心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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湖へ

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扉を引き開けて横にずれ加藤に先に出てもらい続けて僕も出る。

レストランから湖へ向かって歩く途中にお土産屋などがあり、立ち寄った。
加藤がトイレに行っているあいだ僕は外のベンチで待つ。

数メートル先で数羽の小鳥が地面に何か落ちているのか、一生懸命くちばしをつついている。

ポケットからスマホを取り出して片手で意味もなくツイッターを開く。
こんなときにも、トイレを待っている少しの時間でさえスマホをいじってしまう自分に嫌気が差しつつ、指が勝手に動いてツイッターを開いてしまう。
ツイッターのタイムラインには数少ないフォロワーの同級生たちの、なんでもない日々の呟きが流れていて、なかには佐々木の試合頑張るという短いツイートもあった。
すぐにひととおり新しく流れてきた分を見終わり、僕は画面をスクロールして更新しようとする。

……当然新しいツイートは出てこない。
もう一度無意識にスクロールしてしまう——タイムラインは変わらない。
僕は乾いた息を吐き出し、ツイッターを閉じてすぐラインを開いた。

スマホの画面から正面に顔を向けると、地面を小鳥たちがせわしなく飛び跳ねている。

——メッセージは来ていない。

クラスの同級生やハンドボール部の部員が登録された友達リストを漫然と眺めながら、スクロールしていったあるところで手がとまる。
……写真をタップした。
グラウンドに白く朝陽が射し、強い意思を感じさせる右手が、握りしめたラケットを掲げている。
結城のホーム画面が変わっていた——

ザザザザザ

観光客が後ろを通り過ぎる足音が聞こえる。

——佐々木が週末試合あるって言ってた。

外の明るさに負け暗く映るスマホの写真が、それでも僕の視界にくっきりと届いてそこから視線を離すことができずに、僕の顔はひたすら熱くなっていく。

——バトミントン部は今日も試合に行ってる。結城は今まさに試合中なのか。

ベンチに座るだけで何もしていない自分の足を石造りの地面にガサガサとこすりつけ、足元にこびりついて乾燥しきった苔がぼろぼろと灰みたいに砕けて消える。

もう一度結城の写真を見つめ、思いっきりスマホを握りしめる。

画質の粗い四角形のその写真が、やっと不穏な気持ちを包んでまるくしぼんだこころを容赦なく斬りつけ、どくどくと流れ出る液体の中で僕の気持ちは溺れる。
液体に満たされた胸は空気を排し、呼吸ができない。
無自覚に噛み締めた奥歯が痛む。

僕がこうして無為に過ごしているあいだ、結城は勝負の場面で戦っている。
ずっと昔から朝早く学校へ行って、そして自分たちハンドボール部より夜遅くまで練習している。
それに憧れた僕は始発の電車に乗るようになり、そして夜の真っ暗になった部活終わり、寂しく照明のついた体育館をただ傍観して帰りの駅へ向かう。そんな生活をしてからもう半年間経っている。

——悔しい。何もできない自分が

小鳥たちが僕のほうを一瞬向いた後、またすぐ地面を忙しくつつき出す。
そして突然大きな音をたてて飛び立った。

もう高くへといってしまった鳥たちを追って伸ばした僕の手は、何も掴むことなくむなしく空をきり、足元に砕け散った苔の土臭い腐ったにおいだけが残った。

「寺木君お待たせ」

声に驚いて振り向いたらピンク色のハンカチで手を拭う加藤がいた。

「どしたの?」
「んあぁ……行こうか」

僕はスマホをポケットにしまい、空へと続く山の斜面を見ながら答えた。



すこしばかり山を登り、展望台と看板に書かれた場所にたどり着く。
三面を山に囲まれ、もう一面から県の中心部の街が一望できるそんなところに湖はあった。決して都会的ではない駅まわりのビルや店が並ぶ大通り、それら中心部からすこし離れて建ち並ぶ家々、そしてさらにそのまわりに遥か遠くまで広がる田んぼの風景が、たいして標高も高くないこんなちょっとした山際から望めてしまうことに僕は驚いた。

「すごい……」

ふと出た僕の一言に加藤は嬉しそうに顔をゆるめて、その小さな身体を僕のほうに寄せた。

「きれいだなー、学校みえるかな?」
「西の方だからちょっと見えないかもね」

そんな記憶には残らないけど、ああ、楽しかったなあと後になって感じられるような、ささやかで何気ない会話を交わして、僕と加藤は湖を一周できる遊歩道の入口へと歩いてゆく。

駐車場も含めて山間にしてはかなり広い平地となっている展望台には僕ら以外にもぽつぽつと人がおり、少し年上のおしゃれな格好をした大学生くらいの男女や、色素が完全には抜けきっていない白髪と顔に深く刻まれたしわに悲壮な顔つきで景色を眺める六十代ほどの夫婦など、おそらく僕ら以外はみんな車でここまで来たのだと思う。

遊歩道はきれいに整えらえゴミひとつ落ちておらず、広い道幅の左に湖、右に豊かな自然の風景が見られるようになっている。
木で造られた手すりが湖を囲み、それに沿って岩に模したコンクリートが敷かれた道を進む。湖に近い内側を加藤が歩き、並んで外側を僕が歩く。
杉しか見えなかったバス停前の山に対して、遊歩道のまわりでは——名前はわからないが——深い緑の広葉をまとった皮の厚い木や、明るい黄緑の細かな葉をさらさらと風に揺らす線の細い木々たちがさまざまに登場し、見ていて飽きなかった。
そして中心に息をひそめてたたずむ深緑の湖では、湿っぽい初夏を忘れさせる涼しい風に水面が波うち、こまかなサインカーブを描いてエメラルド色の鏡にうつる山々が曲がり揺らめく。
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