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1:俺(♀)、誕生
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耳障りな甲高い何かの鳴き声に、俺の意識が覚醒していく。
目が覚めた俺の脳裏に一つ奇妙な思考が過った。
俺は生まれた。
正直意味が分からなかった。
ぼんやりとした意識の中で、俺は自分が赤ん坊となって生まれたという事実だけを認識していた。
意識に反し泣きわめく自分自身の声が耳障りで、俺は苛立ちを募らせる。
自分に何が起きたのか。俺は母親らしき人に包まれながら、ゆっくりと考えた。
まず、俺はさっきまで就活をしていたはず。
二次面接が終わり、帰りの電車に乗った。いや、違うな。乗れなかったんだ。あのクソガキが俺を線路に落としたせいで――――。
そこまででさっき起きたことをあらかた思いだした俺は、内心白目を剥いた。
とりあえず、こうして目が覚めた以上、なんらかの要因で助かったことはわかる。だが、この状況は何だ。
生まれたって何ですか。
電車の人身事故で転生ってことか?
最近ラノベ市場を牛耳っている転生もののテンプレみたいな現実に、俺は頭が痛くなる。
夢なのだろうか。
何らかの方法で助かった俺は、夢を見ているのだろうか?
まぁ、何にせよ。こうやって考える意識がある以上、俺は生きていたということになる。
夢ならじきに覚めるだろうし、今は考えるだけ無意味だ。それが夢ならば尚更だ。
そう考えた俺は、とりあえず体の自由に身を任せ、ぼーっと夢が覚めるのを待つことにする。
しかし、当然のように、この夢は覚めることは無かった。
そして、あれよあれよという間に、16年という月日が流れた。
☆☆☆
「ねぇ、親父。それだけはマジでやめてほしい」
16歳となって数日もしないある日のこと、俺はそう言って親父の前に仁王立ちする。
「何が不満なんだ。相手は一等級の冒険者。お前とも見知った仲だろ」
めんどくさそうにそう言って、テーブルに肘をつく親父は小さくため息をついた。
身長200センチを超える巨体に磨き上げられた筋肉。豪快に生やした顎髭に反して禿げ上がったつるつるの頭皮を輝かせ、親父は皮エプロンの裾で手を拭う。
俺は反論する。
「だからこそ、嫌なんだよ。つか、結婚て何。勝手に決めないでくれる? 私、まだ16だよ?」
「もう16だろうが」
「いらない心配! 相手くらい自分で決める!」
俺はプイとそっぽを向き、踵を返す。
親父と別れ、俺は家の奥にある作業場に向かう。
皮エプロンと皮手袋を身に付けると、姿見の前に立った。
美少女だ。
身長は150センチ後半くらい。青みがかった艶のある長い銀髪に、水色の瞳と整った顔立ち。不気味なほどに白く鮮やかな肌と、出るとこ出てキュッとしまったメリハリのある体躯。典型的なラノベヒロインを彷彿とさせるプロポーションだ。
ただ、一点だけラノベと違うとすれば、これは可愛いというよりもカッコいいに分類される美しさであるということ。
これが自分だというのが未だに信じられない。
そう。俺は女として転生してしまったのだ。
リーナ・アボード。それが俺の新しい名前だ。
あれから早々に俺は、自分が女として生まれたことを知ることになる。
しかし、事実を受け入れる一方で、年を取るにつれ自分が思う以上に女らしくなることが何だか気持ちが悪い。
16年新しい人生を歩む中で、女としての生き方は身に付いたが、ふとした瞬間に違和感を覚えてしまうのである。
俺は、作業台にある装飾の無いむき出しの剣の握り軽く振ってみる。
ヒュンと小さく風を切る音が響き、微かに部屋にそよ風が吹く。
16年生きて大まかな世界の環境は把握してきたわけだが、正直自分が転生したことを認めたくないというのが本音である。
ここは、ゲームやラノベでありがちな超テンプレファンタジー異世界だった。
人々は古典的な商業を営み発展し、外地に住む魔族と剣と魔法で戦っている。
