36 / 45
第三十六話・学校説明会
しおりを挟む
公立中学の入学説明会は3学期の卒業式より少し前くらいの時期にあった記憶があるし、私立だと夏休み中に行われるイメージだ。勿論、国立でも都道府県によって多少の違いはあるのかもしれないが、佳奈の通う予定の附属中の学校説明会は秋に入ってからだった。内部進学組も外部受験生も一緒に、親子での参加が推奨されている。
さすがにそこは保護者しか参加できない領域で、姉である愛華の出る幕はない。土曜日なのに制服を着ている佳奈は、朝一の新幹線に飛び乗って帰って来た母親と共に受験予定の中学へと出掛けていった。と言っても、中学は今通っている小学校の向かいの校舎で、間にある渡り廊下で双方の建物は繋がっている。
今日は特に何の予定も無かった愛華は、ついさっき起きたばかりという真由を相手にどうでもいい内容のメッセージをやり取りしていた。休みの日にわざわざアプリを通じて伝えることでもない雑談。真由もよっぽど暇してるらしい。
「親が帰って来てるんなら、遊ぼうよー。たまには夜遊びしなきゃ」
「そうだね、明日もバイト無いし」
「りっちゃんにも聞いてみるわ。場所決まったら連絡するね」
了解、とお気に入りのスタンプで真由に向けて返事すると、愛華は柚月へ『夕方から出掛けるので、ご飯は外で食べてきます』とメッセージを送る。するとすぐに『デートかな? 楽しんできてね』と返信がくる。お受験学校の説明会というから厳格なイメージを抱いていたが、スマホを触れる余裕はあるみたいだ。そう言えば、真由も上の学校へ行くにつれて緩くなると言っていた。
――デートじゃないんだけどなぁ。ま、いっか。
あえて訂正するのも虚しいから、そこはスルーしておく。考えてみると、大学生になったのに愛華は夜遊びというものをほとんどしていない。両親が同居していた頃は少し遅くまでカラオケに行ったりと羽目を外したこともあったが、佳奈と二人になってからはバイトも夜勤には入っていないし、夜中に出歩くことなんてしていない。
健全なことは良いのかもしれないが、これでいいのか女子大生、という気もしないでもない。
駅近くのファミレスでご飯を食べた後、始発の時間まで営業しているカラオケへと移動する。ドリンクバー形式の店だったから、真由はまたオリジナルドリンク作りに勤しんでいた。
「マッズ……やっぱ、三種類混ぜはやめといた方がいいわ。全部の味が喧嘩してる」
「私も愛華も、そのまま飲む派だから、そもそもやらないし」
何を混ぜたのか、黒色の液体を涙目になりながら飲む真由を、律が手を叩いて笑い飛ばす。マズイと言いつつも、ちゃんと最後まで飲み切ろうとするのが、真由のお行儀が良いところだ。
自分が選曲したものが流れ始めたと、律はマイクを持ってモニターへ向き直していた。愛華は今のうちにとお代わりのドリンクを取りに一人で部屋を出る。廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「お、横山さんも居てたんすね」
「あー、北川さん。今日はシフト入ってなかったんでしたっけ?」
バイト仲間の北川が、空のグラスを両手に持って歩いてくる。この店は大学から近いから知り合いに遭遇する率は高い。偶然ですね、と話しながらドリンクバーのあるコーナーへ行って、並んで飲み物を選ぶ。
「さすがに二日連続で夜勤はキツイっす」
「ああ……」
オレンジジュースを注いでいる愛華の隣で、北川はコーラのボタンを押していた。先に入れていたグラスの中身は黄色だったから、もう一杯はビタミンドリンクを選んだみたいだ。若干アルコールの匂いを漂わせている北川は、普段よりも少し呂律が回っていない話し方をしている。飲み会からのカラオケということは、コンパでもしてるんだろうか? ノリが良い彼のことだ、そういう場に呼ばれることが多そうだ。
「横山さん、コンパ中っすか?」
逆に聞かれて、愛華は思わず「はぁ?!」と声を上げる。
「ち、違いますよっ。高校からの友達と。女子ばかりですよ」
「じゃあ、合流しません? 俺らも、男ばっか四人なんで。すでに一人潰れて寝てますけど」
酔っ払いの相手は勘弁です、と断ると、北川は「俺はそこまで酔っ払ってないっすよ」とおかしそうに笑っていた。一応、彼らがいる部屋番号は教えて貰ったが、戻って来て真由達に伝えると速攻で、
「酔っ払いとか、無理無理無理」
