心の穴を埋めようとする高校生の話(仮)

端入 ちさこ

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電車のなかで

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……ガシャン、ゴットン

電車の進行方向と同じ向きに座っていた僕は、音を聞いて期待してしまい後ろを振り返った。
車両接続部のドアを無造作に開けてやってきたのは、その期待通り結城だった。

期待したことが現実に起こったからといって、本当にそれが自分にとって良いことだとは限らない………

結城は僕に気づいて、心の中で「よぉ!」とでも言っているかのように口角を少し上げ、二重のはっきりとした大きな目を柔らかくほそめながら、こちらに向かってきた。

とっさのことにどういう反応をすれば良いかわからず、どぎまぎしていたら結城が僕の座っているボックス席まで到着して、正面に座った。

「………」

「よっ」
「お、おはよう......」

その一言だけ言ってから結城は前かがみの姿勢で腕を膝にのせて、取り出したスマホをわけもなさそうにいじり始めた。

前にかがんだ分だけ結城の顔が僕に近づいている。

結城が僕を見ることはない。

僕は結城を見ないようにする。

でも僕が見ないように気をつけたところで、眼前に迫る理想への求欲には決して打ち勝てない。。

絹を思わせるほどきめ細やかでなめらかな肌は、思春期に悩まされるようなニキビなどがいっさい見当たらず、本当に同い年なのかと疑いたくなるほどに白く透きとおっている。
そして無駄がなく生えた眉から彫りの深い両眼の中心部にかけて、優美な曲線を描きかたどられた鼻梁は鋭くも調和を完成させる。
その下にはまわりを梅色に染めて、いつも豊かな表情をあらわす広い口部が——無表情ながらも——わずかに口角を上げている。



電車は進んでゆく。

ガタン、ガタン————ガタン、ゴトン————
ガタン、ガタン————ガタン、ゴトン————



朝陽を反射する水面に黄緑色の若苗が植えられた田んぼは、整然と並べられた早苗たちを追いかけようにも目の前を通り過ぎていくばかりで、一つ一つのかたちが見えない。

僕たちは進んでいるのだろうか。



僕は進んでいるのだろうか。

ガタン、ゴトン————ガタン、ゴトン————


電車の音が僕の耳をこえ、先の見えない行き先を危ぶむ心臓のアラームとなって胸に鳴り響く。

彼はどこに答えを見つけるのか。どうやってそこへ行こうとするのか。
それはスマホの中にあるのか。

この電車に乗った人たちはみな、どうやって進み方を見つけたのだろうか。


目を閉じていったん落ち着く。

僕もなにかをしよう。
——何をすればいいかはわからない。
僕は決まった未来がないにしろ、いったんは大学進学を目指す高校生だ。まずは目の前の勉強を一つ一つこなしていこう。
そう頭の中がまとまって、目を開けたらすぐに隣のリュックに視線をやり、今日ある数学の予習を始めた。

前にいる人のことは考えないようにしよう。


……………………

そうして取り掛かってみたものの、今日の内容だけやけに難しい。問題の解き方が思いつかないのではなく、そもそも問題文の意味がわからない。
僕は数学が苦手な方ではないが——かといって得意なわけでもないが——こんなことは初めてだ。

「……こ、これやった?」

しまった、と思った。

結城がスマホから僕に視線を移して、わずかに眼を見開いてから僕の指差す教科書をじっと見つめる。

「あぁ、やったよ」

身体のなかで中空に浮かんでいた何かが急に重たくなる。

「と、解いたってこと?」
「んん、まあそう」

重たくなったそれは地面にガチャーン!と落下したような気がした。

また息が苦しくなってきた。そして見える世界も狭くなっているような感じがする。
ノートに目を落として、もう一度考えようとする。
だが僕の頭は思考を拒否する。

結城はこがね色と茶色の混ざった軽そうな前髪をさっと右に払い、またスマホに視線を戻した。

たまたま調子が悪いのかもしれない。こういう日もあるもんだ。
そう思って他の科目の予習をすることにした。いや、そう思わなければその場にいられなかった。

わりと得意な古文をすることにして、教科書とノートを取り出し昨日眠くて途中までしかやれなかったところから再開した。


……………………

古文をしている間は、何も気にならず集中できた。
そうこうしているうちに、学校の最寄り駅に到着した。

結城は待つ素振りもせず、僕がリュックに教科書などをしまっているあいだに電車からでていってしまった。

しかし僕はそのことにむしろ安心して、ホームに降りる人たちがみんな出てしまうのを確認してから最後にホームに降りた。
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