心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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体育祭4

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三位までの先頭集団が四位以降をやや引き離して競っている。
うちのクラスは五位のところにいた。——次ラストの佐々木か。遠くのほうで麻袋に入ったクラスメイトがせっせせっせとジャンプして進んでいる。
僕はスタート付近に視線をうつす。

結城は———

襷を受け取る区間にいた。
普段長ズボンであまりお目にかかることのない、ハーフパンツから伸びるながい脚が遠目にうつる。
白を基調として斜めに背中を斬る紺のラインが入ったTシャツを身にまとい、脚を自然にひらいて強く照りつける日差しにもかかわらず涼しそうに佇む。
Tシャツがひらひらと波うち揺れてすらりと地上に立つ姿は、まわりの砂埃さえも喜びの舞を舞っているふうに感じられて、彼が浮いてどこか風と共に旅立ってしまいそうな、そんな儚くも軽快に存在する姿が眼に焼きつく。

先頭集団がアンカーたちに襷を渡す。
結城たちが肩にかけて走り出す。
応援席の歓声がひと際大きくなる。野球部の応援歌が凄みをましてグラウンドに響き渡る。
まずは卓球ラケットにボールを乗せて落とさないように走るバランスが大事な種目から。

一位の——確かサッカー部の——選手が小走りに、器用にボールをラケットの中心にぴんと置いたまま走る。左手をボールの上にかざして今にも触れてしまいそうだが触れてはいない。——速い。
さすがサッカー部、細かく刻む歩調がドリブルしているみたいに、グラウンドを駆けていく。

その後ろに結城ともう一人が同じくらいの速さで一位を追う。

三鍋が一歩前に出てトラックの最外レーンに入ろうとする。
前に出過ぎようとする三鍋の肩を僕は両手でつかむ。多少入っても何も言われないが、三鍋のことだから、ずかずかと内側まで入ってしまうのが想像できた。

僕に肩をつかまれた三鍋は立ち止まって、走る選手をまじまじと見ている。
無意識に僕は三鍋の肩を揉んでいた。ふわふわと綿のように柔らかいトップの髪から短く整えられて滑らかにうなじへつながるシルエットがいかにも今風なのは、三鍋が意図してそうしているのか美容院で勝手にそうされているのか、どちらにせよよく似合っている。男子にしてはずいぶんかわいいなとつねづね思う。

一位のドリブル男子と後ろに続く結城たちが近づいてくる。ラケットに意識が向かっているのだろう。三人がザッザッと地面をこすりながら走る足音に、僕の心臓がタイミングを重ねて鼓動する。

ドリブル男子が目の前を通り過ぎてゆく。ラケットを置いて、次のパン食いコーナーへと差し掛かる。
僕は結城を見続ける。三鍋はドリブル男子に顔を向けている。
結城が近づいてくる。やや広めのクルーネックから肩と直角に長い首が伸びて、その下にはうっすらと鎖骨の影が胸もとに垂れている。大きな手のひらと細長い指がボールを覆い、白い手の甲から浮き出た迷路みたいに走る血管が生々しく血の声を叫んで、僕は口中に溜まった唾液をごくりと飲み込む。

視界の右端でドリブル男子があんぱんを咥えようとうさぎ跳びしている。じっとそれを見つめる三鍋の肩を僕はやさしく揉む。
三鍋は気になる人がいたときどうしているのだろうか。三鍋に限らず普段平然と過ごしているみんなは、心と身体に限りなく現れる抑えがたい現象をどう上手く捌いているのか。

かわいい女の子を探すこともせず目の前の男子たちの頑張りを純粋に観戦できる三鍋と、ずっと欲に抗えず一人にしか眼を向けられない自分。

三鍋が声を上げた。

「おーい。おっそいよーゆしろー」

ラケットに集中していた結城が三鍋を向いて笑う。

さっきまで唾液で湿っていた口中が一気に乾き、喉の奥で唾液が粘りついて息苦しくなった。
肩を揉む手が力む。荒っぽく揉まれた三鍋の身体が前後に揺れる。
結城はうるさい、と静かに微笑みながらそのまま前を過ぎてゆく。

「うるさくない!」

また三鍋がさっきよりも大きな声で叫ぶ。
結城は後ろに手を組みうさぎ跳びして離れていって、大きかった背中があっちのほうへ行ってしまった。
目の前に立つ三鍋が結城のほうへ一歩踏み出そうとして、僕は肩に乗せた手に力を込めて自分のほうへ引き留める。

ゴゴゴゴゴ——ザザザゴゴゴゴ——

グラウンドのとなりの道を大型バスが音を立てて抜けていく。

微生物たちが発する汗臭さが黄土色に広がるグラウンドに土埃とともに漂い、同時に三鍋の髪から石鹸の清らかな香りが僕の鼻先へ届く。二つの匂いは秩序なく混ざり僕の鼻から口へと呼吸とともに入って、よくわからない心地よさと不満な気持ちと一緒に喉へと沈んでいく。

僕は声を低くして訊ねた。

「結城と知り合いだったんだ」

三鍋は前を向いたまま答える。

「うん。ラインも交換してるよ」
「……そうなんだ」

最近切ったばかりで短く整えられた襟足と、産毛も生えていないうなじがはっきりと分かれている。

——結城もこんなきれいな首筋だった

僕は自分の後ろ髪が見えないからわからないけど、二か月くらい切っていないから多分ぼさぼさになっているだろう。

「三鍋は髪型とか気にするの?」
「んんー、親に美容室行って来いって言われて行ってるだけだから。あんまりかなー」

僕は親にそそのかされて美容院へ行っても、いつもどういう髪型にするかはっきり言えず結局美容師さんに任せてしまっている。
もう一度三鍋のうなじを見つめる。
そして僕は自分の襟足を触ってみたくて左手を後ろにやったが、それで何かがはっきりしてしまうんじゃないかと不安のような気持ちがよぎり、やっぱりやめておいた。
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