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8.会社設立1

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●5月2日 自宅 水島健司

「うーん」
 伸びをしながら、水沢はベッドから抜け出す。
 昨日は、『門』の出現、ダンジョンの探索といろいろなことがあり、緊張を強いられる日であった。
 いや、それとも興奮と感動の日と言うべきだろうか。
 いずれにしろ、思ったよりも眠りが浅かったようで、今日はいつもより早くに目が覚めてしまった。
 普段はなかなか疲れが抜けないのだが、今日は爽快な気分だ。

 そんなことを考えながら、歯磨きのため洗面所に行った。
「えっ、何だ?」
 鏡の中に映っていたのは、しょぼくれた初老の男ではなく、40半ばの壮年の男の顔であった。
「若返っっている?! でも、なぜ?」
 いや、考えるまでもない、ダンジョンでのレベルアップと、ステータスを上昇させたためであろう。
 水沢は手早く朝の支度を終えると、清美と伊吹に電話を掛けた。

 しばらくして、伊吹と清美が水沢の家を訪れる。
「朝早くからすみませんね」
「いえ、私も健司さんに連絡を取りたいと思っていたので、丁度都合がよかったですよ」

「それで、話と言うのは若返りについてかしら?」
 昨日までの白髪が、すっかり黒髪に戻った清美が質問する。
「ええ、その通りです」

「うむ、わしも朝起きた時に、髪の毛が生えとることに気づいた時には驚いたわ」
 そう言う伊吹の、側頭部から後頭部にかけて短い毛が生えていた。
 もっとも、頭頂部が寂しいままなのが、逆に哀愁を誘う。

「スキンヘッドがトレードマークだと思っていたけど、実は気にしていたんだ……」
「ええい、髪の毛がふさふさのお前らに、30代で額が後退し始めたわしの気持ちが分かるか」
「まあまあ、髪の毛はダンジョンで狩りを続ければ、すぐに若いころのように生えますよ」
「本当じゃな。なら、すぐ行くぞ」

「待ちなさいよ。相談があるって言ったでしょう」
「仕方ないか」

「それで、この若返りは、間違いなくレベルアップ、あるいは、ステータスアップの影響よね」
「ええ、そうでしょうね」
「昨日の時点で、予測できていてもおかしくはなかったのだけれど……。昨日はダンジョン探索に夢中だったから気づかなかったわ」

「それで、お前さんらは若返りのことを、どうするつもりじゃ?」
「やっぱり、秘密にするしかないのかしら?」

「いえ、私は逆積極的に開示すべきだと思います」
「そうね、若返りの情報は秘密にしておいていいものではないわね。むしろ、積極的に活用し、私たちのような高齢者の生活の質の向上に役立てるべきものよね」

「やれやれ、女はいつになっても若さにこだわるのう」
「髪の毛のためにダンジョンに突撃しようとした、あなたに言われたくはないわよ」

「それに、別に女性だけの問題でも、外見だけの問題でもありませんよ」
「伊吹さんだって、体力が落ちて若いころのように無理がきかなくなったから、会社の経営を息子さんに譲ったのでしょう。もう一度、昔のように動けるようになりたいと思いませんか」
「分かった、分かった。確かにその通りじゃ」

「でも、開示するといってもどうやってするつもりなの? 下手に発表すると大騒ぎになると思うけど……」

 清美の質問にうなずきながら、水沢が答える。
「会社を作りましょう。ダンジョンを利用した若返りをサービスとして提供するための会社です」



「それで、会社の設立ってどうすればいいの? 伊吹さん、あなたは警備会社を経営していたのだから、何か知っていない?」
「会社を作ったのは、何十年も前のことだから覚えてないな」
「それなら、ネットで検索しておきました。今は、起業支援を行う会社があって、1週間程度で起業できます」
 起業支援のホームページを表示させたノートパソコンを2人に見せながら、水沢が説明を続ける。