街には冒険者ギルド、街のはずれには外地と内地を隔てる巨大な壁。いかにもと言わんばかりの世界観だ。
ただ若干違うと言えば、技術レベルや文明度が典型的なソレよりも高いことである。
蒸気機関や電気を利用した中世ヨーロッパ程度の技術は存在し、機関車や電話、電灯くらいならばあるといった感じである。
中世やスチームパンク大好き人間からしたら、血涙するような世界観かもしれない。
うちの家庭は代々武具屋として生計を立てているわけだが、俺も例にもれず順当にいけばこの店を継ぐことになる。
ただし、そこで一つ問題が発生していた。
「ごめんくださーい! リーナいますか?」
そこまで考えた時、店の方で声がした。
自分を呼ぶ聞きなれた声に、俺は露骨に舌打ちし店の方に歩いて行く。
店頭には一人の冒険者の少年で訪れていた。
「帰れゴミムシ」
出会い頭に罵声を浴びせると、少年は笑顔で手を差し伸べてくる。
「リーナ。冒険行こうぜ」
屈託のない無垢で爽やかな笑顔を向けてくる彼に、俺は眉一つ動かさず同じ言葉を返す。
「聞こえなかったか? 帰れゴミムシ」
すると、彼はわざとらしく肩をすくめる。
「ひどいなぁ。まぁ、それでこそ君らしいという感じだけど……」
知ったような口を聞くな小坊主。
内心そう思いつつ、俺はカウンターに置かれた少年の剣を無言で掴むと、傍にある簡易作業台でメンテナンスを始める。
彼の名前は、アテラ。本名はアテラ・ヴァンレットフィール。俺を線路に突き落としたクソガキの転生した姿だ。
オレンジよりの金髪を軽く逆立て、顔立ちはイケメン。同じ16とは思えない長身としっかりとした体つき、軽装防具を身に纏い、その上から如何にも「なろう系」と言わんばかりの黒いロングコートを着込んでいる。
向こうは俺の正体を知らないわけだが、アテラ本人には滲み出る前世臭というか、雰囲気がある。そして何より、以前向こうから自分は転生者だというカミングアウトがあった。
俺たちは一応幼馴染としてこの街で育ったこともあり、付き合いは長い。しかし、気に喰わないものは気に喰わない。
親交をもって気が付いたが、コイツウザすぎる。
異世界で生きることにノリノリなのか知らんが、馬鹿みたいに臭いセリフや行動を平気で取るし、鈍感系を気取るし、空気が読めない。
そして何より特記すべきことは、「転生特典」である。
俺にはまるで無かった優遇措置が奴には働いていたのである。
テンプレ「なろう系」ラノベでは、転生すると神から生まれつき特別な力を与えられて、異世界でチートできるみたいなストーリーが多い。奴はソレの典型だった。
生まれつき膨大な魔力と、スマートフォンに込められた魔法解析と組み合わせを中心とした特殊能力だ。
ネットでアニメが大炎上した某作品を彷彿とさせるような能力だが、奴は満足しているようで、次々に功績を残している。
今では俺と同い年ながらも、ギルド階級の最高位一等級の冒険者として日々仕事をこなしているようだ。
力を持て余し、ニート生活に走るよりはマシだが、いちいち癪に障る。
「おい。ゴミムシ。お前魔法が主流なんだから、剣のメンテなんて必要ないでしょ」
「そんなことないさ。何事も万全を尽くさないと、何かあってからでは遅いからね。それに、君の顔も見れるから」
さらっと鳥肌の立つような気持ち悪いことを抜かすクソガキ。
奴に惚れた女ならキュンとくるかなんか知らんが、むしろ怒りすら覚える俺からしたら気持ち悪いの一言に尽きる。
俺はアテラにわかるように舌打ちし、メンテを続けた。
何事も万全を尽くす。その言葉はかつて俺が言った言葉だ。
どんなことも積み重ねから成果に繋がる。例えどんなに力があったとしても、一瞬の油断が不備や隙を生み、命を落とす。そんなことはよくある話だ。
だからこそ、日々の修練やメンテ、下調べは大切である。
そう言った心情を元に日々仕事をしているだけに、俺は例え気に喰わないアテラのためであろうと仕事に手は抜かない。
