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第三章 河東争奪
第二十二矢 躑躅ヶ崎館にて
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甲斐国・躑躅ヶ崎館―
現武田家当主・武田信虎が築城した駿府館に勝るとも劣らない雅な武田の本拠地の大広間にて崇孚は武田家の当主を待っていた。
崇孚が待ち始めてからまもなく、まさに戦国武将と呼ぶにふさわしい風体の男が崇孚の前に姿を現す。その男こそ、現武田家当主・武田信虎であった。
信虎はドスッと座り、崇孚と信虎は挨拶を交わす。
「此度、今川の使者として参り申した太原崇孚でございます。」
「駿河からはるばるとご苦労でしたなあ。」
信虎の眼光が鋭く光る。
「して、用件はなんじゃ?」
崇孚はさっそく話題に入っていく。
「本日は、武田と我が家の得になる話を持って参りました。」
「何…?」
「我が家は武田と和議を結び、よしみを通じたいと思っております。」
「わあっはははは!」
信虎は大笑いすると、こめかみに血管を浮かべながらも、ぎこちない笑みで取り繕う。
「今までの確執を全て水に流し和議を結ぼうなど…今川も面白い戯れ言を言うようになったのう。」
「戯れ言と切り捨てるのはまだ早計かと。」
「なんじゃと…!」
信虎の顔からぎこちない笑みが消えて、持っていた扇子を握りつぶし、明らかさまに怒りの表情へ変わった。
崇孚はそんな信虎に構うことなく話を続ける。
「ですが武田と今川の力は互角、これ以上争っても互いに無益でございましょう。」
「………まあ、確かにそうではあるな。」
信虎は少し落ち着きを取り戻して、崇孚の意見に不本意ながら納得する。
実際、長年による今川家との争いはただ兵が疲弊するだけで、武田側に得られる利益は全くなかった。
「ですので、拙僧らは西へと向かいます。」
「西?三河にそのような値打ちがあるとは思えんがな。」
信虎はフンッと鼻を鳴らす。
「まあよい。今川はそれで良いが、北条はどうするつもりじゃ。」
北条家は今川家とたびたび組んでは甲斐に侵攻してきていた過去があった。
崇孚は答える。
「北条とて、これ以上の武田家との争いは無益だと分かっているはず。拙僧らが甲斐から手を引けば、北条も手を引きましょう。」
信虎は少し考え込んだあと、今川家の要請を許諾した。
「よかろう。ならば、わしの娘を嫁がせ、より深い縁を結ぼうではないか。」
崇孚は出発時の義元の言葉を思い出す。
「どんな条件でもいいから、武田さんと同盟結んできてね。」
(と、言っておったことだし…)
「はっ、これからよろしゅうございます。」
ここに武田と今川の同盟が結ばれた。
その後、崇孚は信虎との交渉を終えて小姓の案内で廊下を歩いていた。
「ん?あれは…」
崇孚の見る先には、一人の凛々しい青年が汗だくになって木刀を振っていた。
若者とは思えないとても威厳のある風体。鋭い眼光。そして、何よりも他を圧倒する気迫。
「若!ここにおられましたか!」
すると、家臣らしき老人がその青年に駆け寄っていく。青年は老人に気づいて木刀を振るのをやめた。
「なんじゃ、じぃ。」
「若、大殿が呼んでおられます!」
(あれが昨年元服をしたと言う信虎の嫡男である武田晴信か…)
崇孚がじっと見ていると、晴信が崇孚の視線に気づいて信虎の元へと急かす家臣を置いて、崇孚の方へと向かってきた。
晴信は崇孚の目の前に立つ。
「見ない顔だがそなたは誰じゃ。」
「拙僧は今川の使者として参った太原崇孚と申すものでございます。」
「ほう、そなたが今川の使者か…」
晴信は興味ありげに崇孚を見る。
「一つ聞きたい。なぜ我らと和議を結ぶ?」
「拙僧らは武田との争いを無益として、西へと進出しようと思っているのでございます。」
「貴殿らの狙いは尾張国か。」
「……なぜそうお思いに?」
崇孚は尾張という言葉にピクリと反応して晴信に聞いた。
晴信は自身の推察を崇孚に述べた。
「我らと和議を結ぶのならば、今川は必然的に西へと進出することとなる。だが、今川が三河に進出しても恩恵は少ない。と、なれば今川が狙うは三河国の先の尾張国と考えられる。」
(ほう……)
崇孚が感心している間も、晴信は自身の推察を述べている。
「尾張は小国だが、獲れば今川にとって重要拠点になり得る国。鑑みて我が国よりも尾張を攻めた方が貴殿らの利は大きい…違うか?」
晴信の言う通り、尾張は使いようによっては交通と経済の要所となれる国だった。小国にしては人口が多く、 日の本で二番目に広い濃尾平野の中心に位置する。また京にも近く、上洛への足がかりにするには絶好の場所だった。このように尾張は地形上、日の本で一、二を争う好条件が揃っていたのだ。
(とはいえ、そのようなことを齢十六の青年が考えられるものではないが。)
「いえ、その通りにございます。」
崇孚が晴信の推察を認めると、晴信はさらに崇孚に聞いた。
「して、父上を上手く丸め込むことはできたか?」
「この度、今川と武田は婚姻関係を結ぶこととなり申した。」
「そうか。では末永く我らの同盟が続くとよいな。」
「ええ、それでは失礼いたします。」
崇孚は一礼してその場から去った。
「武田晴信、か…」
躑躅ヶ崎館の外へと出た崇孚は駿府館へ帰路の途についた。
*今まで出てきた国の現在地
駿河国…現在の静岡県中部。
遠江国…現在の静岡県西部。
