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チーズケーキな日々

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しばらくガラス張りの高層ビルを見上げていたら、首が痛くなってきた。

そろそろ立ち去ろうかと踵を返しかけ、ちょうど車寄せに乗り入れた黒塗りの高級車に目が吸い寄せられる。

後方のドアが開き、そこから大柄な男性が現れた。
少し苛立っているのか、不機嫌そうに腕時計を睨んでいる横顔は、辛島さんのものだ。

彼が押さえるドアから続いて降りて来たのは、スラリとした女性。

見覚えのある顔。

辛島さんの代理で「Souvenir」にケーキを引き取りに来た人だ。

二人は何やら話しながらエントランスへ向かっていたが、辛島さんは自動ドアの手前で一瞬立ち止まると、出て来た人とぶつからないように彼女の背中にさりげなく手を添え、誘導する。

一連の動きはとてもスムーズで、辛島さんも彼女も、特別何かをした、してもらったという様子はなく、ごく日常茶飯事のことなのだと知れた。

彼女は秘書で。
結婚していて。
辛島さんとはあくまでも仕事の上の付き合いだ。

何かあると妄想するなんて馬鹿げている。

それなのに、胸が苦しかった。

彼が、自分以外の女性に触れるの見ただけで、胸が苦しくなった。

こんな気持ちは、知らなかった。
四年も付き合った優也に別れ話をされた時だって、こんな気持ちになったことはなかった。


(あれは、ただのエスコート。レディファースト。特別な意味なんて、ないのに)


子どもじみた自分の反応が居たたまれなくて、逃げるように高層ビルに背を向けた。



再び電車に乗り、ひと駅先で降りる。

待ち合わせに指定されたカフェは、ほどよい混み具合で、運よく空いていた少し奥まった窓際の席に腰を下ろした。

待ち合わせの時間まで、まだ三十分ほどある。
乱れた心を整えたくて、取り敢えずコーヒーだけ頼んだ。


ほどなくして運ばれてきた苦いコーヒーを啜り、見るともなく通りを眺める視界に、いきなり人影が割り込んだ。


「すんません、姐さん」


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