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プロローグ:駅ホームでの歩きスマホは死刑

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 驚きや恐怖よりも、怒りが勝った。



 電車到着を知らせる音楽が鳴り響く駅のホームは、多くの人でにぎわっている。

 就活帰り。軽いビジネスバックを片手に駅のホームを歩く俺は、大きなあくびを漏らす。

 五月下旬ということもあって、むっとした暑さと雨の匂いの混じる湿気が息苦しい。

 俺は足早にホームを進み、乗り場の列へと急ぐ。



 大学四年のはじめと言うのは、誰しもが就活と卒業研究論文に追われ、精神を大きく削る時期だ。

 未来への焦りと、周囲との差、会社役員からの品定めの視線、心配を通り越してお節介な家族の気持ち、就活に対する配慮の無い教授、迫る提出期限、毎度出さねばならない欠席届、などなど、一つ一つを見れば大したことの無い内容だが、それらが同時に押し寄せてくると辛いものがある。



 そして、この俺も例外なく、その精神をすり減らす一人なわけだ。



 就活は戦争である。

 売り手市場で新卒は引く手あまたな時代とは言われているが、それは場所を選ばなければという話だ。

ある程度の雇用条件を求めるのであれば、それを求める資質が自身にあることを証明しなくてはならない。

 つまりは、他に無い強みが自分にあることの証明だ。

 だが、残念な話、俺にはそれが思いつかない。

 別に自分が他に比べて劣っているとは思わないが、就活は人より秀でたところを推すことに価値がある。それが全てとは言わないが、少なくとも同じ条件なら秀でた点を持つ方を採用するというのが、世の常だ。

 俺はどんなことも人並みにできる。苦手が無い。

 ただし、それと同じように得意なことも無い。

 オールラウンダーと言えば聞こえはいいが、人事担当からすればそんなものは「凡庸」にしか映らない。前向きにとらえる意思を見せる意味でも、俺は自分をオールラウンダーと言って売り込むが、その結果が現在である。

 前年度の三月に解禁した就活だが、俺の周りは既に多く内定や内々定を獲得している。その多くが、やはり強みを持っていた。



 世知辛い社会である。



 別に自分を卑下するつもりは無いが、焦る気持ちが無いのは嘘になる。

 大学は人生の夏休みというが、夏休みをどのように有効活用していくかがその後を分ける。これは自身に息子や娘が出来たら、絶対に教えてやりたいことだ。

 俺は小さく嘆息すると、歩みを更に速めた。



 そんな時、突然ドンと横からの強い衝撃が俺を襲う。



 状況を理解する間もなく線路に投げ出される体。

 何が起こったのか。

 視界には俺にぶつかった人物が写り込む。

 高校生くらいだろうか。

 目元を隠すほどの前髪に、オッサン臭い四角いメガネ。真新しい学ランを着込み、猫背のその肩には小学校で作らせれるような陳腐なナップザックが引っ掛けられている。

 そして何よりも気になったのが……。



 歩きスマホかよ。



 俺にぶつかった少年は俺の方に気が付きもせず、耳にイヤホンをして何やら熱心にスマホゲームに打ち込んでいる。

 その瞬間、俺は死への焦りよりも激しい怒りに駆られてしまう。

 視界の隅で、構内に侵入する電車のライトがキラリと輝く。

 スローモーションのように映る視界の中で俺は、考える。

 この状況で助かる術はない。

 周囲には、俺を見て悲鳴を上げる女性や、何事かと顔を上げるサラリーマンが多数。

 見ていたやつが多い以上、この高校生が何かしらのバッシングを受けることは間違いない。

 だが、そんな程度で俺の命と怒りの代償にはならない。

 では、残されたコンマ数秒の中で俺がすべきことは何か。

 神にでも祈るか?



 否。



 俺は考えるより先に手を伸ばし、少年の腕を掴んだ。



「お前も死ね」



 こちらへと引きずり込んだことで、ようやくギョッとしたように顔を上げた少年。

 やったぜと言わんばかりに、俺はニンマリと笑みを浮かべた。

 俺たちは、もつれるようにして線路へと転げ落ちる。

 刹那。

 顔のすぐ横に鋼鉄の塊が見え、俺の意識は消し飛んだ。



 こうして、俺こと曲川まがりかわりくのわずか22年間の人生は幕を閉じた。

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