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第三十六話・学校説明会
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公立中学の入学説明会は3学期の卒業式より少し前くらいの時期にあった記憶があるし、私立だと夏休み中に行われるイメージだ。勿論、国立でも都道府県によって多少の違いはあるのかもしれないが、佳奈の通う予定の附属中の学校説明会は秋に入ってからだった。内部進学組も外部受験生も一緒に、親子での参加が推奨されている。
さすがにそこは保護者しか参加できない領域で、姉である愛華の出る幕はない。土曜日なのに制服を着ている佳奈は、朝一の新幹線に飛び乗って帰って来た母親と共に受験予定の中学へと出掛けていった。と言っても、中学は今通っている小学校の向かいの校舎で、間にある渡り廊下で双方の建物は繋がっている。
今日は特に何の予定も無かった愛華は、ついさっき起きたばかりという真由を相手にどうでもいい内容のメッセージをやり取りしていた。休みの日にわざわざアプリを通じて伝えることでもない雑談。真由もよっぽど暇してるらしい。
「親が帰って来てるんなら、遊ぼうよー。たまには夜遊びしなきゃ」
「そうだね、明日もバイト無いし」
「りっちゃんにも聞いてみるわ。場所決まったら連絡するね」
了解、とお気に入りのスタンプで真由に向けて返事すると、愛華は柚月へ『夕方から出掛けるので、ご飯は外で食べてきます』とメッセージを送る。するとすぐに『デートかな? 楽しんできてね』と返信がくる。お受験学校の説明会というから厳格なイメージを抱いていたが、スマホを触れる余裕はあるみたいだ。そう言えば、真由も上の学校へ行くにつれて緩くなると言っていた。
――デートじゃないんだけどなぁ。ま、いっか。
あえて訂正するのも虚しいから、そこはスルーしておく。考えてみると、大学生になったのに愛華は夜遊びというものをほとんどしていない。両親が同居していた頃は少し遅くまでカラオケに行ったりと羽目を外したこともあったが、佳奈と二人になってからはバイトも夜勤には入っていないし、夜中に出歩くことなんてしていない。
健全なことは良いのかもしれないが、これでいいのか女子大生、という気もしないでもない。
駅近くのファミレスでご飯を食べた後、始発の時間まで営業しているカラオケへと移動する。ドリンクバー形式の店だったから、真由はまたオリジナルドリンク作りに勤しんでいた。
「マッズ……やっぱ、三種類混ぜはやめといた方がいいわ。全部の味が喧嘩してる」
「私も愛華も、そのまま飲む派だから、そもそもやらないし」
何を混ぜたのか、黒色の液体を涙目になりながら飲む真由を、律が手を叩いて笑い飛ばす。マズイと言いつつも、ちゃんと最後まで飲み切ろうとするのが、真由のお行儀が良いところだ。
自分が選曲したものが流れ始めたと、律はマイクを持ってモニターへ向き直していた。愛華は今のうちにとお代わりのドリンクを取りに一人で部屋を出る。廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「お、横山さんも居てたんすね」
「あー、北川さん。今日はシフト入ってなかったんでしたっけ?」
バイト仲間の北川が、空のグラスを両手に持って歩いてくる。この店は大学から近いから知り合いに遭遇する率は高い。偶然ですね、と話しながらドリンクバーのあるコーナーへ行って、並んで飲み物を選ぶ。
「さすがに二日連続で夜勤はキツイっす」
「ああ……」
オレンジジュースを注いでいる愛華の隣で、北川はコーラのボタンを押していた。先に入れていたグラスの中身は黄色だったから、もう一杯はビタミンドリンクを選んだみたいだ。若干アルコールの匂いを漂わせている北川は、普段よりも少し呂律が回っていない話し方をしている。飲み会からのカラオケということは、コンパでもしてるんだろうか? ノリが良い彼のことだ、そういう場に呼ばれることが多そうだ。
「横山さん、コンパ中っすか?」
逆に聞かれて、愛華は思わず「はぁ?!」と声を上げる。
「ち、違いますよっ。高校からの友達と。女子ばかりですよ」
「じゃあ、合流しません? 俺らも、男ばっか四人なんで。すでに一人潰れて寝てますけど」
酔っ払いの相手は勘弁です、と断ると、北川は「俺はそこまで酔っ払ってないっすよ」とおかしそうに笑っていた。一応、彼らがいる部屋番号は教えて貰ったが、戻って来て真由達に伝えると速攻で、
「酔っ払いとか、無理無理無理」
「同じ大学なんでしょ、どこで会うか分かんないし、ヤダ」
二人揃って首をブンブンと横に振って拒否していた。ドリンク取りに行くだけでなんでナンパされてくるのよ、と逆に愛華が怒られてしまう。普段から散々、出会いが無いと嘆いてるくせに、その点はかなり納得いかない。
北川は別に無理強いしてくるタイプじゃないから、その後も女三人で好きなだけ歌っていると、あっという間に終電の時刻になってしまった。久しぶりの夜遊びでいきなり朝帰りするつもりもなく、大人しく帰宅する。
学校説明会への出席を無事に終え、翌日の午後には大阪へと柚月が戻っていくと、再び姉妹だけの生活に戻った。とは言っても、翌月には佳奈の三者懇談があるので今度は平日に有給休暇を取って帰って来なければいけない。受験生の親は慌ただしい。
さすがにそこは保護者しか参加できない領域で、姉である愛華の出る幕はない。土曜日なのに制服を着ている佳奈は、朝一の新幹線に飛び乗って帰って来た母親と共に受験予定の中学へと出掛けていった。と言っても、中学は今通っている小学校の向かいの校舎で、間にある渡り廊下で双方の建物は繋がっている。
今日は特に何の予定も無かった愛華は、ついさっき起きたばかりという真由を相手にどうでもいい内容のメッセージをやり取りしていた。休みの日にわざわざアプリを通じて伝えることでもない雑談。真由もよっぽど暇してるらしい。
「親が帰って来てるんなら、遊ぼうよー。たまには夜遊びしなきゃ」
「そうだね、明日もバイト無いし」
「りっちゃんにも聞いてみるわ。場所決まったら連絡するね」
了解、とお気に入りのスタンプで真由に向けて返事すると、愛華は柚月へ『夕方から出掛けるので、ご飯は外で食べてきます』とメッセージを送る。するとすぐに『デートかな? 楽しんできてね』と返信がくる。お受験学校の説明会というから厳格なイメージを抱いていたが、スマホを触れる余裕はあるみたいだ。そう言えば、真由も上の学校へ行くにつれて緩くなると言っていた。
――デートじゃないんだけどなぁ。ま、いっか。
あえて訂正するのも虚しいから、そこはスルーしておく。考えてみると、大学生になったのに愛華は夜遊びというものをほとんどしていない。両親が同居していた頃は少し遅くまでカラオケに行ったりと羽目を外したこともあったが、佳奈と二人になってからはバイトも夜勤には入っていないし、夜中に出歩くことなんてしていない。
健全なことは良いのかもしれないが、これでいいのか女子大生、という気もしないでもない。
駅近くのファミレスでご飯を食べた後、始発の時間まで営業しているカラオケへと移動する。ドリンクバー形式の店だったから、真由はまたオリジナルドリンク作りに勤しんでいた。
「マッズ……やっぱ、三種類混ぜはやめといた方がいいわ。全部の味が喧嘩してる」
「私も愛華も、そのまま飲む派だから、そもそもやらないし」
何を混ぜたのか、黒色の液体を涙目になりながら飲む真由を、律が手を叩いて笑い飛ばす。マズイと言いつつも、ちゃんと最後まで飲み切ろうとするのが、真由のお行儀が良いところだ。
自分が選曲したものが流れ始めたと、律はマイクを持ってモニターへ向き直していた。愛華は今のうちにとお代わりのドリンクを取りに一人で部屋を出る。廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「お、横山さんも居てたんすね」
「あー、北川さん。今日はシフト入ってなかったんでしたっけ?」
バイト仲間の北川が、空のグラスを両手に持って歩いてくる。この店は大学から近いから知り合いに遭遇する率は高い。偶然ですね、と話しながらドリンクバーのあるコーナーへ行って、並んで飲み物を選ぶ。
「さすがに二日連続で夜勤はキツイっす」
「ああ……」
オレンジジュースを注いでいる愛華の隣で、北川はコーラのボタンを押していた。先に入れていたグラスの中身は黄色だったから、もう一杯はビタミンドリンクを選んだみたいだ。若干アルコールの匂いを漂わせている北川は、普段よりも少し呂律が回っていない話し方をしている。飲み会からのカラオケということは、コンパでもしてるんだろうか? ノリが良い彼のことだ、そういう場に呼ばれることが多そうだ。
「横山さん、コンパ中っすか?」
逆に聞かれて、愛華は思わず「はぁ?!」と声を上げる。
「ち、違いますよっ。高校からの友達と。女子ばかりですよ」
「じゃあ、合流しません? 俺らも、男ばっか四人なんで。すでに一人潰れて寝てますけど」
酔っ払いの相手は勘弁です、と断ると、北川は「俺はそこまで酔っ払ってないっすよ」とおかしそうに笑っていた。一応、彼らがいる部屋番号は教えて貰ったが、戻って来て真由達に伝えると速攻で、
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心の落とし物
緋色刹那
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