐れをなしたからかそこから動きが全くない。
このままいけば、おそらく河越城もやっと落とせるであろう。

「北条はもはや虫の息。今川の手を借りるまでもない。」

憲正は勝利を確信し、ほくそ笑んでいた。

その日の夜のこと―

「殿!殿!」

重臣・倉賀野行正ゆきまさの呼び声で憲正は目を覚ました。
何やら周りが騒がしい。

「何かあったか?」

憲正が何が何やらわからず行正に聞くと、行正から驚きの返答が返ってきた。

「敵襲にございます!」
「敵襲…?」

憲正は聞き返した。

(こやつは今、敵襲と言ったのか?…いや、あり得ぬ。そんなはずがなかろう。)

しかし、憲正の耳には兵らの怒声が確かに聞こえてきた。
そう、一度退いたと思われた北条軍が連合軍に奇襲を仕掛けてきたのである。

この兵力数と膠着状態による油断の蔓延まんえんと士気の低下。
それが奇襲を仕掛けた北条軍に対する山内上杉軍の対応を遅らせた。
さらに、対する北条軍は氏康が先陣を切って突撃しているため士気が非常に高い。
現時点で、連合軍が北条軍に勝っているのは兵の数くらいである。
進撃止まらぬ北条軍に憲正はワナワナと手を震わせる。

「兵力数では我らが圧倒的であるはずじゃ。だいたい扇谷上杉と古河公方は何をしておる!」

扇谷上杉軍を襲撃した北条綱高は高らかにとある首を掲げていた。
よく注視して見ると、それは扇谷上杉家当主・上杉朝定のなれの果ての姿であった。
そんな朝定の姿を見た扇谷上杉兵は絶句して、戦意を完全に失ってしまった。
当主亡き扇谷上杉軍は脆く、兵らは我先にと逃げ出し軍は完全に崩壊してしまったのだった。

そして、河越城にいた綱成もその光景を目にしていた。

「ありゃまさか…」

綱成は連合軍と戦っている軍がいるとわかると、

「仕度をしろ、俺たちも打って出るぞ!」

素早く行動に移して、城から城兵を率いて打って出てきた。

(狙うならあそこだな…)

綱成は一番戦に不慣れそうな古河公方軍に目をつけた。

「この戦、俺たちの勝利だ!」

綱成はそう声を張り上げながら、古河公方軍に乱入した。

「何じゃと…」

その言葉を聞き、古河公方軍は混乱する。

敵の言葉を信じるなど馬鹿のすることだ。
だが、先程から扇谷上杉兵と思われる者たちが大量に逃げていくのは事実。

(我らは、負け戦でも戦い続ける必要があるのか…?)

迷いが生まれた古河公方軍は大して戦をするまでもなく、あっさりと潰走してしまったのだった。

「ここは退却を!北条軍はそれがしが食い止めまする!」

行正が憲正にそう促す間にも、氏康は山内上杉兵をものともせず近づいてくる。

「ぐぅ…!」

憲正は顔をひどく歪めて、

「おのれっ…氏康ぅ!」

と怒りを顕わにするが、山内上杉軍だけではもうどうしようもないほどに戦況は傾いてしまった。

(この借りは必ずや返す…!)

憲正は退却を余儀なくされ、山内上杉軍は撤退していった。

かくして北条軍は大勝利を収めたのだった。
対して、敗北した連合軍はこの一戦を機に衰退の一途を辿っていくのである。

北条軍が連合軍に勝利したという一報はすぐさま各国に伝わった。
当然、隣国の武田晴信にもその一報は伝わっていた。

(これで目障りな上杉共は関東で力を失い、北条の力が強うなったか。)

晴信は笑う。

「時代が動くか―」
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