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第三十七話・冬休み
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師走も末に近付いてくると、駅前の街路樹はイルミネーションに彩られ、バイト先のコンビニにも終日クリスマスソングが流れていた。ケーキやチキン、お節料理の予約など面倒な仕事が増え、愛華自身は全く浮かれる余裕がない。
「クリスマスはバイトかな。稼ぎ時だから休まないようにって言われてるし」
「サンタの格好してケーキ売ったりするの?」
「それは店長がするみたい」
「え、店長って、あの眼鏡君でしょ? 似合わなさそー……」
「本人的には毎年の楽しみらしいし、言わないであげて。――確か、イブも当日も朝から夕方までのシフトだね」
「あー、でも、妹いるから夜は出掛けらんないか」
「佳奈ちゃんも、普通に塾あるしね」
「そっか、追い込みの時期だもんね。入試って冬休み明けてすぐだっけ?」
佳奈が受ける試験は一月の第二土曜日。冬休みに入れば冬期講習と面接指導が待っているし、新学期が始まった後はのんびりしている暇もない。内部進学の佳奈は休み中の直前特訓的なものには参加しないらしいが、それでもほぼ週5のペースで授業が予定されている。
講義の合間に空き教室で購買のワンコイン弁当を食べながら、もうすぐやってくる冬休みのことを話し合っていた。この時期はスキー場周辺のリゾートバイトの案件が増えるのに、やっぱり真由は今回も見送ってしまうらしい。何となくこのまま一度も行かずに卒業してしまいそうな気配がする。
勿論、年末の仕事納め後には両親が帰って来るから、さすがに受験生でも年末年始は親子揃ってゆっくりできるはずだ。愛華は変わらずコンビニバイト三昧になりそうだけれど……――主婦パート達がここぞと休みを取ってしまうから。
「佳奈ちゃんとのクリスマス、どうしよっかなぁ……」
目下の悩みは、妹と二人で過ごすクリスマス。店長に言いくるめられて、ケーキとチキンはバイト先で予約してしまったので、料理は簡単にサラダとスープなんかを用意するつもりでいるけれど。
「まだサンタさん、信じてたりするのかなぁ?」
「な訳ないでしょ、妹って、六年生でしょ?! イマドキ、低学年でも現実知ってるし……」
愛華自身がまあまあ大きくなるまで信じていたから、もし佳奈がサンタの存在を疑ってないのならどうしようかと真剣に考えていた。それを真由が呆れ顔で一喝してくる。
「でもああいうのって、上に兄弟がいる子がバラすんでしょ? 私、一人っ子だったから、結構長く信じてたんだよね」
「確かに、うちもお兄ちゃんにバラされた気がする……」
でもさすがに六年生では信じてる訳ないか、と二人で結論付ける。
「お姉ちゃんってさ、プレゼントをあげたりするものなのかな?」
「うちのバカ兄はくれたことないし、それこそ普通は親の役目だよ」
「だよね」
相変わらずだね、と真由が呆れ笑う。新米の姉は、いまだに姉らしさを追い求めて迷走しているらしい。そんなに気負わなくてもいいのにと思うが、それが愛華らしさなのだから仕方ない。
冬休みに入ってからの日々はあっという間だった。毎日のように愛華は朝からバイトで、佳奈も昼過ぎには塾へと出ていく。愛華が帰宅した後に作る夕ご飯時が、唯一まともに二人が顔を合わせる機会。それ以外の時間帯は一緒に住んでいるのに、かなりすれ違い気味だった。――だから、佳奈の異変に気付いてあげるのが遅くなった。
「メリークリスマス」
コンビニチキンがメインのクリスマスの夕食は、姉妹二人きりだと何だか照れくさい。改めて「いただきます」と言い直してから、普段通りに食べ始める。食後のデザートに用意した、苺のホールケーキはバイト先の店長のおススメらしい。毎年発売されるクリスマスケーキの中で、このタイプのは過去にもハズレが無かったと言い切っていた。
切り分けたものをフォークで掬って一口食べてみる。さすがにコンビニスイーツを食べ続けてあの体型を維持しているだけはある。丁度良い甘さと、スポンジのふんわり感はシフォンケーキ並みだ。最近はちょっとキモイなと思い始めていた店長のことを、少しだけ見直した。
