雨上がりの虹と

瀬崎由美

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第三十一話・お墓参り

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 亡くなった母のお墓は山間の広い共同墓地にある。自宅からは車で一時間ほどかかる静かで寂しい場所だ。主要道路からも住宅地からも離れ、セミの鳴き声だけが響き渡っている。墓以外はほとんど何もない。

 いつから建っているのかも分からない、風化して角が消えたような古い墓石も多く、彫られているはずの家名がぼやけて読み辛いものも珍しくない。
 そんな中ではまだ新しい横山家の墓は、滑らかに磨かれた石の表面が光を反射して、遠くからでもすぐに見つけることができた。苔むした石群の中、人工的な艶やかさを保っている真新しい墓石はよく目立つ。

 愛華は父親とその新しい妻と一緒に、実母の眠る場所へと訪れていた。父の実家の墓は別にあり、そちらは伯父家族が管理している。だからこの墓に入っているのは母、美恵だけだ。場所が場所なので愛華一人では来れず、毎年この時期しかお参りできていない。
 さすがにお盆真っ只中、こんな辺鄙な墓地でも自分達以外でお参りに来ている人と何回もすれ違った。

 三人で手分けして墓石周りの掃除を終えてから、愛華は持参した花を母の墓へと供える。来る前に近くのスーパーで買ってきたお供え用の仏花だ。修司も火を付け煙が上る線香を線香立てへ慎重に挿していた。柚月は枯れた花や引き抜いた雑草などのゴミを集めて一纏めにしている。朝の早い時間を狙って来たが、作業をする度に背中に汗が走る。佳奈はここはまだ直接関係のない場所だからと、今日はクルミと一緒に家で留守番中だ。

 そして、三人は墓の前に横並びになり、静かに手を合わせる。周囲のセミの声が一段と大きくなったような錯覚を覚えた。

「一年来なかった割に、全然荒れてなかったね」
「ああ、三月に一度、柚月さんと二人で来たからな。その時はかなりのものだったよ。カラスがよそのお供えをうちの墓の上で食い散らかしたらしくてさ……」

 その時の光景を思い出したのか、二人が揃ってウンザリ顔をする。墓石にこびりついた何かを必死で洗い落としたんだと、修司はその箇所を指差して教えてくる。
 再婚の報告を亡き妻にするべく、ここに柚月を連れてきたものの、しんみりする間も与えないほどにカラスにやらかされていた。熟した柿か何かが石の上にべったりと張り付いて、その状態で干からびてガビガビになっていたのだ。水を汲んで来ては洗い流すを繰り返し、何とか染みになる前に取り除けた後はもう、墓の前で思い出話をする気力すら残っていなかったらしい。
 三月もまだ上旬のことだったから、身体は完全に冷え切ってしまって散々だったとボヤく。

「でもまあ、一緒に墓の面倒見てくれるような人だって分かって、お母さんも安心してくれてるはずだよ」
「……そうだな」

 前妻が眠っている墓の掃除を、柚月はどんな気持ちでしてくれたんだろうか。借りて来たバケツと柄杓を返しに向かった柚月の後ろ姿を、二人は複雑な心境で見送る。

 柚月達とは違って、修司は前の妻との夫婦関係は良好だった。死別だから嫌い合って離れた訳じゃないし、十年近く独身を通していたのは亡き妻のことをまだ想っていたからだと言っていい。
 とっくに亡くなっている前妻のことを夫が嫌う理由は今後もない。だから、後妻の柚月は一生かかっても前妻から夫を奪い切ることなんてできないだろう。お盆や命日、誕生日……事あるごとに夫は亡き妻へと想いをはせる。無意識に行われるそれを阻止するなんて不可能。これもある種の呪縛だ。
 それが分かった上で修司との再婚を決めた彼女は、とても強い人なんだと思う。

「いいところよね、ここ。静かだし、とっても涼しいし」

 バケツを返すついでにゴミを捨てに行ってくれたらしく、全く逆の方から戻って来た柚月が、隣の墓石の脇からひょっこりと顔を出す。愛華は途中で気付いていたから平気だったが、違う方角を向いていた修司は驚いて飛び上がっていた。驚いて足下がふら付きかけた修司が、焦り顔で妻を窘める。

「柚月さん、知ってる? お墓で三回コケると死んじゃうんだよ。だから、急にビックリさせるとかはやめようか」
「あら、それってお墓で走り回る子供に言うやつでしょ?」

 愛華も子供の頃から散々言われていたやつだ。要は固い墓石だらけで足場も悪い中を走り回ってたら危ないし、何より罰当たりだから止めろってことなんだと勝手に解釈している。確かにこんな条件下で三回もコケてたら一回くらいは当たり所が悪くて、下手したら致命傷を負うことになってもおかしくはない。子供に言う忠告としては、とてつもなく的を射てる。

「俺もうそんなに若くないんだから、いきなり驚かせたりしたら、簡単に心臓止まるからね」

 本気で焦った声を出している夫の様子に、柚月は「ごめんなさい」と謝りながらもお腹を抱えて笑っている。
 その後もしばらく夫婦で大人げないやり取りを続けるが、帰る間際になると柚月は神妙な顔で墓石の前に再びしゃがみ込む。そして改めて両手を合わせると、前妻が眠る墓を静かに見つめていた。

 口に出して何かを言う訳ではなかったが、柚月にもここで伝えたいことがあるのだろう。愛華達は黙ってその後ろ姿を見守っていた。
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