心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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帰りの電車

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部活から帰るとき駅へ行くと結城がいた。

——今日バド部早いんだな

バドミントン部の人と話しているので、僕はかかわらないようホームの反対側へ行って電車を待つ。

電車に乗って四駅ぐらい過ぎて英単語帳を読んでたら車両接続部の扉が開き、いつもの例にもれず僕はそこを一瞥すると結城だった。
加藤にカミングアウトしてから少し気が楽になり、家でも学校でも勉強中は集中できるようになった。そのためか最近やけに勉強の意欲が高まってきて、いまも英単語を覚えていくのが楽しくまわりがどうだろうと、小さなハンドサイズの単語帳とにらめっこし続けられる。
たとえ誰が来ようとも今の僕には関係ないのだ。たとえ誰が来ようとも……

結城が目の前の席に座った。

——なんで?ほかに席空いてるのになんでわざわざここなの?

じっと僕を見ている。僕は単語帳に顔を近づけ、こちらから結城が見えないようにする。
さっきまですいすい頭に入ってきていた単語が途端に覚えられなくなる。
焦って今日読み始めたページをもう一度ひらいて覚えなおす。


離れたところで壁にもたれかかった高校生たちが楽しそうに喋り、ほかに音を立てる乗客はおらずガタン、ゴトンと電車がレールの上を進む音ばかりが車内にひびいている。
そんな時間が一分くらいつづいて結城が言った。

「寺木って家でなにしてんの?」

三秒くらい話しかけられたことに気づかず単語帳の何も書かれていない余白を凝視していた。

「……スマホいじるかアニメ観るか、たまにゲームするぐらい」
「なんのゲーム」
「友達に誘われたらするだけだから決まってない」

ふーんと結城は窓の外に眼をやる。
真っ暗な何も見えない窓の外を見るその幼くも端整な横顔は、ずっと見てしまいそうで慌てて単語帳に視線を戻した。

「最近面白いアニメやってるの?」

顔を上げて答える。

「んー○○とか」
「どんな話」
「主人公は人間じゃなくて世界に落とされたモノで、それがいろんな出会いを通して人として成長していくはなし」
「ふーん」

たいして興味もなさそうにやっぱり外に顔をむけて、何度か結城は間の悪いタイミングで質問を投げかけつづけた。

お互い質問も答えもそれ以上話題を広げることがなくなりしばらく沈黙した。
結城は勉強することもなくただ外を眺め、僕は単語の一覧をじっと睨みつづける。
そういえば電車の中で勉強しているところを見たことがない。授業と家でだけで十分なのだろうか。

単語帳を持つ指に力が入り、紙が滑ってくしゃっと折れる。
なんだか面白くなくなってきた。

かといってこういう時盛り上がる話題を出せるほどコミュニケーションに長けているわけでもないので、どれだけ学習効果があるのかもわからない単語暗記を気持ちを押し殺し暗唱していたら、結城が声をあげた。

「こんど遊びに来ない?」
「え?」
「そういえば遊んだことなかったし、うち泊まりに来なよ」

何を言われたのかわからず阿保面で曖昧な声を出す。

「……え?」
「忙しいん?」
「いやそんなことない」
「じゃあ来なよ」
「……うん」

僕の返事を聞いて、にやっと口もとを上げ無邪気に結城は笑った。
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