「意外と美味しいよ」
顔を上げて、向かいに座る妹に視線を送る。甘い物が大好きなはずの佳奈は、フォークを手に持ったままの体勢でじっと固まっていた。
「佳奈ちゃん……?」
左手をお腹に当てたまま、唇を噛んで顔を歪めている。妹がその表情をする時は、何か辛いことを我慢している時だ。
「お腹痛いの?」
愛華の言葉に、佳奈が黙って頷き返す。椅子から立ち上がり、佳奈の席へと回り込むと、愛華は佳奈が抑えている箇所を確認する。かなり高めの位置の腹部をぎゅっと抑え込み、その痛みに耐えているようだった。
「一回、ソファーでいいから横になろう。動けそうなら、二階のベッドの方がいいんだけど」
首を横に振る佳奈をソファーに寝かせると、一番近い総合病院へ電話を掛ける。愛華自身も何度かお世話になったことがある、救急外来を受け入れている病院だ。佳奈の年齢だと、小児科医が不在の場合はたらい回しにされる可能性がある。愛華が子供の頃にその理由で、高熱にも関わらずかなり遠い病院へ誘導されたことがあった。
運良く小児科医が当直の日だったらしく、電話で予約を取った後に、タクシーを呼び寄せて病院へと向かうことができた。診察を待つ間も佳奈は身体を丸めて、痛み続けるお腹を抱えていた。
「うーん、軽い胃炎かな。精密検査するまではなさそうだね。食べ過ぎたか、何か思い悩むことでもあった?」
父親世代の小児科医が、佳奈の顔を覗き込んで聞いてくると、フルフルと首を横に振って答える。
「お薬は出しておくけど、しばらくは胃に負担にならない物を食べるように」
院内処方された胃薬を貰って、佳奈を支えながら自宅へ戻る。出してもらった薬がよく効いたのか、しばらく横になった後、佳奈は別人のようにケロッとして、手付かずなまま冷蔵庫へ入れていたクリスマスケーキを2カット分平らげていた。
「食べ過ぎはダメって言われたところなのに……」
「もう平気だから」
小学生相手に用心するという言葉は通じないのかもしれない。兎にも角にも、元気になって良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
「クリスマスはバイトかな。稼ぎ時だから休まないようにって言われてるし」
「サンタの格好してケーキ売ったりするの?」
「それは店長がするみたい」
「え、店長って、あの眼鏡君でしょ? 似合わなさそー……」
「本人的には毎年の楽しみらしいし、言わないであげて。――確か、イブも当日も朝から夕方までのシフトだね」
「あー、でも、妹いるから夜は出掛けらんないか」
「佳奈ちゃんも、普通に塾あるしね」
「そっか、追い込みの時期だもんね。入試って冬休み明けてすぐだっけ?」
佳奈が受ける試験は一月の第二土曜日。冬休みに入れば冬期講習と面接指導が待っているし、新学期が始まった後はのんびりしている暇もない。内部進学の佳奈は休み中の直前特訓的なものには参加しないらしいが、それでもほぼ週5のペースで授業が予定されている。
講義の合間に空き教室で購買のワンコイン弁当を食べながら、もうすぐやってくる冬休みのことを話し合っていた。この時期はスキー場周辺のリゾートバイトの案件が増えるのに、やっぱり真由は今回も見送ってしまうらしい。何となくこのまま一度も行かずに卒業してしまいそうな気配がする。
勿論、年末の仕事納め後には両親が帰って来るから、さすがに受験生でも年末年始は親子揃ってゆっくりできるはずだ。愛華は変わらずコンビニバイト三昧になりそうだけれど……――主婦パート達がここぞと休みを取ってしまうから。
「佳奈ちゃんとのクリスマス、どうしよっかなぁ……」
目下の悩みは、妹と二人で過ごすクリスマス。店長に言いくるめられて、ケーキとチキンはバイト先で予約してしまったので、料理は簡単にサラダとスープなんかを用意するつもりでいるけれど。
「まだサンタさん、信じてたりするのかなぁ?」
「な訳ないでしょ、妹って、六年生でしょ?! イマドキ、低学年でも現実知ってるし……」
