心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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遊歩道

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加藤が呟く。

「来月の期末テスト嫌だなあ。この前の中間あんまり良くなかったからお母さんが最近うるさいのよね」
「……大変だね」
「寺木君は親から言われたりしないの?」
「うーん、言われなくてもやってること多いし、あんまりかなあ」

僕は親とあまり仲が良くないことは言わず、そう返した。

「クラスごとの平均点、うちのクラス一番低かったらしいよ。一番高かったのは〇組だったって」

〇組——結城のクラスだ。
どうしてそんなことを知っているのか。そういうアナウンスはなかったし、先生から個人的に聞いたのだろうか。

「数学で差がついたんだって。難しかったよね前回のテスト」
「うん……僕もあんま解けなかったな」

二年生になって一発目のテストで、授業でやっていることはそんなに変わらないと思うのに急に試験の難易度が上がりだした。
前に電車の中で予習していてわからなかったことを思い出す。
あの分野の問題がいくつか出され、僕はさっぱりだった。
結城は予習で解けたって言ってた。テストの成績もやっぱりよかったのだろうか。

何が違うんだろう、彼と僕では。

ゆっくりと歩きながら再び加藤は訊ねる。

「寺木君ひとりでいて寂しくなることない?」
「ひとりでいて寂しくなること?」
「私たち女子っていつもグループで固まってるけど男子はひとりで過ごす人多いじゃん」

加藤が穏やかな声で続ける。

「でも私はそういうの憧れる」
「そうなんだ」
「寺木君もよくひとりでいるイメージあるからさ、羨ましいのよね」
「まあ寂しいと思うことはないかな。実際ひとりのほうが楽だし」
「女子と話すのは楽しいけど、自分を見失いそうになることがある気がする」

——立華たちとのことだろうか。僕はそう告げる加藤を見やった。
加藤はこちらを向かず、少し前の地面を見つめて歩く。

「男子に生まれ変わったら孤独を満喫してみたいな」

男女問わず幅広く仲良くしている加藤もそれはそれで羨ましいとは思う。
僕は加藤の気持ちが半分理解できるような気もするし、できないような気もして黙って聞いていた。
僕が生まれ変わるとしたら誰になってみたいだろうか——
そんな意味のないことを考えてまた結城の姿が頭をよぎり、嫌になる。

……今日戦ってる試合に勝ち進んだら。
出場している大会はどんな規模なのか。もし勝ち上がったら全国大会までつながるのだろうか。
そうなったら僕はどういう眼で結城を眺めるだろう……
結局僕は何に対しても励みきれず、ただ何も成し遂げられない自分への不満ばかりを溜め込んで今日まで生きてきた。
加藤がわざと僕を話を合わせたかのように言う。

「そういえば佐々木君、今日大会なんだってね」
「……そうらしいね」

僕は冷めた声で応える。

「勝ったら全国もあるらしいよ。バド部まあまあ強いみたいだし頑張ってほしいね」

もう聞きたくない。
同じ十七年の時間を生きているのに他人ばかりが秀でて見える高校生活で、ずっと先へ進んでいく同級生と比べて自分を苦しめたくない。
全部忘れて自分だけを気にしてゆっくり歩みたい。
それなのに。
それなのに、いつも忘れることができない。どんなことをしていても、どんな勉強をしていても、どんな馬鹿話で友達と笑い合っていても、ずっと僕のどこかに結城を求める自分が存在しつづけ、こころを搔き乱す。


ときどき立ち止まりながらゆっくりと遊歩道を歩き、展望台と間反対の広場にやっとたどり着く。ずいぶん歩いたような気がするのに、まだ半分しか進んでない。
石で造られたベンチが四つ置かれた広場には誰もおらず、僕はおもむろに重たい脚をうごかしてベンチの一つに座る。
加藤は湖に近づき手すりにもたれかかって深い緑に呑まれそうな水面を眺めている。
僕たちより後に出発したはずの展望台にいた大学生カップルが、もう後半のルート半ばを歩いているのが視界の端にうつった。

風が吹き、揺れる木々がさわさわと肌を掻き撫でる不穏な音を立て、どうしてか鳥肌が立つ。
こちらを振り返った加藤の髪が流れて乱れ、顔を覆い隠す。
すぐに手で束ねなおして笑ってベンチへ寄ってくる。
僕はそんな加藤に笑みを返そうと口角を上げようとして、うまく笑いきれず不自然に顔をゆがめる。

ポロロロロ、ポロロロロン

ラインの着信音が鳴った。僕は自分のポケットからスマホを取り出そうとして自分のではないことに気づき、宙に浮かした手を下ろす。
加藤が慌てて鞄から取り出したスマホを確認して、耳に添えて後ろを向いて話しだした。聞こえないように僕から離れ、黒く太い幹を伸ばした右奥の木の陰で通話している。

白くきれいな頬にほんのり紅色に染めた横顔が見える。
はじめは困惑して早く通話を切ろうと焦っているようだった表情も、一分くらいして落ち着き、スマホの向こうの誰かの話にははは、と笑っている様子も窺えた。

そのあっさりとした優しい笑顔がとても眩しく、僕のつまらない嫉妬心と逃れられない欲情を包みこんで、先の見えないこの混沌とした日常にけりをつける、そのきっかけを与えてくれるんじゃないかと、僕の意識が何の根拠もなくそう思った。

はるか上空に繊維状をした羽毛のようなすじ雲が浮かび、一つひとつのほそい直線がきれいにならんで清々しく空の青を切り分ける。

——決めた。加藤に言おう。

ならんで伸びたそれぞれのすじ雲がはるか遠く、地平線よりずっと遠くのほうで一つにまとまり大きな雲へ溶けこむ。

加藤なら正直な僕のことを認めてくれるんじゃないかと……いや、告白してくれた加藤にこれ以上嘘をついてはいけない。
僕が自分の足で踏み出さないといけない。
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