「同じ大学なんでしょ、どこで会うか分かんないし、ヤダ」
二人揃って首をブンブンと横に振って拒否していた。ドリンク取りに行くだけでなんでナンパされてくるのよ、と逆に愛華が怒られてしまう。普段から散々、出会いが無いと嘆いてるくせに、その点はかなり納得いかない。
北川は別に無理強いしてくるタイプじゃないから、その後も女三人で好きなだけ歌っていると、あっという間に終電の時刻になってしまった。久しぶりの夜遊びでいきなり朝帰りするつもりもなく、大人しく帰宅する。
学校説明会への出席を無事に終え、翌日の午後には大阪へと柚月が戻っていくと、再び姉妹だけの生活に戻った。とは言っても、翌月には佳奈の三者懇談があるので今度は平日に有給休暇を取って帰って来なければいけない。受験生の親は慌ただしい。
さすがにそこは保護者しか参加できない領域で、姉である愛華の出る幕はない。土曜日なのに制服を着ている佳奈は、朝一の新幹線に飛び乗って帰って来た母親と共に受験予定の中学へと出掛けていった。と言っても、中学は今通っている小学校の向かいの校舎で、間にある渡り廊下で双方の建物は繋がっている。
今日は特に何の予定も無かった愛華は、ついさっき起きたばかりという真由を相手にどうでもいい内容のメッセージをやり取りしていた。休みの日にわざわざアプリを通じて伝えることでもない雑談。真由もよっぽど暇してるらしい。
「親が帰って来てるんなら、遊ぼうよー。たまには夜遊びしなきゃ」
「そうだね、明日もバイト無いし」
「りっちゃんにも聞いてみるわ。場所決まったら連絡するね」
了解、とお気に入りのスタンプで真由に向けて返事すると、愛華は柚月へ『夕方から出掛けるので、ご飯は外で食べてきます』とメッセージを送る。するとすぐに『デートかな? 楽しんできてね』と返信がくる。お受験学校の説明会というから厳格なイメージを抱いていたが、スマホを触れる余裕はあるみたいだ。そう言えば、真由も上の学校へ行くにつれて緩くなると言っていた。
――デートじゃないんだけどなぁ。ま、いっか。
あえて訂正するのも虚しいから、そこはスルーしておく。考えてみると、大学生になったのに愛華は夜遊びというものをほとんどしていない。両親が同居していた頃は少し遅くまでカラオケに行ったりと羽目を外したこともあったが、佳奈と二人になってからはバイトも夜勤には入っていないし、夜中に出歩くことなんてしていない。
健全なことは良いのかもしれないが、これでいいのか女子大生、という気もしないでもない。
駅近くのファミレスでご飯を食べた後、始発の時間まで営業しているカラオケへと移動する。ドリンクバー形式の店だったから、真由はまたオリジナルドリンク作りに勤しんでいた。
「マッズ……やっぱ、三種類混ぜはやめといた方がいいわ。全部の味が喧嘩してる」
「私も愛華も、そのまま飲む派だから、そもそもやらないし」
何を混ぜたのか、黒色の液体を涙目になりながら飲む真由を、律が手を叩いて笑い飛ばす。マズイと言いつつも、ちゃんと最後まで飲み切ろうとするのが、真由のお行儀が良いところだ。
自分が選曲したものが流れ始めたと、律はマイクを持ってモニターへ向き直していた。愛華は今のうちにとお代わりのドリンクを取りに一人で部屋を出る。廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「お、横山さんも居てたんすね」
「あー、北川さん。今日はシフト入ってなかったんでしたっけ?」
バイト仲間の北川が、空のグラスを両手に持って歩いてくる。この店は大学から近いから知り合いに遭遇する率は高い。偶然ですね、と話しながらドリンクバーのあるコーナーへ行って、並んで飲み物を選ぶ。
「さすがに二日連続で夜勤はキツイっす」
「ああ……」
オレンジジュースを注いでいる愛華の隣で、北川はコーラのボタンを押していた。先に入れていたグラスの中身は黄色だったから、もう一杯はビタミンドリンクを選んだみたいだ。若干アルコールの匂いを漂わせている北川は、普段よりも少し呂律が回っていない話し方をしている。飲み会からのカラオケということは、コンパでもしてるんだろうか? ノリが良い彼のことだ、そういう場に呼ばれることが多そうだ。
「横山さん、コンパ中っすか?」
逆に聞かれて、愛華は思わず「はぁ?!」と声を上げる。
「ち、違いますよっ。高校からの友達と。女子ばかりですよ」
