心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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朝の教室

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…………

教室へ来てから十五分ほどたち、ちらほらと生徒が来ている。

…………

佐々木が早足で教室に入ってきて隣の席の静岡に言った。

「今日の数学の予習難しすぎない?」
「うん。僕も最後の体積求める問題けっこう時間かかったよ」

僕の席に了解もなく尻もちを乗せて、佐々木は静岡と話し始める。

佐々木は壁をつくらず誰とでも仲良くできるタイプで、男子女子どちらからも人気が高い。
そして静岡は眼鏡をかけた優等生タイプで、物事を先回りして気を利かせるのがうまい。あんまり女子と話すところは見ないけれど、男子によく頼られている。

——あぁあれのことか?
——なんだ静岡は解けたのか。そうわかると、なぜか気分がすこし良くなった。

二人の話を聞いていた自分も、話に入ってみる。
そもそも問題文の意味すらわからなかったのだが、それをこの二人の前で認めるのは悔しいので問題をやってない体で訊いてみる。

「あれ設定が長すぎて読む気にならなかったけど、結局なにをしてるの?」

待ってましたとばかりに佐々木は、コホンッと咳をひとつついて説明をはじめようとノートを取り出す。
佐々木自身説明するのが好きなようだし、下手な教師に質問するよりわかりやすく教えてくれる。

「……それで、図形を斜めの軸で回転させて、そしたら図形が通る領域が定まるわけだけど———」
「うぉっしゃあああ!!!!」

静岡がノートに図を描いて説明してくれているのをのぞき込んで聞いていた佐々木と僕が、そしてコンマ1秒おくれて静岡も含めた三人が振り返ると、そこには隣の席の椅子と自分の椅子に寝そべってゲームをしている三鍋がいた。
両腕をぴんと伸ばして今にもゲーム機が落ちそうな持ち方をしながら器用に操作し続ける様子を見て佐々木は苦笑いしたものの、説明を再開するよう静岡の肩に手を載せてノートに視線を戻したので、二人は数学の話に戻った。

僕は周りがあくせくと予習しているなかでも危機感なく自分の世界を楽しめる三鍋がうらやましいし、いつでも余裕そうなこんな姿が好きだ。

「予習した?」
「してない!!」
「……だろうね(笑) やんなくていいの?」
「歴史が物語るように、わが社会主義国において労働は人民の敵ッ!」
「いつのどこの国に生きてんだよ」

まあ必死こいて予習する三鍋を見るより、楽しそうにゲームするのを見てる方が僕も嬉しい。

「もうちょいでっ、もうちょっとでいける!俺ならプレデターになれ.........?!!!」

プレデターというのは三鍋が最近ハマっているFPSゲームの最高ランクで、三鍋は現在一つ下のマスターからプレデターを目指しているのだ。

「味方なにしてんだよぉぉ......せっかく一人ダウンさせてたのに......」
「そろそろプレデターいけそう?」
「うーん、——あと三日くらいはかかるかなぁ」

FPSゲームにはシーズンというものがあって、シーズンが新しくなるごとにランクがリセットされるらしい。新シーズンになってから三鍋はかれこれ2週間くらいマスターにとどまっている。

「はじめてだっけ」
「そう。いままでもあと一試合勝てばプレデターなれるみたいなことはあったけど。でもそういうときだけなぜか味方弱くて、毎回負けてた。み・か・たが弱くてねっ!かわいそうな俺 グシュン」
「僕からしたら味方がかわいそうだけどね」
「——んなっ!!!」

ちょっとしたことにもオーバーリアクションをとってしまう三鍋はとてもかわいい。黒くて細いふわふわした天然パーマをくしゃくしゃしてやりたくなる。

……まあそれをすると、「ねぇぇ、寺木君......(笑) やめてよ!」とかいいつつ嬉しそうにするから余計にくしゃくしゃしたくなって止まらなくなるのを僕はわかっている。
うん、だから今日はやめておこう。なにか嫌なことがあったときにでも三鍋に癒してもらおう。


——キーンコーン、カーンコーーン
——キーンコーーン、カーンコーーーン

三鍋とのやりとりをしているうちにホームルームの時間になってしまった。
けっきょく予習できなかったよ。あらま。

チャイムが鳴ると同時に担任の佐渡島が教室に入ってきた。

毎日一秒のずれもなくチャイムの鳴り始めに合わせてドアを開けるこの女教師は、実は精巧に作られた人形をかぶった機械なんじゃないかと一時期クラスで噂されていた。実際、HRでも一日のスケジュールと提出物の連絡を淡々と事務的に述べるだけで、必要なこと以外はほとんど話さないし、逆に言えば生徒に感情的に怒ることもない。それは授業中でもそうだ。さすがにうるさくしていたり、提出物を何度言われても出さなかったりしたら、多少こわばって注意することはある。
だが人間らしい無駄話やユーモアのある冗談を言うことがあまりになかったので新年度早々生徒の間でいろんな噂がささやかれた。

あれは皮膚が露出する上半身だけ人間に似せて、ズボンで隠してある下半身は予算の都合上金属むき出しになっているロボで、文部科学省がヒトに代わる次世代型教師ロボの開発を行う中で造られた試作機だとか、いやいやあれは世の男子高校生の女教師に対する潜在意識下の憧憬が積み重なって生み出された、聖なる体感型リアルラノベゲーヒロインなのだ、などと男子を中心に妄想が膨らんでいた。

ところがある日の掃除の時間に、あっけなくなんだ普通の人間じゃんというのが明らかになった。
クラスのそんなに目立たないタイプの女子生徒たちが、ほうきをかけながら輪になって昔放送された好きなアニメは何かという話をしていたら、佐渡島もそれに加わって、

「私はあのアニメが好きだなー。自分にしか妖怪が見えなくて心を開く相手がいなかった主人公が、自分と同じ性質を持ちながらも、その宿命を受け入れたうえで妖怪に対して人間の役目を果たそうと生きる男性に出会い、はじめは信用しきっていなかった主人公だけど、妖怪と対峙する彼を目の当たりにしてしまってからは、良き相談相手として認めるようになって特別な思慕を深めていくのが、男性同士の類まれな愛を遠回しに表現しててたまんないわー」

と饒舌に語り始めたのだ。
それまでほそぼそ会話していた女子生徒たちは、突然割りいってきた佐渡島に多少驚いたようだったが、いっぽう内容にはひどく賛同したようで、

「そうですよね!わかります!」
「もしかして先生の推し名取さんですか!?」

とまるではじめから佐渡島もそのなかにいたかのように、話が続いていったのであった。


そういう僕もあのアニメは実は最近見たばかりで、地味に気に入っている。
夏目君にとっての名取さんは単なる人生の先輩というレベルを超えた、自分の気持ちを受け止めてくれるある種、愛の受け手であり——そんな存在を求めるのは主人公に限らず——現実世界の女子も同じだろうなと思う。もちろん自分だってね。

そういうことがあり佐渡島は機械ではなく生身の人間であることが確認されたわけだ。
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