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2:チート主人公は俺の努力を知らない。

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跳ねる鼓動と、あがる呼吸。



 俺は森の中を必死に走っていた。



 昼間の日差しが照り付ける林道は、とてもザワついている。

 それもそのはず、背後には数匹のゴブリンが武器片手に俺を追いかけているのだから。

 遠くではアテラが大型魔法をぶっ放しているのだろう。断続的に耳をつんざくような轟音が周囲に木霊している。

 俺は、灰色と黒のアサシン装束を纏い、口と鼻を覆面で覆っている。

長い髪は高い位置にポニーテールでまとめていた。胸もサラシで締め付けているので揺れこそしないが、結構苦しい。

 だが、動きづらいよりはマシだ。



 今回の仕事は、この地域に潜伏するゴブリンの群れを一掃することらしい。

 ゴブリンごとき大したこと無いと考える人は多いかもしれないが、ゴブリンは低いとはいえ知性を持っているため非常に強力。

 個々の戦闘力は低いが、数匹の集団になれば、俺のような小娘はあっという間に餌食にされてしまう。

 某ゴブリンを題材にした作品で見た以上に、ゴブリンは凶悪で醜い。

 それ故に、ギルドの酒場で「ゴブリンくらい大したことねーぜ」とイキりたつ新人を見ると、さっさと死んで来いと思う自分がいる。



 俺は懐から小さなボールを取り出すと、足元に投げる。

 ボールはすぐに炸裂し、大量の煙を吐き出した。

 すかさずその中にマキビシを放り、俺は少し離れたところに見える空き地まで走る。

 背後でいくつもの汚い悲鳴が上がった。

 成功したことを喜ぶのも束の間、空き地に到達する直前に、俺は左右の茂みに使い捨ての投げナイフを投げた。

 グェッと音がして、茂みに潜んでいたゴブリンが転がり出てくる。

 俺は走りながら、転がったゴブリン二匹にそれぞれ再度ナイフを投げる。

 ナイフは二匹の頭に突き刺さり、ゴブリンたちを絶命させた。

 俺は空き地の中央で立ち止まり振り返る。

 煙の中から転がる様にして飛び出してくるゴブリンたちを確認し、俺は腰から三本の矢を抜き放ち、左腕のクロスボウにセットする。

 その瞬間、周囲の茂みからこのタイミングを狙っていたかのように十匹ほどのゴブリンが飛び出して来た。



 !



 突然の不意打ちに目を見開いた俺だが、思考は極めて冷静だった。

 わざわざこんな場所に立ち止まるのには理由がある。

 その直後、凄まじい閃光が周囲を包み込み、追いついてきたゴブリンもろとも周囲の全ゴブリンが激しく痙攣した。



 ――雷属性携帯用麻痺トラップ魔法――



「悪いね。こんな高価な品でも準備しないと私はアンタらに勝てないんでね」



 発動したことで地面からむき出しになった小石程度の無数の電極を見つめつつ、俺は小さく呟いた。

 俺は、目の前で痙攣し地に這いつくばるゴブリンたちに一つ一つ丁寧に矢を飛ばし、その脳天を貫いていく。



 すべての処理を終えた俺は、念入りに周囲を警戒すると、電極を丁寧に回収した。

 遠くでは未だ轟音が鳴り響き、俺が相手した十倍は数がいるであろうゴブリンをアテラが一人で相手している。

 よく確認はしなかったが、向こうにはゴブリンだけではなく、狼に乗ったライダーや巨大なトロールとの混血種も何匹かいたような気がした。

 あの数相手と言えど、どうせアイツは汗一つかかないで、スマホ片手に格好つけているのだろう。

 そう考えると、俺は自分が時間をかけてこの数を処理しているのが馬鹿らしくなってくる。



 十五匹相手するのに、煙玉四つ、マキビシ二セット、使い捨て投げナイフ七本、クロスボウの矢十三本。全くもって割に合わない。むしろギリギリの赤字である。



 雷属性系多様麻痺トラップも道具消費こそないが、内部の充電は定期的に行う必要があり、どのみちコストはかかる。

 しかも生物をここまで激しく痙攣させる電力となると、必要なコストもグンと跳ね上がるのだ。

投げナイフだって、数年の修練と毎朝の練習があってこその精度である。

 最初の頃は投げてもまともに刺さりもしなかった上に、偶然刺さってもまるで威力が足りなかった。思う以上に長い修練の果てに、こうやって走りながら投げれるようになったのである。



