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第三十九話・入試当日
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冬休みが明けて最初の土曜日。姉が作ったお弁当を持って、佳奈はいつもと同じように制服を着て学校へと出掛けていった。小学校からの指示によると、まずは自分のクラスの教室へ登校し、担任の引率で渡り廊下を抜けて中学の校舎へ移動するらしい。でも、試験を受ける場所が中学校の教室になるだけでも、まだ幼さの残る六年生にはプレッシャーだ。その上、面接は三人の中学教師に一人で対峙しなければならない。真由曰く、大人の威圧感に涙ぐんでしまう子も少なくないらしい。
「合格が保証されてても、怖いものは怖いんだよね。小学校の先生と中学の先生って全然雰囲気が違うから」
面接が苦手だった佳奈も、愛華との練習を繰り返したおかげで、大抵の一般的な質問にはすっと答えられるようになってきた。もし答えきれなかった場合は、「今の自分では分からないので、中学生になってから考えたいと思います」という愛華流の秘儀――逃げ技ともいう、も伝授しておいた。それを言ったからと不合格にはならないはずだから大丈夫、と。何も答えず黙り込んでしまうよりはマシだ。
でも、面接官からすればふざけてると捉えかねないので、できることなら秘儀を使わずに乗り切ってくれるといいのだけれど……。
今朝の佳奈は前日も遅くまで勉強していたせいか、少し眠そうな顔で起きてきていた。目を擦りつつ、欠伸を噛み殺しながら朝食のパンを頬張っていた。でも、朝一でかかってきた母親からの電話には「大丈夫だと思う」と冷静に返事していた。試験当日に戻ってくることができなかったことを気にする母親へ、気を遣っていたのかもしれない。年明け早々で柚月も残業が続いているみたいだから仕方ないのは、佳奈もちゃんと分かっているみたいだ。
運動会に続いて娘の大事な日に駆け付けられないことを柚月はとても気にしていたが、普段通りに家を送り出してあげられるから逆に良かったんじゃないかと密かに思う。朝からクドクドと母親の小言を聞かされなくて済むのだから。
肝心の佳奈の様子はというと、登校時間ギリギリまで猫を抱っこして、その腹毛に顔を埋めて気持ちを落ち着かせているようだった。妹曰く、猫の匂いはリラックス効果があり、ジワジワと自信が湧いてくるらしい。おそるべし、猫好き理論。愛華はまだその境地には踏み込めていない。
筆記用具とお弁当だけが入ったランドセルを背負い、玄関を出ていく佳奈のことを、愛華はクルミを抱っこして見送った。変に激励の言葉をかけて、余計なプレッシャーを与えてもと、いつもと同じように「いってらっしゃい」とだけ言う。佳奈から戻ってきた「行ってきます」の返事は、どこか吹っ切れたような明るさを帯びていた。猫効果か?
休みの大半を費やしていた塾通いの成果を、今日は答案用紙へ思い切りぶつける日だ。佳奈らしく慎重に解いていけば、きっと大丈夫。それに、今日の結果が良くても悪くても、妹に待っている未来は変わらない。だって、内部進学が決まっているも同然なんだから。
送り出す側からしても、その点は気楽に構えていられるのはありがたい。
午後は面接が終わった順に帰宅してくると事前連絡があった通り、佳奈はとても中途半端な時間の電車で帰ってきた。普段の登下校では混雑している電車も、土曜の14時過ぎはガラガラで珍しくずっと座ることができたのだという。だからなのか、緊張感が漂っていた朝とは別人のように、佳奈は緩み切った表情を見せていた。愛華の顔を見るなり、開口一番で報告してくる。
「面接で聞かれた質問、練習でやったのと同じのばかりだった! 中学に入ってから何を頑張りたいか、とか。それはどうして、とか」
「そうなの? ちゃんと答えられた?」
「うん!」と大きく頷き返す佳奈は、リビングに入ってくるや、ソファーの上で丸くなっていたクルミのお腹に自分の顔を押し付ける。試験が終わった安心感と解放感に、少しテンション高めなのか、中学校での面接官との受け答えについて話し出す。
「塾の対策本に載ってたままだったんだね」
「一緒に帰ってきた友達は違うこと聞かれたって言ってたから、人によって違うみたい」
「じゃ、練習通りだったってラッキーなんだね。良かったぁ、秘儀を使わずに済んで」
愛華の言葉に、佳奈がハッと口元に手をやる。何かマズイことでもあったのかと心配して聞き返すと、妹が困ったように苦笑いする。
「同じクラスの子達に、答えられない時は『中学生になってから考えたいと思います』って言えばいいって教えちゃった。もしかしたら、誰か使ってるかも……」
「あー……」