愛華自身がまあまあ大きくなるまで信じていたから、もし佳奈がサンタの存在を疑ってないのならどうしようかと真剣に考えていた。それを真由が呆れ顔で一喝してくる。
「でもああいうのって、上に兄弟がいる子がバラすんでしょ? 私、一人っ子だったから、結構長く信じてたんだよね」
「確かに、うちもお兄ちゃんにバラされた気がする……」
でもさすがに六年生では信じてる訳ないか、と二人で結論付ける。
「お姉ちゃんってさ、プレゼントをあげたりするものなのかな?」
「うちのバカ兄はくれたことないし、それこそ普通は親の役目だよ」
「だよね」
相変わらずだね、と真由が呆れ笑う。新米の姉は、いまだに姉らしさを追い求めて迷走しているらしい。そんなに気負わなくてもいいのにと思うが、それが愛華らしさなのだから仕方ない。
冬休みに入ってからの日々はあっという間だった。毎日のように愛華は朝からバイトで、佳奈も昼過ぎには塾へと出ていく。愛華が帰宅した後に作る夕ご飯時が、唯一まともに二人が顔を合わせる機会。それ以外の時間帯は一緒に住んでいるのに、かなりすれ違い気味だった。――だから、佳奈の異変に気付いてあげるのが遅くなった。
「メリークリスマス」
コンビニチキンがメインのクリスマスの夕食は、姉妹二人きりだと何だか照れくさい。改めて「いただきます」と言い直してから、普段通りに食べ始める。食後のデザートに用意した、苺のホールケーキはバイト先の店長のおススメらしい。毎年発売されるクリスマスケーキの中で、このタイプのは過去にもハズレが無かったと言い切っていた。
切り分けたものをフォークで掬って一口食べてみる。さすがにコンビニスイーツを食べ続けてあの体型を維持しているだけはある。丁度良い甘さと、スポンジのふんわり感はシフォンケーキ並みだ。最近はちょっとキモイなと思い始めていた店長のことを、少しだけ見直した。
「意外と美味しいよ」
顔を上げて、向かいに座る妹に視線を送る。甘い物が大好きなはずの佳奈は、フォークを手に持ったままの体勢でじっと固まっていた。
「佳奈ちゃん……?」
左手をお腹に当てたまま、唇を噛んで顔を歪めている。妹がその表情をする時は、何か辛いことを我慢している時だ。
「お腹痛いの?」
愛華の言葉に、佳奈が黙って頷き返す。椅子から立ち上がり、佳奈の席へと回り込むと、愛華は佳奈が抑えている箇所を確認する。かなり高めの位置の腹部をぎゅっと抑え込み、その痛みに耐えているようだった。
「一回、ソファーでいいから横になろう。動けそうなら、二階のベッドの方がいいんだけど」
首を横に振る佳奈をソファーに寝かせると、一番近い総合病院へ電話を掛ける。愛華自身も何度かお世話になったことがある、救急外来を受け入れている病院だ。佳奈の年齢だと、小児科医が不在の場合はたらい回しにされる可能性がある。愛華が子供の頃にその理由で、高熱にも関わらずかなり遠い病院へ誘導されたことがあった。
運良く小児科医が当直の日だったらしく、電話で予約を取った後に、タクシーを呼び寄せて病院へと向かうことができた。診察を待つ間も佳奈は身体を丸めて、痛み続けるお腹を抱えていた。
「うーん、軽い胃炎かな。精密検査するまではなさそうだね。食べ過ぎたか、何か思い悩むことでもあった?」
父親世代の小児科医が、佳奈の顔を覗き込んで聞いてくると、フルフルと首を横に振って答える。
「お薬は出しておくけど、しばらくは胃に負担にならない物を食べるように」
院内処方された胃薬を貰って、佳奈を支えながら自宅へ戻る。出してもらった薬がよく効いたのか、しばらく横になった後、佳奈は別人のようにケロッとして、手付かずなまま冷蔵庫へ入れていたクリスマスケーキを2カット分平らげていた。
「食べ過ぎはダメって言われたところなのに……」
「もう平気だから」
小学生相手に用心するという言葉は通じないのかもしれない。兎にも角にも、元気になって良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
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