 本来は近接専門のような冒険者であれば、ここまで苦労しないのだろうが、俺は一応女だ。

 万が一なんてあったら困ったどころの話じゃない。

 故に近接戦は避け、極力トラップや飛び道具に頼る戦術を取っている。

 女でも近接戦を行う冒険者は多いが、リスクが大きい。

 依頼先で不意打ちを受け、酷い辱めを受けて見つかったなんて話は少なくない。流石に中身は男と言え、それだけはごめんである。

 どこぞのエロ同人みたく「くっ殺せ」なんてセリフは死んでも吐きたくない。

 俺はフゥと息を吐き、投げナイフと矢の残り本数を確認する。

 ナイフは残り三、矢は右腰の筒に残り二本、反対の腰には十五本。アテラの応援に向かうには少し装備を使い過ぎたかもしれない。

 とは言っても、奴は直に片付けるだろうし、応援は不要だろう。



 では、残った時間をどう潰すか。



 俺は少し考えたが、背中に背負う長細い布袋を思い出し、ニヤリと笑う。





 ☆☆☆





 周辺を一望できる木の上に登った俺は、望遠鏡でアテラが戦っている方角を見る。

 そこでは、蟲の様に群がる無数のゴブリンをアテラが火球を使い、バッタバッタと薙ぎ払っていた。

 蠅でもあしらうかのような勢いで次々バケモノを薙ぎ払う彼は、とても生き生きして見える。



「ほんと、こっち来れてよかったな。小坊主……お前ほんと生き生きしてるぜ」



 レンズ越しにそう言って失笑した俺は、左右の腰からワイヤーを伸ばす。

 伸ばしたワイヤーの先端を四方の木々にそれぞれ投げ、俺は自身の身体をその場に固定する。

 体の軸が固定されたのを確認し、俺は背中から長細い布袋を下した。

 袋をあけ、俺は中から黒い金属の塊を取り出す。



――試作型遠方狙撃用魔導ライフル「ガレット01」――



 前世の記憶をもとに、この世界にある銃をこっちの技術で無理やり強化改修し完成させた試作スナイパーライフルだ。

 ノックバックに回る全反動を反転させる魔法式を内部の装甲版に転写し、分散するエネルギーを一点に集めることで、無理やり飛距離を伸ばしている品である。



 正直、見た目もゴテゴテしていて、とてもいい見栄えとは言えない。元となった銃にロングバレルを適当に引っ付け、後は魔法式で補正しただけの銃に過ぎない。

 計算だけなら有効射程五百メートルはいけるはずだが、弾丸の径がそのままなので精度には自信が無い。とりあえず、今回は届けばいいくらいに考えている。

 五百メートル飛ぶだけでも大きな進歩なのだ。

 今回の仕事が終われば設計図が手に入る。今は制度や見栄えが悪くても、それをもとに一から作れば、もっとマシになる。

 とにかく今は試行回数を稼ぎたい。



 俺は疑似ライフルを構えると、弾丸を装填する。

 ガシャンと鳴るコッキングを引き、不要な弾丸を排出し準備は完了。

 俺はスコープを除き、アテラから最も遠い距離のゴブリン目がけて引き金を引いた。



 バシュンと弾けるような音が響き、俺は後方に大きくノックバックする。



 反動を殺しきれていない。



 ワイヤーのおかげで、木からの落下は防げたが、これは正直失敗だ。



 内部に転写した衝撃の反転魔法がキチンと仕事をしていない。

 急いで望遠鏡をのぞくと、案の定弾丸は届いていなかったようで、少し離れたところに立つ巨木が音を立てて倒れはじめていた。