「まず、必要なのは会社名と会社印ですね」

「会社名か……何とか商事で良いのじゃないか?」
 伊吹のおざなりな名前に、清美が反対する。
「それは、あんまりよ。ダンジョンを用いた事業を開始するのだから、ダンジョンなんとかが良いんじゃない?」

「いいと思いますよ。ただ、ダンジョンという言葉自体が、広く認知されている訳ではないという問題はありますが、それは私たちの会社の発展でカバーすればいい問題ですしね」

「ダンジョン何とか……ダンジョンズ&ドラゴ……は論外としいて、ダンジョンズ&ギルドはどう」
「アンドは無くてもいい気がしますね」

「じゃあ、ダンジョンズ ギルド株式会社か……今一、自分のネーミングセンスに自信がないのだけれど」
「それは、私も同じですよ。まあ、最悪会社設立後にコピーライターに依頼して、変更するという手もあります。とりあえず、決めてしまっても問題はないでしょう」

「後は、会社印か。これはネットで注文すれば3日ほどでできるわね」
 水沢のノートパソコンで検索した清美がそう告げる。

「次は、定款《ていかん》の作成ですね。会社を始めるにあたって、定款とよばれる会社の根本規則を作成する必要があるそうです」

「これも、ネットでひな型が公開されているから簡単ね」
「ええ、実質決めるのは会社の事業目的ぐらいです」

「定款の事業目的に書かれた事業以外は行ってはならないから、将来行う可能性のある事業はあらかじめ定款に記載しておくことが望ましいのか……。それなら、モンスター肉の販売も書いておかなくちゃ」
 ネットで検索した定款作成上の注意事項を読んでいた清美がそうつぶやくと、嫌そうな顔をして伊吹が思わずこぼした。
「あのゲテモノを売るんかい」

「まあ、実際に事業を行うかどうかはともかく、発想としては悪くありません。定款に追加しておきましょう。もっとも、メインが若返り事業であることに変わりはありませんよ」

「他に何がありますかね……。ゲームの冒険者ギルド業務から類推すると、ダンジョンで得られる素材の買取、及び、販売でしょうか」
「モンスター肉の買取ね」
 清美の言葉に、すかさず伊吹が突っ込む。
「そこから離れんかい」
「えー。でも、今のところ買い取れそうなものって、モンスター肉しかないじゃない」
 水沢は苦笑しながら、二人をなだめる。
「今後、肉以外の素材が見つかった時の対策として、定款では広めに記載しておいたほうが良いんです。ですから、肉に限定せず素材としておきましょう」

「ゲームと違って現実には武器屋も防具屋もないんだから、ダンジョンで使用する装備の販売も必要じゃないかしら」
「そうですね、販売だけでなく、製造とレンタルも加えておきましょう」

「後はダンジョン自体の研究も行う必要があります。新素材の研究、開発、および販売としておきましょう」

「あまり気は進まないけど、ダンジョンの観光なんかも要望が出るかもしれないわね」

「他社の参入が考えられるんじゃろ。なら、コンサルティングやフランチャイズで利益を最大化することも考慮する必要があるな」
「なるほど、伊吹さんの言う通りですね」

「後は、資本金と取締役をどうするかですね。私が会社設立を言い出したのですから、取締役として参加するのは当然として、お二人はどうなさいますか?」
「今さらじゃな。ここまで聞いた以上、わしも参加させてもらうぞ」
「私も同じよ」

「代表取締役は、誰にしますか?」
「言い出しっぺの、健司さんで問題ないでしょう」
「分かりました、私が代表取締役で、お二人が設立時取締役ということでお願いします」

「次に資本金です。お二人とも出資していただけるということで、よろしいのですね」
「うむ、構わん」
「そう大した金額が出せるわけではありませんが、構いませんよ」

「とりあえず、私が退職金から500万円を出そうと思います。お二人には、100万円ずつの出資をお願いします」
「それくらいなら、老後のための貯金からで、何とかなりそうね」
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