佳奈の緊張をほぐす為に教えた秘儀。ほとんど冗談のつもりだったんだけれど。さすがにあんなふざけた応答を実際にする子はいないと信じたい……いたとしても自己責任だ。クレームは受け付けない。
五日後に発表された合格者一覧。内部進学者の受験番号に抜け番号がないことに、愛華は心底ホッとした。秘儀のおかげで不合格者が出たなんてことになったら、冗談でしたじゃ済まない。
「合格が保証されてても、怖いものは怖いんだよね。小学校の先生と中学の先生って全然雰囲気が違うから」
面接が苦手だった佳奈も、愛華との練習を繰り返したおかげで、大抵の一般的な質問にはすっと答えられるようになってきた。もし答えきれなかった場合は、「今の自分では分からないので、中学生になってから考えたいと思います」という愛華流の秘儀――逃げ技ともいう、も伝授しておいた。それを言ったからと不合格にはならないはずだから大丈夫、と。何も答えず黙り込んでしまうよりはマシだ。
でも、面接官からすればふざけてると捉えかねないので、できることなら秘儀を使わずに乗り切ってくれるといいのだけれど……。
今朝の佳奈は前日も遅くまで勉強していたせいか、少し眠そうな顔で起きてきていた。目を擦りつつ、欠伸を噛み殺しながら朝食のパンを頬張っていた。でも、朝一でかかってきた母親からの電話には「大丈夫だと思う」と冷静に返事していた。試験当日に戻ってくることができなかったことを気にする母親へ、気を遣っていたのかもしれない。年明け早々で柚月も残業が続いているみたいだから仕方ないのは、佳奈もちゃんと分かっているみたいだ。
運動会に続いて娘の大事な日に駆け付けられないことを柚月はとても気にしていたが、普段通りに家を送り出してあげられるから逆に良かったんじゃないかと密かに思う。朝からクドクドと母親の小言を聞かされなくて済むのだから。
肝心の佳奈の様子はというと、登校時間ギリギリまで猫を抱っこして、その腹毛に顔を埋めて気持ちを落ち着かせているようだった。妹曰く、猫の匂いはリラックス効果があり、ジワジワと自信が湧いてくるらしい。おそるべし、猫好き理論。愛華はまだその境地には踏み込めていない。
筆記用具とお弁当だけが入ったランドセルを背負い、玄関を出ていく佳奈のことを、愛華はクルミを抱っこして見送った。変に激励の言葉をかけて、余計なプレッシャーを与えてもと、いつもと同じように「いってらっしゃい」とだけ言う。佳奈から戻ってきた「行ってきます」の返事は、どこか吹っ切れたような明るさを帯びていた。猫効果か?
休みの大半を費やしていた塾通いの成果を、今日は答案用紙へ思い切りぶつける日だ。佳奈らしく慎重に解いていけば、きっと大丈夫。それに、今日の結果が良くても悪くても、妹に待っている未来は変わらない。だって、内部進学が決まっているも同然なんだから。
送り出す側からしても、その点は気楽に構えていられるのはありがたい。
午後は面接が終わった順に帰宅してくると事前連絡があった通り、佳奈はとても中途半端な時間の電車で帰ってきた。普段の登下校では混雑している電車も、土曜の14時過ぎはガラガラで珍しくずっと座ることができたのだという。だからなのか、緊張感が漂っていた朝とは別人のように、佳奈は緩み切った表情を見せていた。愛華の顔を見るなり、開口一番で報告してくる。
「面接で聞かれた質問、練習でやったのと同じのばかりだった! 中学に入ってから何を頑張りたいか、とか。それはどうして、とか」
「そうなの? ちゃんと答えられた?」
「うん!」と大きく頷き返す佳奈は、リビングに入ってくるや、ソファーの上で丸くなっていたクルミのお腹に自分の顔を押し付ける。試験が終わった安心感と解放感に、少しテンション高めなのか、中学校での面接官との受け答えについて話し出す。
「塾の対策本に載ってたままだったんだね」
「一緒に帰ってきた友達は違うこと聞かれたって言ってたから、人によって違うみたい」
「じゃ、練習通りだったってラッキーなんだね。良かったぁ、秘儀を使わずに済んで」
愛華の言葉に、佳奈がハッと口元に手をやる。何かマズイことでもあったのかと心配して聞き返すと、妹が困ったように苦笑いする。
「同じクラスの子達に、答えられない時は『中学生になってから考えたいと思います』って言えばいいって教えちゃった。もしかしたら、誰か使ってるかも……」
「あー……」
佳奈の緊張をほぐす為に教えた秘儀。ほとんど冗談のつもりだったんだけれど。さすがにあんなふざけた応答を実際にする子はいないと信じたい……いたとしても自己責任だ。クレームは受け付けない。
五日後に発表された合格者一覧。内部進学者の受験番号に抜け番号がないことに、愛華は心底ホッとした。秘儀のおかげで不合格者が出たなんてことになったら、冗談でしたじゃ済まない。
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