ダンジョンと株式会社とノーベル賞と ~目指せビリオネイヤー(1千億円長者)私たちはこの会社で世界を取る~

早坂明

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好事魔多し

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 好事魔多しと言われるように、業界が発展するにつれ、さまざまな問題が発生してきた。

 水沢たちの会社を始めとする大手企業は、安定した品質のサービスを提供できていたが、独立系サービスの品質はまさに玉石混交といってよかった。

 不当に高額な料金を請求しようとする、料金を前払いさせておいて予約超過を理由に若返りを受けさせないなどの、金銭トラブルを起こす独立系サービスも少なくなかった。

 だが、金銭面の問題以上に、危惧されていたのは安全面の問題である。
 独立系サービスの安全管理は、それこそ様々であり、酷いところになると、入場料だけを徴収し自己責任の名のもと老人を独りでダンジョンに入れるところまであった。
 当然、顧客や労働者が怪我を負う事故も多発していた。

 そしてついに最悪の事態が発生した。
 独立系サービスで、顧客の死亡事故が発生したのだ。その会社の社長は、業務上過失致死で逮捕されてしまった。

「大変なことになったな。死亡事故が起きてから、ダンジョンサービスの安全性に対する不安の声が大きくなっとる」
 伊吹が、困った顔で呟く。
 その言葉に、不安そうな顔をした清美が答える。
「でも、うちではまだ事故は起きていないんでしょう」
「そうは言っても、世間ではダンジョンサービス業界とひとくくりにされることもある。実際、安全性に関する問い合わせの件数は確実に増えとる」
「我が社の安全に対する施策を丁寧に説明して、お客様の不安を取り除く必要があるわね」

 だが、清美の言葉に、水沢が首を振る。
「いえ、ここまできたら、我が社、一社の問題では済みません。我々の業界自体で、何らかの責任を負う必要があります」
「清美さん、伊吹さん、業界団体を作るように大手サービスと、比較的高品質なサービスを提供している独立系に呼びかけてもらえませんか?」

「業界団体では何をやるの?」
 それに対して、伊吹が答える。
「安定したサービスを提供するため、最低限守るべきガイドラインを作成し、サービス品質の確保に努めるんだ」
「警備業でも講習会のようなことを行っておったから、だいたい想像はつく」

「それなら、宣伝活動も必要ね。業界団体所属のダンジョンサービスなら安全って告知するの。お年寄り向けだから、テレビや新聞といったメディアでの告知も、ネット以上に重要ね」
「メディア関連は、川崎さんがくわしいのかしら?」
「とりあえず、相談してみるか。上手くメディアを活用すれば、自分たちで広告を打つ必要がなくなるかもしれん」

「ともかく、早急に手を打つ必要があります。実際の団体設立はともかく、団体設立の意志表示だけでも本日中に行う必要があります。やはり、大手サービスの社長には、我が社の社長の私から呼びかけて、記者会見を大至急行うように手配しましょう」
「広報には本日の18時で、記者会見の会場を都内に設定するよう連絡します」

 さすがに、大手サービスともなると死亡事故発生には各社とも危機感を抱いていたようで、業界団体設立の記者会見には積極的に参加してきた。

 記者会見では、死亡事故について厳しい意見も少なくなかった。
 中には、ダンジョンを用いた若返りサービスをやめるべきだとの極論を言う者まであった。
 それに対しては、水沢が持論を述べ説得する。
「確かに、今回このような事故が発生したことは大変痛ましいことであり、事故を再発させてはならないとの思いを抱いております。」
「しかし、現在若返りは、ダンジョンを用いた方法以外に知られておりません」

「ダンジョンサービスを中止することは、高齢者から若返りの機会を奪うことになり、それは、高齢者に絶えざる苦痛と死の恐怖を与えることになります。ダンジョンサービスは、老化というこれまで不治とされてきた病に対する治療法です」

「難病に対する手術に危険性が伴うからと言って、治療自体を放棄することは本末転倒です。私たちもより安全な治療に努めてまいります。ですから、高齢者たちと私たちにチャンスを与えてください」

 記者会見後、業界のトップが集まり、雑談に興じる。
 ある会社のトップが、ぽつりとつぶやく。
「これで収まるといいんだが……」
「無理でしょうね」
 だが、それに対する水沢の回答は冷酷なものであった。

 その答えに周囲の者たちは凍り付く。先ほどの会社のトップは慌てて放ちを続ける。
「いや、確かに記者会見や業界団体設立は、単なる始まりに過ぎないことは承知していますよ。そこで何を行い、それを守っていくがが重要でしょう」

 水沢も少し言葉が足りなかったかと思い、説明を付け足す。
「ああ、そういうことではありませんよ」
「本当に問題を起こしている企業は、業界団体に参加しないだろうということが問題なのです」
「理屈は分かっていても目の前の仕事が忙しくて対応できないのか、それとも企業理念に根本的な問題があるのかは別としてね」