この何気ない数百ギル程度の仕事でも、人の命を背負っている。それが武具屋の仕事だ。
「でさ。リーナ。さっきの話だけど」
「冒険には行かない」
「半日だけでも」
「ダメ」
「ちょっとだけ」
「ダメ」
「なら来週は」
「死ね」
俺は大きくため息をつき、メンテの終わった剣を台の上に叩きつける。
「だから、冒険には行かない。ましてやアンタとは行かない。私はアンタみたいに強く無いし、こっちの仕事もあるの」
これはアテラがウザいとかそれ以前に本音である。俺にはコイツみたいに転生特典は無いし、特別強いわけでもない。
一応、完成した試作武器を試すために冒険者登録はしているが、アテラが相手するようなバケモノと戦う耐性は全く無い。
すると、アテラは諦めずに反論してくる。
「仕事なら親父さんがいるじゃんか。それに敵なら気にしないで良いって、背中は俺に任せな!」
「じゃぁ、アンタの背中は私が刺す」
「おかしいだろ!」
「私からしたら、アンタが私を誘う方がおかしい」
何故にこいつはここまで俺に固執するのか。
それはアイツが俺に惚れているからである。
女として生まれたとはいえ、男に惚れられるほどキモいことは無い。ましてや一番ウザい奴にだ。
さっき親父と揉めた結婚の話も、コイツとの縁談だ。
奴の家庭は代々名誉ある騎士や冒険者を排出している血統で、武具屋のうちとも深い親交がある。
向こうもこっちも俺たちが仲が良いと勝手に決めつけ、縁談を取り決めたようだが、折を見て本気で断らないとマジでヤバい。
百歩譲って嫁に行くのは良しだが、コイツの伴侶だけは嫌だ。
俺の断固たる拒否の姿勢に、アテラは少し考えると不意にこんなことを言いだす。
「ならよ。付いてきてくれたら良いもんやるよ」
「ならも、クソも無い。消えろ」
「まぁ、聞けって」
「聞くだけね」
受け取った剣を腰に仕舞うアテラは、満足そうにニコニコと笑うと話し始める。
「この間、国境を越えた先の仕事先で新型銃の設計図を手に入れたんだ。俺にはまるで役に立たない品だから、ついてきてくれたらソレをやるよ」
俺はその言葉にしばし無言になる。
あまり趣味嗜好を他人に語るものではないな。コイツは、俺が銃の設計図を欲していることを知っている。
この世界では数少ないが、有効射程40メートル程度の銃は存在する。
基本的に近接戦のみでバケモノと戦う冒険者だが、銃をより発展させれば、その労力はだいぶ削られることは明白。
故に俺は現在、遠方狙撃用の魔導ライフルを自作している。
ただし、手元にある銃のサンプルでは限界があり、元々の設計思想が練り込まれた設計図そのものを長年欲していた。
それを知ってか、奴は気になる俺に隠れて設計図を探しまくっていたようだ。
ほんとこういうことするのがウザい。
いっそのこと断ってやりたいが、苦労して取り寄せるよりもずっと楽な分、断る理由がない。
俺は歯噛みし、息を吐く。
「……わかった。行くよ」
こうして俺は、その日大嫌いな幼馴染と冒険に出ることになった。
目が覚めた俺の脳裏に一つ奇妙な思考が過った。
俺は生まれた。
正直意味が分からなかった。
ぼんやりとした意識の中で、俺は自分が赤ん坊となって生まれたという事実だけを認識していた。
意識に反し泣きわめく自分自身の声が耳障りで、俺は苛立ちを募らせる。
自分に何が起きたのか。俺は母親らしき人に包まれながら、ゆっくりと考えた。
まず、俺はさっきまで就活をしていたはず。
二次面接が終わり、帰りの電車に乗った。いや、違うな。乗れなかったんだ。あのクソガキが俺を線路に落としたせいで――――。
そこまででさっき起きたことをあらかた思いだした俺は、内心白目を剥いた。
とりあえず、こうして目が覚めた以上、なんらかの要因で助かったことはわかる。だが、この状況は何だ。
生まれたって何ですか。
電車の人身事故で転生ってことか?
最近ラノベ市場を牛耳っている転生もののテンプレみたいな現実に、俺は頭が痛くなる。
夢なのだろうか。
何らかの方法で助かった俺は、夢を見ているのだろうか?