「じゃあ、合流しません? 俺らも、男ばっか四人なんで。すでに一人潰れて寝てますけど」
酔っ払いの相手は勘弁です、と断ると、北川は「俺はそこまで酔っ払ってないっすよ」とおかしそうに笑っていた。一応、彼らがいる部屋番号は教えて貰ったが、戻って来て真由達に伝えると速攻で、
「酔っ払いとか、無理無理無理」
「同じ大学なんでしょ、どこで会うか分かんないし、ヤダ」
二人揃って首をブンブンと横に振って拒否していた。ドリンク取りに行くだけでなんでナンパされてくるのよ、と逆に愛華が怒られてしまう。普段から散々、出会いが無いと嘆いてるくせに、その点はかなり納得いかない。
北川は別に無理強いしてくるタイプじゃないから、その後も女三人で好きなだけ歌っていると、あっという間に終電の時刻になってしまった。久しぶりの夜遊びでいきなり朝帰りするつもりもなく、大人しく帰宅する。
学校説明会への出席を無事に終え、翌日の午後には大阪へと柚月が戻っていくと、再び姉妹だけの生活に戻った。とは言っても、翌月には佳奈の三者懇談があるので今度は平日に有給休暇を取って帰って来なければいけない。受験生の親は慌ただしい。
2
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで
Another Storyを考えてみました。
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
峽(はざま)
黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。
どうなるのかなんて分からない。
そんな私の日常の物語。
※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。
※症状はあくまで一例です。
※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。
※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。
自己責任でお読みください。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
猫スタ募集中!(=^・・^=)
五十鈴りく
ライト文芸
僕には動物と話せるという特技がある。この特技をいかして、猫カフェをオープンすることにした。というわけで、一緒に働いてくれる猫スタッフを募集すると、噂を聞きつけた猫たちが僕のもとにやってくる。僕はそんな猫たちからここへ来た経緯を聞くのだけれど――
※小説家になろう様にも掲載させて頂いております。
漫画のつくりかた
右左山桃
ライト文芸
サトちゃんの隣に居座るためなら何にだってなれる。
隣の家の幼なじみでも、妹みたいな女の子でも、漫画家のプロアシスタントにだって!
高校生の日菜子は、幼馴染で6つ年上の悟史のことが大大大好き。
全然相手にされていないけど、物心つく頃からずっと切ない片思い。
駆け出しの漫画家の悟史を支えたくて、プロアシスタントの道を志す。
恋人としてそばにいられなくても、技術者として手放せない存在になればいいんじゃない!?
打算的で一途過ぎる、日菜子の恋は実るのか。
漫画馬鹿と猪突猛進娘の汗と涙と恋のお話。
番外編は短編集です。
おすすめ順になってますが、本編後どれから読んでも大丈夫です。
番外編のサトピヨは恋人で、ほのぼのラブラブしています。
最後の番外編だけR15です。
小説家になろうにも載せています。
【完結】恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~
じゅん
ライト文芸
【第7回「ライト文芸大賞 」奨励賞 受賞👑】依頼人の思いを汲み取り、気持ちを手紙にしたためる「代筆屋」。しかし、相手の心に寄り添いきれていなかった代筆屋の貴之が、看護師の美優と出会い、避けていた過去に向き合うまでを描くヒューマンストーリー。
突然、貴之の前に現れた美優。初対面のはずが、美優は意味深な発言をして貴之を困惑させる。2人の出会いは偶然ではなく――。
代筆屋の依頼人による「ほっこり」「感動」物語が進むうち、2人が近づいていく関係性もお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる