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中庭の右端、テラスのような屋内につながるスペースにバーベキューコンロが並べられ、もくもくと白い煙を立ててたくさんの肉が焼かれている。
コンロのまわりでサッカー部やバスケ部の男子たちがトングでチャンバラみたいなことをしており、その反対側に置かれた大きな円形のテーブルでは、女子たちが座りキャハハとお喋りに花を咲かせている。
駐車場と中庭の間には物置があり、その両端に通路が通されそれによって二つのスペースがつながっている。
僕は中庭から駐車場に用意された机に戻る。
中庭には机が一つしかないが、駐車場には机が四つ置いてあり、主に男子たちはそこで食べている。僕も適当に静岡のいる机に座って、さっきから焼けた肉と野菜を取りに駐車場と中庭を往復している。
ピンクや赤の派手な服に身をつつみ輪っかを垂らした重そうなネックレスをかけた男子たちが率先して肉を焼いてくれて、食べごろの肉を女子たちに振る舞っている。彼らがせっせと働いてくれているおかげで、静岡や僕たちは食べることに専念できている。
紙皿に残ったかぼちゃをむしゃむしゃ食べていたら、女子二人が通路から寺木君!と呼ぶのが聞こえた。
なんだなんだと思いつつ入っていくと佐々木がいた。そこには加藤もいて、さらに別の女子二人もおり、佐々木は五人の女子に囲まれていた。
僕を見た佐々木は眉を下げ、口を閉じたまま困ったように笑う。
「寺木君!こっちきて!」
女子が眼を輝かせて言う。
よくわからない僕は言われたとおり壁際に寄る。
女子たちが一歩下がって、代わりに佐々木が目の前に立つ。
ん?と思い口を半開きに佐々木の顔を見ていたら、突然左手を僕の後ろの壁に押し当てぐっと顔を近づけ——
「寺木……、好きだよ」
女子たちが口を覆って叫ぶ。顔を向かい合わせ、手を取り合って小刻みにジャンプしている。
いきなりのことに僕は腰を抜かしたようになる。あっけにとられて佐々木の顔をまじまじと見ていたら、佐々木が手を下ろして静かに言う。
「ごめん、お願いされてね」
「……あぁ」
女子たちがキャッキャ鳴きながら中庭の奥のほうへ散っていった。胸の前で手を合わせた加藤が、眼を三日月形に満足した表情で僕と佐々木を見届け、女子たちの後を追っていった。
席に戻ると静岡が皿いっぱいに盛った肉と野菜を食べていた。口いっぱいに頬張ったそれらを飲み込み、コホンコホンと一息ついてコップのジュースを飲んでからそれほど興味もなさそうな眼で僕に訊ねてきた。
「どしたの?」
僕は右口角を引きつらせて、自分の皿に視線を落としたまま答える。
「いやぁ、よくわかんないけど壁ドンされた」
「女子に?」
「いや佐々木に」
静岡はぽかんと僕の顔を眺めていたが、すぐに苦笑しだしてまた肉と野菜を黙々と食べ始めた。
隣の机で大声を上げてはしゃぐ男子たちの身体が椅子や机にぶつかり、がたっと音が立つ。一つのコップにいろいろなジュースを注ぎ混ぜて、それを初夏なのにわざわざ長袖を着て半そでにめくっている軽音部の男子が飲み干す。まわりのガヤ軍団は手を叩きながら、悲鳴のような笑い声をあげる。
僕はわずかに残っていたコップのお茶を飲み切って、外の道路に出る。
空はあつい雲に覆われ、西にあるはずの夕日は見えない。午後から雲が立ち込めてきて、いつのまにかすっかり空の青が見えなくなってしまった。まだ日は沈んでいないのだろうが、ずいぶんと暗い雰囲気に包まれている。
僕は大きく息を吸って湿っぽい梅雨の近づいた六月の空気を身体に入れる。
道端の雑草が風と共に音を立てて揺れ、土のほの焦げた微かな香りが一面に広がる。
両脇に田んぼしかない一本道を歩く。友達の家を背に、振り向かず歩いてゆく。
佐々木の壁ドンにはびっくりした。そしてあんな間近に近づいた顔を見ることも今までなかったから、整った佐々木の顔の綺麗さにほんの一瞬だけ心臓が消えてなくなったような気がした。友達としてしか見てなかったから、唇が触れてしまいそうなほどの距離の佐々木には、一瞬心奪われそうになるものがあった。
佐々木がもてるのにも納得がいく。
女子はああいうのが好きなのか。
壁ドンも実際されてみると、大勢の女子がときめき憧れるのもわからなくはないかなと思えてきた。
僕は眼をつむり、数分前の光景を頭の中で思い出す。
目の前にいるのは佐々木という最も親しい友人ではなく、遥か遠くにいるはずの、一回たりとも手が届きはしなかった、ただただ美しい理想として映る結城だった。
胸が苦しく、息が詰まる。
お腹にガスが溜まって気持ちが悪い。
——かぼちゃとさつまいも食べ過ぎたかな
そっと道端にしゃがむ。踏みつぶされて中身がドロドロにこぼれ出た果物か何かの実が落ちている。
黄色やピンクなどの花々が草丈短く地際を這うように咲き広がり、その中を名前もわからない指先ほどの小さな虫が動きまわる。
もうじきあじさいが咲く季節だ。じとじとと湿度が肌に粘りつき髪から汗が噴き出る季節に、紅と紫のやさしい花びらがまるく形を成して、雑草のなかで控えめに浮かぶ光景が思い起こされる。