 周囲もそのことに気づき、難しい顔をする。
「確かにそれは困りますな。少数の者たちのために、業界全体の評判が悪くなりかねない」
「最悪、事業が禁止になるかもしれない……」

 それに対して、水沢が意見を述べる。
「先手を取って、政府と協力するしかないでしょう」
「政府にダンジョンサービスに関する諮問委員会を作り、法整備の検討を開始するように申し入れてみましょう」
「業界だけで対応が困難な以上、外の組織を巻き込む必要があります」

 別の社長が不安そうに話しかける。
「それだと、まじめに事業を行っている我々も、とばっちりを受けませんか」

 その社長を含む周囲に、水沢は説明する。
「ですから、諮問委員会を作ってもらうと言っているのですよ。何分、ダンジョンという未知のものが相手です。政治家や官僚だけで法を作成するには限度がある。我々現場の知識を必要とすることは間違いありません。先手を取って、諮問委員会に業界の代表を送り込めば、我々にも受け入れられる法を施行させることができるはずです」

「ああ、それと業界団体で作成する安全基準の策定は急ぎましょう。先に安全基準を作成すれば、それが法案の下敷きになるはずです。それなら、無茶な法案を提出されることもなく安心でしょう」

「なに、、医療法や医師法と、病院や医師の関係と同じですよ。多少の手間は増えますが、一定の品質水準に達していない企業を排除するためには必要な手順です。それが、業界全体を守ることになります」

「それに、これはチャンスでもあります。みなさんも、銃刀法などの制限の元、ダンジョンサービスを提供しています。いつ、銃刀法違反に問われるか不安を抱えている」
「諮問委員会ではその辺りの意見も述べ、不安なく合法的にサービスを提供できるよう調整しようではありませんか」

 ある社長が、水沢に確認を取る。
「国会との連絡は、水沢さんにお願いしても構いませんか」
「ええ、みなさんさえよろしければ、早速、地元の国会議員に面会の予約を取ってみようと思います」


 数日後、水沢は地元出身の与党国会議員と面会をおこなっていた。
「初めまして、ダンジョンズギルド社長の水沢と申します。栗原先生には、お忙しいところご面会の機会を作っていただいて、ありがとうございました」
「なに、最近噂のダンジョンサービスの社長さんに会うとなれば、時間くらいいくらでも作るよ。最近は、お宅の会社のおかげで地元の景気が良くなったと、有権者の間でも話題になっているしね」
「それで、今日はどのようなご用件で?」

「まず、第一点は、最近のダンジョンサービスの低下の問題についてです。先生もお聞き及びかもしれませんが、現状のダンジョンサービス提供会社の質は、玉石混交と言っても良い状態で、中には粗悪なサービスが混じっているのも事実です」

 栗原は、あえて自ら不利な点を晒して見せた水沢のことを興味不可そうに眺める。
「ほう、それであなた方自身は、その状況にどう対処するのかね」

「まずは、業界団体を創って、サービスの品質の向上と共通化に努める所存です」
「ニュースで発表は聞いたよ。結構な話だが、私に話を持ってきた理由は何だね?」

「業界団体を創ったとしても、粗悪なサービスを提供している会社が、団体に加盟するとは限りませんし、粗悪なサービスをやめるとも限りません」
「かと言って、粗悪なサービスを放置していれば、業界そのものの信頼が失われ、共倒れになりかねません」

「ふむ、なるほど……。しかし、私でできることにも限界があるからね」

「そうそう。先生のような優秀な方には、ますますのご活躍をしていただくことが、社会のためになると、常々から考えておりました」
「つきましては、先生と先生の政党とに、寄付をさせていただきたいと考えております。政治資金規制法の枠内で寄付をお受けいただけないでしょうか。党への寄付についても、先生から党へご連絡をいただければ、ありがたいと思います」

「私もいろいろ物入りでね。寄付はとてもありがたいよ」
「よろしい、粗悪なサービスを取り締まるための法案を考えて見よう」
「さすがは、栗原先生です。話が早くて助かります」

「それで、法案の作成に当たっては、我々ダンジョンサービス業界の関係者も加えていただけるとありがたいのですが」

「うむ、あなた方の業界の成長は日本の経済にも大きな影響があると、私は思っている。その成長を妨げるようなことがあってはならんからな。法案の諮問委員会には参考人として、あなたがたの業界団体の代表も加えるよう総理に伝えておこう」
 その言葉を聞いて、水沢は笑みを浮かべる。
「そう言っていただけると、非常に助かります」

「お願いは以上です。今日はお忙しいところをありがとうございました」
 その言葉を聞いて、栗原は破顔一笑清水沢に手を差し伸べる。
「いやいや、大変興味深い話を聞かせていただきました。これからも、何か私で力になれることがあれば、いつでも頼ってください」
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