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第三十三話・佳奈の修学旅行
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夏休みが明けてすぐ、六年生の佳奈達には修学旅行という記念すべきイベントが待ち構えていた。事前の保護者説明会の様子はオンラインでも配信されていた為、柚月は大阪の自宅から視聴したらしい。感染症対策がキッカケというのは皮肉だが、便利な世の中になったものだ。
「鞄、リュックじゃないとダメって、前に買ったボストンバッグならあるのに……仕方ないわ、ネットで探してみるわね」
娘から画像で送らせた資料を見ながら、渋い顔をしている。持ち物の一つ一つに細かい指定があり、一緒に買い足しに出ることができない柚月達はネット通販に頼らざるを得ない。
ビデオ通話画面の向こうで、母親が深刻な面持ちで持ち物リストをチェックしていた。大抵の物は家にあるが、問題は荷物を入れていく鞄だった。安全の為に両手が空くようにとリュック型の指定がついていたのだ。まさか最終学年になってそんな条件が付いてくるとは思わず、これまでの宿泊行事ではそういった指定が無かったから毎回ボストンバッグで持たせていた。
「あ、リュックなら家にあるかも……私が使ってたやつだけど」
「愛華お姉ちゃんの?」
「うん、小学生の時に林間学校と修学旅行に使ったのが。多分、押し入れに入ってると思うよ。かなり古いかもしれないけど、一応見てみる?」
二人のやり取りを後ろから見ていた愛華が、ハッと思いついたように言うと、佳奈が嬉しそうに頷き返す。一人っ子で親戚に歳の近い子が全くいない佳奈には、お下がりは初めての経験。上に兄弟のいる友達がお兄ちゃんやお姉ちゃんのお下がりと言って、他の子達とは違う物を持っていたりするのを羨ましいと思っていたと照れたように言う。
和室の押し入れに長い間しまい込まれていたリュックは、一泊二日程度の荷物なら余裕で入る大型サイズ。アウトドアブランドのロゴが入った男女兼用の黒色のリュックで、品質自体はとても良いけれど、昨今の小学生の目にはかなり地味に映りそうなデザインだった。きっと同級生はみんなカラフルな物を選んでくるだろうし、佳奈もこれではきっと物足りないだろう。そう思っていたが、愛華が手にした鞄を見た佳奈は、「リュックはそれでいい」と即断する。
「大丈夫? 定番のデザインだとは思うけど、みんなもっと可愛いの持ってくるんじゃない?」
心配して愛華が聞き直しても、佳奈は平気と首を横に振って返す。これなら絶対に周りの子達と被らない自信がある、と。黒一色のシンプルなデザインは逆に佳奈の目には大人っぽく映っているのだろうか。
「じゃあ、後の持ち物は家にある物で揃えられそうね。愛華ちゃん、ごめんなさいね、当日のお弁当まで押し付けることになって……」
本来なら母親の私がやらなきゃいけないのに、と柚月が画面越しに恐縮している。
「平気ですよ。でもこの、捨てて帰れる弁当って――」
「使い捨てのお弁当箱が100均でも売ってるの。それとお箸は割り箸でね」
日帰りの遠足とは違い、お弁当を入れる容器にまで細かい指示が入っている。衛生管理上、現地でまとめて処分できる物でないとダメらしい。世の親達はこんな面倒な準備をした上で子供を送り出しているのかと思うと、ただただ驚きしかない。当時は忙しい父に代わって全部用意してくれていた祖母に、今更ながら感謝だ。
愛華のお下がりリュックを背負って、佳奈が修学旅行へと旅立っていったのはまだ暑さの残る9月の初め。制服ではなく私服での活動だったから、黒のシンプルなリュックは淡いブルーのTシャツを少しお姉さんな装いに見せてくれ、妹は家を出る前からご機嫌だった。
「気をつけてね。お小遣いは自分の為に使いなよ」
「うん、行ってきます」
行先は京都だから、定番の土産物はすでに一通りが柚月から届いているので、二人にとっては珍しくも何ともない。だから家へのお土産は気にせず、佳奈が欲しい物を買うのに使うよう念を押す。釘を刺しておかないと小学生は何を買ってくるのか油断できない――多分、佳奈の場合はそこまで心配ないとは思うけれど……。
背中を完全に覆うほどの大きなリュックが角を曲がっていくのを、愛華は門の前から静かに見送る。そして、二人を追いかけてきたクルミが玄関で鳴いているのに気付き、慌てて家の中へと入った。
「佳奈ちゃん、行っちゃったね。楽しい思い出が作れるといいねー」
「みー」
子猫を抱き上げて声をかけると、分かったようなタイミングで返事が戻ってくる。腕をよじ登って頬に擦り寄ってくるクルミはゴロゴロと機嫌良く喉を鳴らしていた。
佳奈が母親と離れてでも今の学校に通い続けたかった理由の一つが、この修学旅行だ。入学してからずっと一緒の友達と行けるのを楽しみにしていたから、それが無事に叶ったことに、良かったねと思わずにいられない。小学校生活で最大のイベントが最高の旅になることを、妹の為にこっそりと祈る。
妹が不在の静か過ぎる夜を過ごした後、翌朝は一限目から講義に出ていた愛華は講義室の机の下でこっそりとスマホを操作する。検索ワードに佳奈の小学校名を入れてサイトに辿りつくと、六年生の保護者向けに更新されたページを開いた。そこには修学旅行の途中途中で撮影された写真がアップされていて、道中の子供達の活動状況が見れるようになっている。
