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初めての顧客
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しばらくすると、老齢の男性が事務所にやってきた。その男性は杖を突きながら、おぼつかない足取りで部屋に入ってきた。
「伊吹さんに電話で、何やら健康増進のための商売を始めたということを聞いてやってきたのじゃが、ここでいいのかね」
男の言葉に、伊吹が答える。
「うむ、そうじゃ。そして、こちらが社長の水沢だ」
しかし、その伊吹の返事に、男は怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「……誰だ? お前さんは? 声には聞き覚えがある気がするが……」
「お前さんに、ここを勧めた伊吹だ」
「嘘をつけ。伊吹は枯れたじじいのはずじゃ。お前さんは40になるかならんかじゃろう」
「若返りサービスといっただろうが。わしも、そのおかげで若返ったんだ」
男は、呆然とした様子で呟く。
「……まさか、嘘じゃろう。わしは騙されんぞ……」
その男の様子を見て、水沢が話しかける。
「初めまして。社長の水沢健司と申します」
「確かに急には信じられない内容かもしれませんが、まずは、当社のサービスをお受けしてみませんか?」
「もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
男は、なおも信じられないものを見たというような顔をしていたが、水沢の言葉に何とか頷いた。
「まあ、そこまで言うならやってもらおうかな」
サービスを受けることに男が納得したのを見て、水沢が問いかける。
「今回お受けするサービスについては、どこまでお聞きでしょうか?」
「なにやら、最近話題のダンジョンを使うとか言っとったの」
男は事務所に鎮座する門を、不気味なものを見るような目で眺めながら言った。
「そこのおかしな門がダンジョンとやらの入り口かね?」
「はい。その通りです」
「危険はないのかね?」
「政府発表のように、中には小型肉食獣が住み着いています。ですが、私たちが全力でお守りしますので、ご安心ください」
「肉食獣を避けるわけにはいかんのかね」
「申し訳ありませんが、その肉食獣を倒すことが、若返りの条件ともなっていますのでご容赦願います」
「そんなことがあるのかのう……」
「何分、ダンジョン自体が理解を超えたものなので、そういうものだとご理解願います」
「小型肉食獣とはどんなものかね。政府発表では今ひとつ要領を得なんだのじゃが」
「このダンジョンにいるのは、トビトカゲの一種です。翼の生えたトカゲですね」
「もしよろしければ、実物の死体をお見せすることもできますが、どうなさいますか」
「見せてもらおうか」
水沢が合図を送ると、清美が冷蔵庫から解体前のトビトカゲを持ってきた。清美は、翼の両端を持って、それを広げるようにして男にトカゲを見せる。
「こちらになります」
50センチ、猫ほどの大きさの翼のあるトカゲをみて、少し男は安心したようであった。
「ふむ、このサイズなら油断しなければ大丈夫かのう」
水沢は、装備一式を示しながら、顧客に話しかける。
「中に入る際は安全のため、防具をつけていただく規則になっています。それなりの重量があります」
「また、道中は天井から、トカゲが飛び降りながら襲ってきますので、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
「大変失礼ではありますが、こちらの車椅子を使用していただけますでしょうか?」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
男は、何ともいえない表情を浮かべた後、しぶしぶ頷いた。
「もう五歳も若ければ、『自分の足であるけるわい』と断ってやったところじゃがな。歳は取りたくないものよ」
その言葉に、伊吹が明るく答える。
「なに、うちの若返りサービスを受ければ、五年といわず若くなれるわい」
ダンジョン内部では、伊吹と清美が先頭を固め、後方を車椅子を押した水沢が続くという隊列で進んだ。
さすがに、先頭の二人は武術の高段者ということもあり、危なげなくトカゲを狩って行く。2時間足らずで、顧客の男はレベル2に到達した。
「お疲れさまでした。後は事務所に戻ってレベルアップの処理を行いましょう」
事務所に戻った男に水沢はステータスの説明をした後、男にレベルアップ方針についてアドバイスをする。
「お客様は、筋力と敏捷力が特に落ちているようなので、この2つに2ポイントずつ割り振ることをお勧めいたします」
「ふむふむ、これでいいかね」
「はい、では防具を外しますので、ゆっくりと立ち上がってみてください」
男は、最初はこわごわと歩いていたが、そのうち嬉しそうに歩き始めた。
「やや、まだ杖は必要とはいえ、ずいぶんと楽になったわい。本当にこんな短時間で足腰がよくなるとはのう」
それを聞いて伊吹がにやりと笑いながら、男に話しかける。
「だから、若返りだというただろう」
「うむ、これはすごい。また、次も受けてみたいものじゃ」
「まあ、二回目からは割引はないから、お値段もぐっと上がるがな。だが、それだけの価値はあると思うぞ」
「効果が切れたりはせんのか?」
「今のところ効果が切れたことはありません。ただし、何分ダンジョンという未知のものを利用していますので、万一何か問題が発生した場合はお知らせください」
「ただ、老化を完全に止めるものではないと思います。時間がたつと再び老化の影響が出てくる可能性はありますので、その点はご了承ください」
「うむ。分かった。これは他のみんなにも教えてやらねばならんの」
そう言って、男は代金を払ったのち、事務所にやってきたときとは、明らかに異なる軽い足取りで帰っていった。