甲斐国…現在の山梨県。
三河国…現在の愛知県東部。
尾張国…現在の愛知県西部。
現武田家当主・武田信虎が築城した駿府館に勝るとも劣らない雅な武田の本拠地の大広間にて崇孚は武田家の当主を待っていた。
崇孚が待ち始めてからまもなく、まさに戦国武将と呼ぶにふさわしい風体の男が崇孚の前に姿を現す。その男こそ、現武田家当主・武田信虎であった。
信虎はドスッと座り、崇孚と信虎は挨拶を交わす。
「此度、今川の使者として参り申した太原崇孚でございます。」
「駿河からはるばるとご苦労でしたなあ。」
信虎の眼光が鋭く光る。
「して、用件はなんじゃ?」
崇孚はさっそく話題に入っていく。
「本日は、武田と我が家の得になる話を持って参りました。」
「何…?」
「我が家は武田と和議を結び、よしみを通じたいと思っております。」
「わあっはははは!」
信虎は大笑いすると、こめかみに血管を浮かべながらも、ぎこちない笑みで取り繕う。
「今までの確執を全て水に流し和議を結ぼうなど…今川も面白い戯れ言を言うようになったのう。」
「戯れ言と切り捨てるのはまだ早計かと。」
「なんじゃと…!」
信虎の顔からぎこちない笑みが消えて、持っていた扇子を握りつぶし、明らかさまに怒りの表情へ変わった。
崇孚はそんな信虎に構うことなく話を続ける。
「ですが武田と今川の力は互角、これ以上争っても互いに無益でございましょう。」
「………まあ、確かにそうではあるな。」
信虎は少し落ち着きを取り戻して、崇孚の意見に不本意ながら納得する。
実際、長年による今川家との争いはただ兵が疲弊するだけで、武田側に得られる利益は全くなかった。
「ですので、拙僧らは西へと向かいます。」
「西?三河にそのような値打ちがあるとは思えんがな。」
信虎はフンッと鼻を鳴らす。
「まあよい。今川はそれで良いが、北条はどうするつもりじゃ。」
北条家は今川家とたびたび組んでは甲斐に侵攻してきていた過去があった。
崇孚は答える。
「北条とて、これ以上の武田家との争いは無益だと分かっているはず。拙僧らが甲斐から手を引けば、北条も手を引きましょう。」
信虎は少し考え込んだあと、今川家の要請を許諾した。
「よかろう。ならば、わしの娘を嫁がせ、より深い縁を結ぼうではないか。」
崇孚は出発時の義元の言葉を思い出す。
「どんな条件でもいいから、武田さんと同盟結んできてね。」
(と、言っておったことだし…)
「はっ、これからよろしゅうございます。」
ここに武田と今川の同盟が結ばれた。
その後、崇孚は信虎との交渉を終えて小姓の案内で廊下を歩いていた。
「ん?あれは…」
崇孚の見る先には、一人の凛々しい青年が汗だくになって木刀を振っていた。
若者とは思えないとても威厳のある風体。鋭い眼光。そして、何よりも他を圧倒する気迫。
「若!ここにおられましたか!」
すると、家臣らしき老人がその青年に駆け寄っていく。青年は老人に気づいて木刀を振るのをやめた。
「なんじゃ、じぃ。」
「若、大殿が呼んでおられます!」
(あれが昨年元服をしたと言う信虎の嫡男である武田晴信か…)
崇孚がじっと見ていると、晴信が崇孚の視線に気づいて信虎の元へと急かす家臣を置いて、崇孚の方へと向かってきた。
晴信は崇孚の目の前に立つ。
「見ない顔だがそなたは誰じゃ。」
「拙僧は今川の使者として参った太原崇孚と申すものでございます。」
「ほう、そなたが今川の使者か…」
晴信は興味ありげに崇孚を見る。
「一つ聞きたい。なぜ我らと和議を結ぶ?」
「拙僧らは武田との争いを無益として、西へと進出しようと思っているのでございます。」
「貴殿らの狙いは尾張国か。」
「……なぜそうお思いに?」
崇孚は尾張という言葉にピクリと反応して晴信に聞いた。
晴信は自身の推察を崇孚に述べた。
「我らと和議を結ぶのならば、今川は必然的に西へと進出することとなる。だが、今川が三河に進出しても恩恵は少ない。と、なれば今川が狙うは三河国の先の尾張国と考えられる。」
(ほう……)
崇孚が感心している間も、晴信は自身の推察を述べている。
「尾張は小国だが、獲れば今川にとって重要拠点になり得る国。鑑みて我が国よりも尾張を攻めた方が貴殿らの利は大きい…違うか?」
晴信の言う通り、尾張は使いようによっては交通と経済の要所となれる国だった。小国にしては人口が多く、 日の本で二番目に広い濃尾平野の中心に位置する。また京にも近く、上洛への足がかりにするには絶好の場所だった。このように尾張は地形上、日の本で一、二を争う好条件が揃っていたのだ。
(とはいえ、そのようなことを齢十六の青年が考えられるものではないが。)
「いえ、その通りにございます。」
崇孚が晴信の推察を認めると、晴信はさらに崇孚に聞いた。
「して、父上を上手く丸め込むことはできたか?」
「この度、今川と武田は婚姻関係を結ぶこととなり申した。」
「そうか。では末永く我らの同盟が続くとよいな。」
「ええ、それでは失礼いたします。」
崇孚は一礼してその場から去った。
「武田晴信、か…」
躑躅ヶ崎館の外へと出た崇孚は駿府館へ帰路の途についた。
*今まで出てきた国の現在地
駿河国…現在の静岡県中部。
遠江国…現在の静岡県西部。
甲斐国…現在の山梨県。
三河国…現在の愛知県東部。
尾張国…現在の愛知県西部。
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