コンロのまわりでサッカー部やバスケ部の男子たちがトングでチャンバラみたいなことをしており、その反対側に置かれた大きな円形のテーブルでは、女子たちが座りキャハハとお喋りに花を咲かせている。
駐車場と中庭の間には物置があり、その両端に通路が通されそれによって二つのスペースがつながっている。
僕は中庭から駐車場に用意された机に戻る。
中庭には机が一つしかないが、駐車場には机が四つ置いてあり、主に男子たちはそこで食べている。僕も適当に静岡のいる机に座って、さっきから焼けた肉と野菜を取りに駐車場と中庭を往復している。
ピンクや赤の派手な服に身をつつみ輪っかを垂らした重そうなネックレスをかけた男子たちが率先して肉を焼いてくれて、食べごろの肉を女子たちに振る舞っている。彼らがせっせと働いてくれているおかげで、静岡や僕たちは食べることに専念できている。
紙皿に残ったかぼちゃをむしゃむしゃ食べていたら、女子二人が通路から寺木君!と呼ぶのが聞こえた。
なんだなんだと思いつつ入っていくと佐々木がいた。そこには加藤もいて、さらに別の女子二人もおり、佐々木は五人の女子に囲まれていた。
僕を見た佐々木は眉を下げ、口を閉じたまま困ったように笑う。
「寺木君!こっちきて!」
女子が眼を輝かせて言う。
よくわからない僕は言われたとおり壁際に寄る。
女子たちが一歩下がって、代わりに佐々木が目の前に立つ。
ん?と思い口を半開きに佐々木の顔を見ていたら、突然左手を僕の後ろの壁に押し当てぐっと顔を近づけ——
「寺木……、好きだよ」
女子たちが口を覆って叫ぶ。顔を向かい合わせ、手を取り合って小刻みにジャンプしている。
いきなりのことに僕は腰を抜かしたようになる。あっけにとられて佐々木の顔をまじまじと見ていたら、佐々木が手を下ろして静かに言う。
「ごめん、お願いされてね」
「……あぁ」
女子たちがキャッキャ鳴きながら中庭の奥のほうへ散っていった。胸の前で手を合わせた加藤が、眼を三日月形に満足した表情で僕と佐々木を見届け、女子たちの後を追っていった。
席に戻ると静岡が皿いっぱいに盛った肉と野菜を食べていた。口いっぱいに頬張ったそれらを飲み込み、コホンコホンと一息ついてコップのジュースを飲んでからそれほど興味もなさそうな眼で僕に訊ねてきた。
「どしたの?」
僕は右口角を引きつらせて、自分の皿に視線を落としたまま答える。
「いやぁ、よくわかんないけど壁ドンされた」
「女子に?」
「いや佐々木に」
静岡はぽかんと僕の顔を眺めていたが、すぐに苦笑しだしてまた肉と野菜を黙々と食べ始めた。
隣の机で大声を上げてはしゃぐ男子たちの身体が椅子や机にぶつかり、がたっと音が立つ。一つのコップにいろいろなジュースを注ぎ混ぜて、それを初夏なのにわざわざ長袖を着て半そでにめくっている軽音部の男子が飲み干す。まわりのガヤ軍団は手を叩きながら、悲鳴のような笑い声をあげる。
僕はわずかに残っていたコップのお茶を飲み切って、外の道路に出る。
空はあつい雲に覆われ、西にあるはずの夕日は見えない。午後から雲が立ち込めてきて、いつのまにかすっかり空の青が見えなくなってしまった。まだ日は沈んでいないのだろうが、ずいぶんと暗い雰囲気に包まれている。
僕は大きく息を吸って湿っぽい梅雨の近づいた六月の空気を身体に入れる。
道端の雑草が風と共に音を立てて揺れ、土のほの焦げた微かな香りが一面に広がる。
両脇に田んぼしかない一本道を歩く。友達の家を背に、振り向かず歩いてゆく。
佐々木の壁ドンにはびっくりした。そしてあんな間近に近づいた顔を見ることも今までなかったから、整った佐々木の顔の綺麗さにほんの一瞬だけ心臓が消えてなくなったような気がした。友達としてしか見てなかったから、唇が触れてしまいそうなほどの距離の佐々木には、一瞬心奪われそうになるものがあった。
佐々木がもてるのにも納得がいく。
女子はああいうのが好きなのか。
壁ドンも実際されてみると、大勢の女子がときめき憧れるのもわからなくはないかなと思えてきた。
僕は眼をつむり、数分前の光景を頭の中で思い出す。
目の前にいるのは佐々木という最も親しい友人ではなく、遥か遠くにいるはずの、一回たりとも手が届きはしなかった、ただただ美しい理想として映る結城だった。
胸が苦しく、息が詰まる。
お腹にガスが溜まって気持ちが悪い。
——かぼちゃとさつまいも食べ過ぎたかな
そっと道端にしゃがむ。踏みつぶされて中身がドロドロにこぼれ出た果物か何かの実が落ちている。
黄色やピンクなどの花々が草丈短く地際を這うように咲き広がり、その中を名前もわからない指先ほどの小さな虫が動きまわる。
もうじきあじさいが咲く季節だ。じとじとと湿度が肌に粘りつき髪から汗が噴き出る季節に、紅と紫のやさしい花びらがまるく形を成して、雑草のなかで控えめに浮かぶ光景が思い起こされる。
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