その男の様子を見ていた清美が嬉しそうに呟く。
「やっぱり、お客さんに喜んでもらえるのはいいわね」
「そうじゃな」
「伊吹さんに電話で、何やら健康増進のための商売を始めたということを聞いてやってきたのじゃが、ここでいいのかね」
男の言葉に、伊吹が答える。
「うむ、そうじゃ。そして、こちらが社長の水沢だ」
しかし、その伊吹の返事に、男は怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「……誰だ? お前さんは? 声には聞き覚えがある気がするが……」
「お前さんに、ここを勧めた伊吹だ」
「嘘をつけ。伊吹は枯れたじじいのはずじゃ。お前さんは40になるかならんかじゃろう」
「若返りサービスといっただろうが。わしも、そのおかげで若返ったんだ」
男は、呆然とした様子で呟く。
「……まさか、嘘じゃろう。わしは騙されんぞ……」
その男の様子を見て、水沢が話しかける。
「初めまして。社長の水沢健司と申します」
「確かに急には信じられない内容かもしれませんが、まずは、当社のサービスをお受けしてみませんか?」
「もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
男は、なおも信じられないものを見たというような顔をしていたが、水沢の言葉に何とか頷いた。
「まあ、そこまで言うならやってもらおうかな」
サービスを受けることに男が納得したのを見て、水沢が問いかける。
「今回お受けするサービスについては、どこまでお聞きでしょうか?」
「なにやら、最近話題のダンジョンを使うとか言っとったの」
男は事務所に鎮座する門を、不気味なものを見るような目で眺めながら言った。
「そこのおかしな門がダンジョンとやらの入り口かね?」
「はい。その通りです」
「危険はないのかね?」
「政府発表のように、中には小型肉食獣が住み着いています。ですが、私たちが全力でお守りしますので、ご安心ください」
「肉食獣を避けるわけにはいかんのかね」
「申し訳ありませんが、その肉食獣を倒すことが、若返りの条件ともなっていますのでご容赦願います」
「そんなことがあるのかのう……」
「何分、ダンジョン自体が理解を超えたものなので、そういうものだとご理解願います」
「小型肉食獣とはどんなものかね。政府発表では今ひとつ要領を得なんだのじゃが」
「このダンジョンにいるのは、トビトカゲの一種です。翼の生えたトカゲですね」
「もしよろしければ、実物の死体をお見せすることもできますが、どうなさいますか」
「見せてもらおうか」
水沢が合図を送ると、清美が冷蔵庫から解体前のトビトカゲを持ってきた。清美は、翼の両端を持って、それを広げるようにして男にトカゲを見せる。
「こちらになります」
50センチ、猫ほどの大きさの翼のあるトカゲをみて、少し男は安心したようであった。
「ふむ、このサイズなら油断しなければ大丈夫かのう」
水沢は、装備一式を示しながら、顧客に話しかける。
「中に入る際は安全のため、防具をつけていただく規則になっています。それなりの重量があります」
「また、道中は天井から、トカゲが飛び降りながら襲ってきますので、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
「大変失礼ではありますが、こちらの車椅子を使用していただけますでしょうか?」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
男は、何ともいえない表情を浮かべた後、しぶしぶ頷いた。
「もう五歳も若ければ、『自分の足であるけるわい』と断ってやったところじゃがな。歳は取りたくないものよ」
その言葉に、伊吹が明るく答える。
「なに、うちの若返りサービスを受ければ、五年といわず若くなれるわい」
ダンジョン内部では、伊吹と清美が先頭を固め、後方を車椅子を押した水沢が続くという隊列で進んだ。
さすがに、先頭の二人は武術の高段者ということもあり、危なげなくトカゲを狩って行く。2時間足らずで、顧客の男はレベル2に到達した。
「お疲れさまでした。後は事務所に戻ってレベルアップの処理を行いましょう」
事務所に戻った男に水沢はステータスの説明をした後、男にレベルアップ方針についてアドバイスをする。
「お客様は、筋力と敏捷力が特に落ちているようなので、この2つに2ポイントずつ割り振ることをお勧めいたします」
「ふむふむ、これでいいかね」
「はい、では防具を外しますので、ゆっくりと立ち上がってみてください」
男は、最初はこわごわと歩いていたが、そのうち嬉しそうに歩き始めた。
「やや、まだ杖は必要とはいえ、ずいぶんと楽になったわい。本当にこんな短時間で足腰がよくなるとはのう」
それを聞いて伊吹がにやりと笑いながら、男に話しかける。
「だから、若返りだというただろう」
「うむ、これはすごい。また、次も受けてみたいものじゃ」
「まあ、二回目からは割引はないから、お値段もぐっと上がるがな。だが、それだけの価値はあると思うぞ」
「効果が切れたりはせんのか?」
「今のところ効果が切れたことはありません。ただし、何分ダンジョンという未知のものを利用していますので、万一何か問題が発生した場合はお知らせください」
「ただ、老化を完全に止めるものではないと思います。時間がたつと再び老化の影響が出てくる可能性はありますので、その点はご了承ください」
「うむ。分かった。これは他のみんなにも教えてやらねばならんの」
そう言って、男は代金を払ったのち、事務所にやってきたときとは、明らかに異なる軽い足取りで帰っていった。
その男の様子を見ていた清美が嬉しそうに呟く。
「やっぱり、お客さんに喜んでもらえるのはいいわね」
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