心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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体育祭2

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十秒くらいして三鍋が身体を起こしたのを確認して、同期が訊ねる。

「てかなんで女装してんの?」
「あとである玉転がしこれで出場するの」
「玉転がし出んのかwww三鍋、乙女顔だから似合ってんなーww」
「うるさい!」

三鍋が背伸びして叫ぶ。背伸びしても僕の背には及ばない。
同期がまたけらけらと笑う。こいつは笑うとからくり人形みたいにカクカク身体が動く癖がある。
不満そうにも恥ずかしそうにも頬を赤らめる三鍋。

その横顔を僕の視界がぴたりととらえる——

頬を膨らませた三鍋の表情があまりにどストライクで、僕の胸からドキューン!と音がしそうな気がした。もちろんそんな音はしない。
自分が間抜け面になってないかと我に返って、うんんと喉を鳴らし平静を装う。


ウォーーーーーン

次はーープログラム〇番、クラスたいこうーしょーがいぶつリレーです
様々に敷き詰められたー、しょーがいぶつをくぐりぬけー、見事一位になるのはどのクラスでしょうかー


次の種目を知らせるサイレンが鳴り響き、放送係のわずかに緊張が乗っかった声調が抑揚のない伸びたアナウンスとして垂れ流される。

三鍋と同期が近くの席に座る。
ここは同期のクラスのホームだから僕と三鍋の席は全然別のところにあるが、僕だけ立っているのも気恥ずかしいので彼らのとなりに腰を下ろす。
二つとなりや後ろ、そして前にもこのクラスの生徒が身動きせずじっと座っていて、なんだか後ろめたさを感じなくもない。

トラック近くにはグラウンドの四方八方から観戦目的の生徒が立ち並び、スタート地点に控える選手たちにもはや絶叫としか言いようのないほどの大音量で声援が送られている。
特に入場ゲート近くで坊主頭の——おそらく野球部——生徒たちが十人ほどかたまり、応援団の真似なのか後ろに手をまわして何やら聞いたこともない歌を——おそらく野球部の応援歌をアレンジしているのだろう——空に向かって歌っている。
その応援歌が流石は野球男児と感心するもので、声量も音程もこの眼で見ていなかったらほんとうに応援団が歌っていると思いそうなくらい迫力に満ちている。

二百メートルトラックにはネットや麻袋、紐に引っ掛けられたあんぱんなどが用意され、入場ゲートから音楽と共に出てきた選手たちが正面のスタート地点へ進む。
このクラス対抗障害物リレーこそ体育祭の午後部の目玉種目で、出場する生徒はみなそのクラスで認められた人気者たちであり、クラスの顔によるある意味、本気のガチ勝負と言って差し支えない。
各クラス四人制で男女二人ずつが出場し、僕らのクラスからはもちろん佐々木と立華が代表選手のひとりとして出場する。
そんな華々しい種目を僕は、白い歯を覗かせながら、その大きなぱっちり眼を輝かせわくわくと首を伸ばす三鍋と一緒に観戦する。
三鍋は手をペンギンのように台座にくっつけて、前のめりになっている。
赤いドレスが日光を反射してまぶしい。

スタート地点のさらに向こう、校舎とグラウンドの間にはカメラを構えた大人たちが立っている。
各クラス席の前では人間より大きな応援旗が振られ、ばたっばたっと空気を擦り裂く音が聞こえる。

僕はスタート地点に控える選手のなかに結城が座っているのが見えた。

それまで穏やかな空気に包まれていたグラウンドに、鋭く吹きとおる風が砂ぼこりを舞い上げ、僕はじっと眼をつむって細かな粒子たちを瞼で弾く。
わずかに眼を開けると前の生徒たちが、首を竦めて顔横に両手を立てていた。

野球部たちの応援歌が砂埃に負けずさらにボリュームを増してグラウンドに響き渡る。

僕はもう一度眼をつぶり、しばらくしてから今度こそ眼を開ける。
風がやみ、生徒たちがもとの姿勢に戻る。空中には砂ぼこりで漂った微粒子が残りつづけ、乱反射した光が幻想的な光景を作り出している。

トラックのそばにたつ女子たちの会話が聞こえる。

「ねえ、あっち佐々木君いる!」
「え、え?どこ?」
「ほら左奥のほういるのあれ!」
「え?全然見えないんだけど」

いつの間にか口の中に入った砂がざらざらと歯や舌に触って、不快な触感が口のなかに残りつづける。
僕は歯茎についた細砂を舌で剥ぎ取ろうと食べ物では感じえない苦さと渋さに舌を震わせ、味がしないはずの微塵が喉に入っていく不味さを飲み込んだ。


パ―――ン!!!

スタートを告げる銃声がグラウンドに轟き、第一走者が走り出した。
走る順番は任意に決めてよいことになっており、うちのクラスでは第一走者が立華で、アンカーを佐々木が務める。
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