わざと子供達の顔が認識できないよう遠巻きに写されたものばかりだったが、楽しそうな雰囲気は十分に伝わってきてホッとする。
――こういうところが、真由からお母さんって言われちゃうのかも……。
「鞄、リュックじゃないとダメって、前に買ったボストンバッグならあるのに……仕方ないわ、ネットで探してみるわね」
娘から画像で送らせた資料を見ながら、渋い顔をしている。持ち物の一つ一つに細かい指定があり、一緒に買い足しに出ることができない柚月達はネット通販に頼らざるを得ない。
ビデオ通話画面の向こうで、母親が深刻な面持ちで持ち物リストをチェックしていた。大抵の物は家にあるが、問題は荷物を入れていく鞄だった。安全の為に両手が空くようにとリュック型の指定がついていたのだ。まさか最終学年になってそんな条件が付いてくるとは思わず、これまでの宿泊行事ではそういった指定が無かったから毎回ボストンバッグで持たせていた。
「あ、リュックなら家にあるかも……私が使ってたやつだけど」
「愛華お姉ちゃんの?」
「うん、小学生の時に林間学校と修学旅行に使ったのが。多分、押し入れに入ってると思うよ。かなり古いかもしれないけど、一応見てみる?」
二人のやり取りを後ろから見ていた愛華が、ハッと思いついたように言うと、佳奈が嬉しそうに頷き返す。一人っ子で親戚に歳の近い子が全くいない佳奈には、お下がりは初めての経験。上に兄弟のいる友達がお兄ちゃんやお姉ちゃんのお下がりと言って、他の子達とは違う物を持っていたりするのを羨ましいと思っていたと照れたように言う。
和室の押し入れに長い間しまい込まれていたリュックは、一泊二日程度の荷物なら余裕で入る大型サイズ。アウトドアブランドのロゴが入った男女兼用の黒色のリュックで、品質自体はとても良いけれど、昨今の小学生の目にはかなり地味に映りそうなデザインだった。きっと同級生はみんなカラフルな物を選んでくるだろうし、佳奈もこれではきっと物足りないだろう。そう思っていたが、愛華が手にした鞄を見た佳奈は、「リュックはそれでいい」と即断する。
「大丈夫? 定番のデザインだとは思うけど、みんなもっと可愛いの持ってくるんじゃない?」
心配して愛華が聞き直しても、佳奈は平気と首を横に振って返す。これなら絶対に周りの子達と被らない自信がある、と。黒一色のシンプルなデザインは逆に佳奈の目には大人っぽく映っているのだろうか。
「じゃあ、後の持ち物は家にある物で揃えられそうね。愛華ちゃん、ごめんなさいね、当日のお弁当まで押し付けることになって……」
本来なら母親の私がやらなきゃいけないのに、と柚月が画面越しに恐縮している。
「平気ですよ。でもこの、捨てて帰れる弁当って――」
「使い捨てのお弁当箱が100均でも売ってるの。それとお箸は割り箸でね」
日帰りの遠足とは違い、お弁当を入れる容器にまで細かい指示が入っている。衛生管理上、現地でまとめて処分できる物でないとダメらしい。世の親達はこんな面倒な準備をした上で子供を送り出しているのかと思うと、ただただ驚きしかない。当時は忙しい父に代わって全部用意してくれていた祖母に、今更ながら感謝だ。
愛華のお下がりリュックを背負って、佳奈が修学旅行へと旅立っていったのはまだ暑さの残る9月の初め。制服ではなく私服での活動だったから、黒のシンプルなリュックは淡いブルーのTシャツを少しお姉さんな装いに見せてくれ、妹は家を出る前からご機嫌だった。
「気をつけてね。お小遣いは自分の為に使いなよ」
「うん、行ってきます」
行先は京都だから、定番の土産物はすでに一通りが柚月から届いているので、二人にとっては珍しくも何ともない。だから家へのお土産は気にせず、佳奈が欲しい物を買うのに使うよう念を押す。釘を刺しておかないと小学生は何を買ってくるのか油断できない――多分、佳奈の場合はそこまで心配ないとは思うけれど……。
背中を完全に覆うほどの大きなリュックが角を曲がっていくのを、愛華は門の前から静かに見送る。そして、二人を追いかけてきたクルミが玄関で鳴いているのに気付き、慌てて家の中へと入った。
「佳奈ちゃん、行っちゃったね。楽しい思い出が作れるといいねー」
「みー」
子猫を抱き上げて声をかけると、分かったようなタイミングで返事が戻ってくる。腕をよじ登って頬に擦り寄ってくるクルミはゴロゴロと機嫌良く喉を鳴らしていた。
佳奈が母親と離れてでも今の学校に通い続けたかった理由の一つが、この修学旅行だ。入学してからずっと一緒の友達と行けるのを楽しみにしていたから、それが無事に叶ったことに、良かったねと思わずにいられない。小学校生活で最大のイベントが最高の旅になることを、妹の為にこっそりと祈る。
妹が不在の静か過ぎる夜を過ごした後、翌朝は一限目から講義に出ていた愛華は講義室の机の下でこっそりとスマホを操作する。検索ワードに佳奈の小学校名を入れてサイトに辿りつくと、六年生の保護者向けに更新されたページを開いた。そこには修学旅行の途中途中で撮影された写真がアップされていて、道中の子供達の活動状況が見れるようになっている。
わざと子供達の顔が認識できないよう遠巻きに写されたものばかりだったが、楽しそうな雰囲気は十分に伝わってきてホッとする。
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