海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第一章 幼少期

第一矢 善得寺

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「ここがどことは、ここは善得寺に決まっておろう。」
「あー善得寺ね、うんうん。」

(善得寺…聞いたことないな。)

俺は適当に相づちを打った。

「その様子…」

そんな俺を僧侶が訝しげな目でジロジロと俺を見ると、はっ!とひらめいたかのように言った。

「もしや熱の影響で記憶がなくなっているのか…!」

この時代、今ではなんとでもない熱でも死に至ってしまうことから僧侶はそう勘違いをしたのである。だが、そんなことを転生したばかりの高校生が知る由もない。

「え…あ、そうそう!俺なんか記憶がなくなってて。」

俺が僧侶の話に合わせると、僧侶はしばらくの間石になったかのように硬直したのち眉間に手を当てて、

「これまたどうしたことか…」

と考え込むように呟いた。

「ひとまず、部屋に戻りなされ。そこでおぬしのことについて話そう。」

俺は僧侶と共に先ほどいた部屋に戻りふとんに入った。僧侶はそのそばに座り、

「さてどこから話をすれば…」

と考え込む。

「えーと、じゃあまず俺の名前とかあなたの名前とかから教えてくれません?」

僧侶はこくりと頷き、説明を始めた。

「おぬしはこの駿河国の国守・今川氏親様の子、今川芳菊丸じゃ。そして、拙僧はおぬしの教育係である九英承菊じゃ。」

(駿河…駿河湾っていう海があったはずだから静岡県の辺りのことか?それに今川…どっかで聞いたことがあるような。)

今川という名に聞き覚えがあり、俺は記憶を辿る。

今川…今川…桶狭間…

「あっ!」

俺はカトセンの怒り顔と共に日本史の授業で習った今川義元を思い出した。

「今川家ってもしかして、今川義元の…!」
「今川義元…?拙僧の知る限りではそのような方は存ぜぬが…」

承菊は首をかしげる。

(承菊のしゃべり方といい、地名といい昔の時代っぽいけど…)

「今って鎌倉?室町?ですか?」
「うむ、室町と言えるだろうな…だが、かつて足利尊氏公が開いた室町幕府も応仁の乱にて威光が弱まり、ついには多数の勢力が台頭していった。今川家もその一つじゃ。今この世は群集割拠の時代と言った方が正確であろう。」

(てことはここは戦国時代ってことか。)

「で、俺は何で寺に居るわけ?」
「それはおぬしが五男だからよ。五男は普通ならば家督を継げん。だから、大名の長男と次男以下の兄弟は寺に預けられるのが大多数じゃ。」
「俺も僧侶になるの?」
「ああ、そうじゃ。他に聞きたいことはあるか?」
「うーん、もうないや。」 
「そうか。」

承菊は立ち上がり、

「さて、熱が下がったとはいえ再発しては意味がない。今日は安静にしておれ。」

と言うと部屋を後にした。
俺はふとんに仰向けになって、今起こっている状況を整理した。

この時代は戦国時代で、俺は桶狭間の戦いで有名な今川一族の子供に転生したらしい。さらには、僧侶になるために寺で修行中なのだという。

「しっかし、戦国時代か~。なかなか大変な時代に転生しちゃったもんだ。」

(まあでも僧侶になる俺には戦いとかには無縁そうだし関係ないか。)

俺はそうのんきに考えると、しばらくしたのちにスヤスヤと安らかな眠りについた。

そう、自分が転生したのがよりにもよってあの今川義元だと知らず…
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