 威力は申し分ないが、精度も飛距離もまるでダメである。



「まぁ、そう上手くはいかないか……」



 俺は渋い表情でライフルもどきを布袋にしまうと、それを背負いなおし大きなため息をついた。

 その時だった。



「いい発想ですね。ソレ」



 突然の第三者の声にギョッとした俺は、ワイヤーを切り転がる様にして木から滑り降りた。

 投げナイフを構え、警戒する俺に、声の主は両手を上げる。



「驚かせちゃったかな? 失礼」



 声の主は、二十代前半くらいの若い男だった。

 男は侯爵のような貴族の服装に身を包み、片手の防止を胸に当て恭しく一礼する。

 その背後には二人の護衛らしき冒険者が二人。

 あまりその手の話に詳しいわけでは無いが、詳しくない俺でもわかる。

 後ろの二人、相当の手練れだ。

 根拠は無い。ただ、そう言わしめる圧力のようなものを感じる。



「どちら様です?」



 あくまで平静を装い、俺は問うた。

 すると、男は微笑む。



「はじめましてMs.アボード。私は、ザイード商会の武器商人ローウェン・ザイードハウザーと申します」



 名乗った男は俺が何か言う前に、鋭い視線を向け続けてこう言った。



「少しお話よろしいですかな?」





 ☆☆☆





「いやぁ、驚きましたよ。こんな可愛らしいお嬢さんが冒険者として活動されているだなんて」



 そう言ってローウェンと名乗ったは、目の前に置かれたティーカップの茶を啜る。

 俺は無言でその様子をじっと見つめていた。



 ここは、先ほど俺がゴブリンを仕留めた空き地の中心。

 ゴブリンたちの死骸はすでに二人の護衛に処理されて、俺たちはそこに設置された仮設キャンプに訪れていた。

 俺の座る木の椅子とテーブルは、どれも一級品で鮮やかな装飾と滑らかな加工が施されている。



 ザイード商会。誰しも一度は耳にしたことのある巨大な武器商会だ。

 もともと海運輸送の運搬事業を行っていた先代会長ユーミック・ザイードハウザーが、息子のローウェンの采配で武器事業に参入したことで巨大化した商会である。

 現在はローウェンが会長を務め、もともとあった海運輸送のノウハウと船を利用し、世界中に武器を届けるネットワークを構築している。



 同じく武器を売る身としては、名前を知らない方がおかしいというくらいの有名人だ。

 だが、だからこそこんな有名人が俺に何の用があってここにいるのかが不思議でならない。

 俺が訝しむような視線を送ると、ローウェンは浅い作り笑いを浮かべる。



「まぁ、あまり時間を取らせては失礼なので、単刀直入に申しましょう」



 そう言って、彼は俺の前に一枚の書類を差し出した。



「Ms.アボード。私の商会に来ないか? 君のブランドの話は知っている。安くて性能がいい。おまけに奇想天外な発想の多種多様な武器種、噂は大陸を隔てた我が本国まで伝わっている」



 あー、そう来たか。



 俺はビジネススマイルを極力崩さないようにしつつ、内心で舌を出す。



 ザイード商会は世界的に有名な商会だが、唯一勢力圏に出来ていないエリアがある。それが俺の住むこの地域だ。

 元々ウチの地域は、個人業の武具屋が多く存在し、競争こそ激しいがその中で磨かれた武具には一定層のファンがいる。故に大手の商会であるザイードは介入できないでいるのである。