まぁ、何にせよ。こうやって考える意識がある以上、俺は生きていたということになる。
夢ならじきに覚めるだろうし、今は考えるだけ無意味だ。それが夢ならば尚更だ。
そう考えた俺は、とりあえず体の自由に身を任せ、ぼーっと夢が覚めるのを待つことにする。
しかし、当然のように、この夢は覚めることは無かった。
そして、あれよあれよという間に、16年という月日が流れた。
☆☆☆
「ねぇ、親父。それだけはマジでやめてほしい」
16歳となって数日もしないある日のこと、俺はそう言って親父の前に仁王立ちする。
「何が不満なんだ。相手は一等級の冒険者。お前とも見知った仲だろ」
めんどくさそうにそう言って、テーブルに肘をつく親父は小さくため息をついた。
身長200センチを超える巨体に磨き上げられた筋肉。豪快に生やした顎髭に反して禿げ上がったつるつるの頭皮を輝かせ、親父は皮エプロンの裾で手を拭う。
俺は反論する。
「だからこそ、嫌なんだよ。つか、結婚て何。勝手に決めないでくれる? 私、まだ16だよ?」
「もう16だろうが」
「いらない心配! 相手くらい自分で決める!」
俺はプイとそっぽを向き、踵を返す。
親父と別れ、俺は家の奥にある作業場に向かう。
皮エプロンと皮手袋を身に付けると、姿見の前に立った。
美少女だ。
身長は150センチ後半くらい。青みがかった艶のある長い銀髪に、水色の瞳と整った顔立ち。不気味なほどに白く鮮やかな肌と、出るとこ出てキュッとしまったメリハリのある体躯。典型的なラノベヒロインを彷彿とさせるプロポーションだ。
ただ、一点だけラノベと違うとすれば、これは可愛いというよりもカッコいいに分類される美しさであるということ。
これが自分だというのが未だに信じられない。
そう。俺は女として転生してしまったのだ。
リーナ・アボード。それが俺の新しい名前だ。
あれから早々に俺は、自分が女として生まれたことを知ることになる。
しかし、事実を受け入れる一方で、年を取るにつれ自分が思う以上に女らしくなることが何だか気持ちが悪い。
16年新しい人生を歩む中で、女としての生き方は身に付いたが、ふとした瞬間に違和感を覚えてしまうのである。
俺は、作業台にある装飾の無いむき出しの剣の握り軽く振ってみる。
ヒュンと小さく風を切る音が響き、微かに部屋にそよ風が吹く。
16年生きて大まかな世界の環境は把握してきたわけだが、正直自分が転生したことを認めたくないというのが本音である。
ここは、ゲームやラノベでありがちな超テンプレファンタジー異世界だった。
人々は古典的な商業を営み発展し、外地に住む魔族と剣と魔法で戦っている。
街には冒険者ギルド、街のはずれには外地と内地を隔てる巨大な壁。いかにもと言わんばかりの世界観だ。
ただ若干違うと言えば、技術レベルや文明度が典型的なソレよりも高いことである。
蒸気機関や電気を利用した中世ヨーロッパ程度の技術は存在し、機関車や電話、電灯くらいならばあるといった感じである。
中世やスチームパンク大好き人間からしたら、血涙するような世界観かもしれない。
うちの家庭は代々武具屋として生計を立てているわけだが、俺も例にもれず順当にいけばこの店を継ぐことになる。
ただし、そこで一つ問題が発生していた。
「ごめんくださーい! リーナいますか?」
そこまで考えた時、店の方で声がした。
自分を呼ぶ聞きなれた声に、俺は露骨に舌打ちし店の方に歩いて行く。
店頭には一人の冒険者の少年で訪れていた。
「帰れゴミムシ」
出会い頭に罵声を浴びせると、少年は笑顔で手を差し伸べてくる。
「リーナ。冒険行こうぜ」
屈託のない無垢で爽やかな笑顔を向けてくる彼に、俺は眉一つ動かさず同じ言葉を返す。
「聞こえなかったか? 帰れゴミムシ」
すると、彼はわざとらしく肩をすくめる。
「ひどいなぁ。まぁ、それでこそ君らしいという感じだけど……」
知ったような口を聞くな小坊主。
内心そう思いつつ、俺はカウンターに置かれた少年の剣を無言で掴むと、傍にある簡易作業台でメンテナンスを始める。
彼の名前は、アテラ。本名はアテラ・ヴァンレットフィール。俺を線路に突き落としたクソガキの転生した姿だ。
オレンジよりの金髪を軽く逆立て、顔立ちはイケメン。同じ16とは思えない長身としっかりとした体つき、軽装防具を身に纏い、その上から如何にも「なろう系」と言わんばかりの黒いロングコートを着込んでいる。
向こうは俺の正体を知らないわけだが、アテラ本人には滲み出る前世臭というか、雰囲気がある。そして何より、以前向こうから自分は転生者だというカミングアウトがあった。
俺たちは一応幼馴染としてこの街で育ったこともあり、付き合いは長い。しかし、気に喰わないものは気に喰わない。
親交をもって気が付いたが、コイツウザすぎる。
