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第二十話・朝の鍛錬

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 その日もいつもの通り空が明るくなり始めた時刻から、ジークは宿屋の中庭で模擬剣を振っていた。芝生が敷きつめられた庭は狭いながらも日当たりが良く、一人で軽く身体を動かすには丁度良い。
 相変わらず型に忠実なのは変わらないが、幾分かは速さも現れ、剣が風を切る音も聞こえるようになってきた。単調な動作でも毎日続けていればそれなりなりになるようだ。ただ、実践で使えるかどうかは定かではない。

 ふいに視線を感じて上を見上げると、二階の角部屋から縞模様の猫が顔を覗かせているのが見えた。換気の為に開け放たれていた窓の枠に座り、真下で鍛錬中のジークの様子を伺っていた。用意しておいた朝食を食べ終えたばかりなのか、前足で口元を念入りに洗っている。

 おはよう、と二階に向かって片手を軽く上げてみると、猫は立ち上がって、ひょいと中庭に向かって飛び降りてきた。背に生やした翼は一切使わず、着地する時も足音すら立てない。この程度の高さは猫にとっては何とでもないと言うかのように、軽々と。

 猫の身軽さに感心しつつ、ジークは鍛錬を再開する。子供の頃に習った型を一つ一つ思い出しながら、同じ動きを繰り返す。魔法ばかりだと、普段は使うことのない筋肉を意識して動かす機会はそうそうない。腕っぷしの良さそうな冒険者が多いこの街では、ジークのような細身の魔法使いは華奢に見られてしまう。

 剣を振るジークからは少し離れて、ティグは両前足を揃えてお行儀良く座っていた。まるで弟子の練習を静かに見守る剣術の師範のようだった――その師範の耳がぴくりと動く。

「ピグちゃんっ!」

 宿屋の一人娘のエリーが、中庭にトラ猫の姿を見つけて勢いよく駆け出て来る。まだ舌足らずなせいで、猫の名前をちゃんと言えていないがそれはそれで愛らしい。

「おはよう、エリー」
「ピグちゃん、今日はお外に出てるのね」

 少女に撫で回されながら、ティグもまんざらでもない顔をしていた。二つに結わえたお下げがぴょこぴょこと動くのが気になるようで、ずっと目で追っている。
 小さい手を伸ばして毛むくじゃらを無理して抱き上げようとするが、ティグは意外と肉付きが良い。二本の足を持って長く伸ばすのが精一杯で、抱っことは程遠かった。後ろ足は地面に着いたままだったが、本人はちゃんと抱いているつもりらしく満足そうだ。

「今日も森に行くの?」

 そうだと言うと、至極詰まらなさそうな顔をする。まだ学舎に入る年齢ではないエリーは、宿の手伝いをしている時以外はいつも一人で遊んでいた。あまり治安が良いとは言えない冒険者の街だ、幼子には遊ぶ相手も場所もあまりない。
 ジークはしばらく考え、猫も嫌がってないのを確かめると、幼い少女に提案してみる。

「朝のうちにギルドに行こうと思ってるんだけど、その間にティグと遊んでやってくれる?」
「うん、いいよ!」

 満面の笑みで即答し、お母さんに聞いてくる! と朝食の給仕中らしき女将の元へと駆けて行く。厨房の小窓から漏れて来た元気な声に、ジークは思わず苦笑する。

「ピグちゃんと遊んでてもいい?」
「え、ピグちゃんって?」
「お兄ちゃんの虎さん! まだ赤ちゃんだから、一人でお留守番できないんだって」

 あー、ジークさんのね、と女将の声も聞こえてくる。宿からは出ないという簡単な約束だけをして、母親はあっさりと許可を出していた。一人娘と言っても両親ともに忙しく働いているからか、かなり放任主義のようだ。

 いいって! と再び中庭に駆け出て来た少女の手には、おやつと水筒が入ったバスケット。どちらが子守りになるのかは分からないが、互いに気が合うようだからと少女と猫を庭に残し、ジークは部屋に戻って出掛ける支度を始める。

 ギルドに向かう前に薬店へと立ち寄って、森で摘んできた薬草を持ち込んだ。希少な種類だけど採取依頼が出ているのはあまり見かけなかった。こういう場合は直で買い取ってもらう方が確実だ。採取してすぐに乾燥の魔法をかけておいたので、場合によっては手間賃も上乗せしてもらえることもある。
 いつもは喜んで買い取ってくれていた店主だったが、今日は困り顔でぼやく。

「最近、あまり薬が売れないんだよね。特に傷薬系がね」
「原因は?」
「怪我して駆け込んでくる冒険者が減ったんだよ。診療所も暇だってさ」

 あー、こんなとろにも影響がと、ジークは栗色の髪を掻いた。薬の売れ行きが良くない分、持ち込んだ草の買い取り価格はぱっとしない。杖や武具の売れ行きが上がれば、薬の販売数は減るということか。元はと言えば自分が蒔いた種だ、値上げ交渉はせずに言い値で卸して、ギルドへと向かった。
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