 大手になれば、独自の大型ブランドを持ち、それ故に価格はどうしても跳ね上がる。確かに性能は保障されるが、価格においては個人業のそれとは比べ物にならない。

 等級の高い冒険者や一国の騎士軍クラスになれば、ザイードの武器を買う以外に選択肢は無いわけだが、駆け出しの冒険者や一般等級の冒険者になるとそうもいかない。

 先ほどの俺の様に常にコストを気にしながら生活しなくてはならない身としては、少しでも節約したいのが本音だ。

 そんな環境に風穴を開けたいザイードとしては、俺の様に知名度の高い個人業者を囲い込み、少しずつ勢力圏を囲いこみたいというのは当たり前の話だ。



「もちろん待遇は弾む。まず、君個人の店に大きな出資を行おう。現在よりも高いレベルの工房での作業が可能となるはずだ。それに望むならば、今のような試験運用のための人員を送ってもいい。ただ代わりと言っては何だが、君の商品をいくつか我々に横流ししていただきたいんだ」



 そう言ってほほ笑むローウェンだが、その目は笑っていない。

 どちらかと言えばこれは圧力に近いな。

 一見いいカード切ったようにみせ、後に多額の会費を徴収し経営が立ち行かなくなった頃合いを見て、店ごと買収するという魂胆が透けて見えるようだ。



 結局連中は、商売敵が邪魔なのである。



 現にこいつらが勢力圏を伸ばしたエリアでは、次々に参加の武具屋が買収されているという。

 いかにいいように見せたところで、こんなことは少し考えればすぐわかる。



 ただ、正直な話この程度の連中とは拍子抜けだ。

 商法や金の回し方は上手いが、素人目に見ても明らかな胡散臭さを匂わせるとは、コイツはまだド素人だ。

 圧力方式と言葉巧みな罠、そして圧倒的な財力で連中を言いくるめてきたのだろうが、その程度じゃ俺は騙されん。

 大学生程度の頭をだませない内は、まだまだ青い。コイツとは話すだけ無駄だ。

 俺は言った。



「ローウェンさん。非常に魅力的なお話ですが、今回は遠慮させていただきます」



 すると、ローウェンの眉がピクリと動く。



「何故?」



 ゾッとするほど低い声で問われたが、俺は気にせず続けた。



「私は環境や利益よりも地道に作業を行う過程や試験を実際に自分で行う工程に生き甲斐を感じております。それは父も同じで、我々は我々の自由な形で今後も商売をしていきたいので、今回は申し訳ありませんがお引き取りください」



 心にもないことを言って、俺はゆっくりと腰を上げる。

 本音では、裏が無ければ是非とも乗っかりたい話である。誰が楽しくて少ない資金で商売して、危ない戦場で試験運用したいというのだ。そんな奴は気がふれているとしか思えない。



 俺は椅子から立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。

 これ以上の長居は不要だ。この手の輩は話せば話すほど、付け込んでくる。話し過ぎないことがベストだ。

しかし、その瞬間、護衛の二人の目が鋭くなる。



 マズい。



 ただならぬ悪寒を感じ、俺はその場に硬直する。

 これは殺気だ。

 地位の圧力ではない。純粋な武力による圧力。

 ただでさえ地力に自身の無い俺では、この状況を打開できない。

 俺は瞬間的に芽生えた恐怖に、身が縮こまる感覚を覚えた。



 その時だった。



「おーい。リーナァアア。どこいったぁあ?」



 不意に聞きなれた声が、キャンプの周辺で響く。

 アテラだ。

 俺は素早く踵を返すと、後方のローウェン達に軽く会釈する。



「それでは。連れが参りましたので、私はそろそろ失礼いたします」



 ローウェンは何も言わない。

 俺は足早にキャンプを後にした。

 キャンプを出る時、後方で舌打ちするような音が聞こえた気がしたが、気のせいだと思いたい。

 冷や汗をかきつつ、俺は大きな声でアテラを呼んだ。



「おーい! ゴミムシ! こっちこっち!」

「あっ! やっと見つけたぜ。そっちかぁあ!」



 能天気なアテラの声が今だけは安心できる。

 俺はキャンプから足早に離れながら、大きなため息をついた。
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