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第1章
本選 3
しおりを挟む「カノン! いったいどうしたんだよ!? 恵斗は僕の━━」
「……幼馴染ですよね? それはわかってます、だけど」
初めてカノンに声を荒げてしまった。
そんな僕を見つめる彼女の表情は悲しそうで、細い目からはうっすらと桃色に光る瞳、そんな瞳をうるうるさせながら見上げてくる。
「立ち話もなんだからさ、控え室に戻ってからしないか? ここじゃあなんだしよ」
「……そうだね、行こうか」
柚葉もいるからここで話すのは止めよう……と言いたかったのか、エンリヒートの言葉に頷き、僕達は歩き出す。
そんな中、不意にカノンの手が触れた、一瞬だったが、彼女の手が震えているのがわかった。
━━きっと、強気に見せていても内面は穏やかで、優しい性格なのかな。
僕は彼女の手を握る。温かくて小さな手、その時初めて彼女の内面を知れた気がした。
そして僕達は控え室へと戻ってきた。
「じゃあ、私と妹ちゃんは何か自販機で飲み物を買ってくるけど━━何かリクエストあるかい?」
「えっ、いいの? じゃあ僕はスポーツドリンクをお願いしようかな?」
「私は……フルーツ牛乳を!」
「あっ私は牛乳で」
「了解だよ! 十五分くらいで帰ってくるから待っててくれ!」
エンリヒートと柚葉は自販機まで買いに行くと言っていたが、アグニルとカノンが言ったフルーツ牛乳と牛乳という注文に、何も疑問はなかったのかな━━ここは銭湯じゃないって。
だがまあ、エンリヒートの気遣いのお陰で柚葉の前で喋らなくて済んだ、それに律儀に時間まで指定してくれた。 これで、
「カノン……聞かせてもらえるかな?」
「はい、私もはっきりとした理由はありません、けどなんでしょう……何か嫌な予感がして、あの人が何か嘘を付いているような、そんな」
「理由もなしに疑ったの? 何か確信があったとか、仲神先生に使ったあれとか」
「いえ……あの霊力術の発動条件は目を一定時間見ないと駄目なので」
カノンが仲神に使ったもう一つの霊力術、心音透視《ウォルテ》、対象の心にある気持ちを音色に変え、人が何を考え、どういう人間かを聴く霊力術、そして色々な情報が見れるらしい。
「でも、私もカノンの意見には賛成です。少し慎重に行動した方がいいと思います」
「それはそうだけど……でも幼馴染だし」
「主様が彼を信頼しているのはわかります。だけど……あの女の先生が消えた今、周りを疑ってかかる必要はあると思いますよ?」
アグニルの言葉は正しい、確かに信頼していた仲神は消えた。もしかしたら理由があるのかもしれない、それは変えられない事実だ、だけど、
「僕は、人を疑いたくはないな━━甘いのかもしれないけど」
やっぱり人を疑って過ごすのは嫌なものがある。
たとえ甘い考えと言われても、一度信頼した人は、恵斗は昔から一緒にいたんだ、生まれた時からと言っても過言ではない、そう思える程に。
正直、「主様甘いですよ」と否定されるかと思った、だけど二人は、
「……いいんじゃないですか? それでこそ私達の主様ですから」
「えっ……甘いって言われるかと思ったんだけど」
「主様は信頼していていいんですよ、私達は少しでも主様の害になりそうな状況を排除しますから」
全く違う答えに驚いた。
そして「……だから、あの」と言って僕の隣に座る。
唐突に顔を赤くし、僕の手を掴み、そっと自分の頬に当てる。
「ふぅあふぅ━━主様の愛を感じます、暖かくて気持ちいいです」
「ちょっとアグニル? 急にどうしたの?」
「前に言ったじゃないですか……私達は主様の愛情を受けると霊力は回復して疲れが消えるって、だからこれは━━そう、ご褒美みたいなものです」
アグニルの耳に付けた精霊石は赤い輝きを放つ、これで回復と強化できるとは━━いささか疑問だが。
そして、頬を赤くするアグニルにとろけそうな瞳で見つめれる、その表情にエロさを感じた事は否定しない。
まあこれで回復なり強化できるなら。そう思ったのだが、カノンは、
「な……何をしているんですか!? アグニルお姉ちゃん」
「ふっふっふー、カノンも早くおいでよ! 癒されるよ!」
「いやっ……私は、えっちょっと!」
カノンは緊張しているのか、もじもじとしながら僕を見ている。
そんな彼女の手を引っ張り、アグニルは強引に僕の右側に座らせる。
「ほら主様、早く手を!」
「えっ……はい!」
なすがままに、とは今の状況の事を呼ぶのか、アグニルの誘導で僕の右手がカノンの右頬に触れた瞬間、カノンの耳に付いている精霊石は赤く輝き、カノンの小さな口からは吐息が漏れる。
「ちょっと! ふぅあっ、んー」
「どう!? どうなのカノン!?」
「……これは、なかなか」
火照った表情をするカノン、その小さな口から出る温かい吐息が僕の肌に触れる度、妙な気分になってしまう。
両側に座る幼女は、どちらも快楽に浸っている。そんな表情をしている。
━━今なら、今なら何をしても許されるのでは?
僕の脳内は暴走寸前、ここで何もしないのは逆に彼女達に失礼なのではないか?
そう思った瞬間、僕は両手に力を入れ、自分の意志で彼女達の頬を触る、二人の精霊石はさらに強い輝きを放ち、二人の口からは喘ぎ声に似た声が聞こえる。
━━その瞬間。
「……お兄ちゃん? 何をしているの?」
「うわー、私達がいないときに発情して」
扉がゆっくり開くと、妹の柚葉と目が合った、それまで笑顔だった筈の柚葉の表情はみるみる雲っていき、手に持っていた飲み物を投げてくる━━ではなく下に落とす。あっ牛乳とフルーツ牛乳あったんだ。
いやいや、そんな事を考えてる場合じゃない、今何を言うべきか。
━━ちょっと頬にゴミが、いやこれは無理があるな。
━━二人の肌が綺麗で、これは現状と何も変わらない。
そう、ここは正直に言うべきだ!
「僕は精霊の頬に触れれば回復させ、力を強める事ができるんだ!」
「……そんな、そんな変態な力あるわけないでしょ!」
「いやいや、でも妹ちゃん……別に頬だけじゃなくていいんだぜ? 他の部分でも」
「━━もっと駄目じゃない! 自分の精霊に何してんの!」
妹に怒られるのはいつぶりだっただろうか、昨日? 一昨日? いや最近は無い筈だ、はっきりと怒られた事は。
せっかく良い兄貴の姿だったのに、こんな一瞬にして崩れるとは。
瞳には少し涙を滲ませ、柚葉は僕の前まで歩いてきた、そして手のひらを振り上げ━━。
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