異世界で生きることにノリノリなのか知らんが、馬鹿みたいに臭いセリフや行動を平気で取るし、鈍感系を気取るし、空気が読めない。
そして何より特記すべきことは、「転生特典」である。
俺にはまるで無かった優遇措置が奴には働いていたのである。
テンプレ「なろう系」ラノベでは、転生すると神から生まれつき特別な力を与えられて、異世界でチートできるみたいなストーリーが多い。奴はソレの典型だった。
生まれつき膨大な魔力と、スマートフォンに込められた魔法解析と組み合わせを中心とした特殊能力だ。
ネットでアニメが大炎上した某作品を彷彿とさせるような能力だが、奴は満足しているようで、次々に功績を残している。
今では俺と同い年ながらも、ギルド階級の最高位一等級の冒険者として日々仕事をこなしているようだ。
力を持て余し、ニート生活に走るよりはマシだが、いちいち癪に障る。
「おい。ゴミムシ。お前魔法が主流なんだから、剣のメンテなんて必要ないでしょ」
「そんなことないさ。何事も万全を尽くさないと、何かあってからでは遅いからね。それに、君の顔も見れるから」
さらっと鳥肌の立つような気持ち悪いことを抜かすクソガキ。
奴に惚れた女ならキュンとくるかなんか知らんが、むしろ怒りすら覚える俺からしたら気持ち悪いの一言に尽きる。
俺はアテラにわかるように舌打ちし、メンテを続けた。
何事も万全を尽くす。その言葉はかつて俺が言った言葉だ。
どんなことも積み重ねから成果に繋がる。例えどんなに力があったとしても、一瞬の油断が不備や隙を生み、命を落とす。そんなことはよくある話だ。
だからこそ、日々の修練やメンテ、下調べは大切である。
そう言った心情を元に日々仕事をしているだけに、俺は例え気に喰わないアテラのためであろうと仕事に手は抜かない。
この何気ない数百ギル程度の仕事でも、人の命を背負っている。それが武具屋の仕事だ。
「でさ。リーナ。さっきの話だけど」
「冒険には行かない」
「半日だけでも」
「ダメ」
「ちょっとだけ」
「ダメ」
「なら来週は」
「死ね」
俺は大きくため息をつき、メンテの終わった剣を台の上に叩きつける。
「だから、冒険には行かない。ましてやアンタとは行かない。私はアンタみたいに強く無いし、こっちの仕事もあるの」
これはアテラがウザいとかそれ以前に本音である。俺にはコイツみたいに転生特典は無いし、特別強いわけでもない。
一応、完成した試作武器を試すために冒険者登録はしているが、アテラが相手するようなバケモノと戦う耐性は全く無い。
すると、アテラは諦めずに反論してくる。
「仕事なら親父さんがいるじゃんか。それに敵なら気にしないで良いって、背中は俺に任せな!」
「じゃぁ、アンタの背中は私が刺す」
「おかしいだろ!」
「私からしたら、アンタが私を誘う方がおかしい」
何故にこいつはここまで俺に固執するのか。
それはアイツが俺に惚れているからである。
女として生まれたとはいえ、男に惚れられるほどキモいことは無い。ましてや一番ウザい奴にだ。
さっき親父と揉めた結婚の話も、コイツとの縁談だ。
奴の家庭は代々名誉ある騎士や冒険者を排出している血統で、武具屋のうちとも深い親交がある。
向こうもこっちも俺たちが仲が良いと勝手に決めつけ、縁談を取り決めたようだが、折を見て本気で断らないとマジでヤバい。
百歩譲って嫁に行くのは良しだが、コイツの伴侶だけは嫌だ。
俺の断固たる拒否の姿勢に、アテラは少し考えると不意にこんなことを言いだす。
「ならよ。付いてきてくれたら良いもんやるよ」
「ならも、クソも無い。消えろ」
「まぁ、聞けって」
「聞くだけね」
受け取った剣を腰に仕舞うアテラは、満足そうにニコニコと笑うと話し始める。
「この間、国境を越えた先の仕事先で新型銃の設計図を手に入れたんだ。俺にはまるで役に立たない品だから、ついてきてくれたらソレをやるよ」
俺はその言葉にしばし無言になる。
あまり趣味嗜好を他人に語るものではないな。コイツは、俺が銃の設計図を欲していることを知っている。
この世界では数少ないが、有効射程40メートル程度の銃は存在する。
基本的に近接戦のみでバケモノと戦う冒険者だが、銃をより発展させれば、その労力はだいぶ削られることは明白。
故に俺は現在、遠方狙撃用の魔導ライフルを自作している。
ただし、手元にある銃のサンプルでは限界があり、元々の設計思想が練り込まれた設計図そのものを長年欲していた。
それを知ってか、奴は気になる俺に隠れて設計図を探しまくっていたようだ。
ほんとこういうことするのがウザい。
いっそのこと断ってやりたいが、苦労して取り寄せるよりもずっと楽な分、断る理由がない。
俺は歯噛みし、息を吐く。
「……わかった。行くよ」
こうして俺は、その日大嫌いな幼馴染と冒険に出ることになった。
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