2 / 45
第二話・新しい家族
しおりを挟む
修司の再婚相手である柚月(旧姓:加納)と、その娘である佳奈。二人が横山家へと引っ越して来たのは、3月末日のよく晴れた日の昼過ぎだった。その日は朝から修司が家の中をむやみにウロウロして落ち着かず、掃除の邪魔だと幾度となく娘から煙たがられ叱られていた。
中型トラックに積まれてきた荷物は、引っ越し業者によって主に二階へと運び込まれる。柚月の物は修司の寝室へ、佳奈の荷物はこれまでずっと空き部屋になっていた5畳の洋室へと。
「ごめんなさいね。越してくる前に一度くらいお掃除しに来たかったんだけど、年度末でなかなか休みが取れなくって……全部、愛華ちゃんに任せきりになっちゃって申し訳ないわ」
新しく母になった柚月は、普段はほんわかとした控えめな女性だ。アーチ型の眉に優しそうな瞳で、ナチュラルメイクに飾り気の少ない服装は家庭的な印象を与える。
でも、大手化粧品メーカーで美容部員を指導するトレーナー職だと聞いた時は、正直その意外性に驚いた。しかし、言われて見ればシミも無く張りのある肌と整えられた眉はよく手入れされていて、三十代後半で小学生の子供がいるとは思えない程に若々しい。
再婚が決まってから二度ほど四人で食事することがあったが、仕事帰りにフルメイクで髪もアップにし、スーツ姿の彼女はクールビューティと呼んでもいいくらい、全く別人のようだった。間違いなく、修司はそのギャップに惚れたんだろう。基本的に父は単純なのだ。
逆に、成人した娘がいる修司のどこが良かったのかを柚月の方に聞いてみたいくらいだ。どこにでもいそうな平凡な中年親父のどこに惹かれる要素があったのか。娘の愛華から見ると、父は優しいという以外の取り柄は無いように思えるのだが。
「佳奈ちゃんの部屋、あそこで良かったかな? 狭ければ一階の和室もあるんだけど、あっちは隣が仏間になってるからなぁ……」
「ううん、大丈夫です。前の家も同じくらいだったから」
明日から6年生になるという佳奈は、背負っていたパステルブルーのリュックから読みかけの本を取り出しながら、感情の薄い声で新しい父へと答える。引っ越し業者が帰った後、とりあえず一息しようとリビングに揃ってみたものの、愛華が用意した麦茶のグラスには手を伸ばそうともしない。佳奈はソファーに座って、本のページを黙って捲っている。
愛華もソファー下のカーペットに直に座り込んで家族の輪に加わってみたが、いまいち落ち着かない。昨日までは他人だった二組が籍を入れて一緒に住むことになったからと、急に盛り上がれる訳がない。しばらくの間、ぎこちない空気がリビング中に漂っていた。
そんな中、新しい母が実娘に向かってハッと思いついた表情になる。
「あ、そうだわ、佳奈。春休みの間に、一度は通学路の確認をしておきなさい。迷って新学期から遅刻なんてダメよ」
「うん、分かってる」
「あと、塾の時間も見ておくのよ。乗り換えが増えた分、時間がかかるんだから」
本から目を離さず頷き返す娘へ、柚月が不安げに眉を寄せている。難しい年頃だから再婚には反対されて当然だと思っていたみたいだが、聞き分けが良すぎる娘は何も言ってはこなかったらしい。
「佳奈ちゃん、こっちの小学校に転校してくるんじゃないんですね?」
「そうなのよ。ギリギリ通学圏だから、遠くはなるけどそのまま通えるの。愛華ちゃんの大学とは真逆の方向でしょ。一人で大丈夫かしら……」
てっきり自分の母校へ転入するものだと思っていた愛華は、少し離れて隣に座っている新しい妹のことを見る。前は眉の高さで揃えて、両サイドを編み込んでから後ろで一つに束ねた少し凝った髪型。そのヘアアレンジを普段から自分でやってしまうというのだから、きっと手先の器用な子なのだろう。
徒歩で通える公立小ではなく、電車通学の国立大附属小の妹は、この歳で既に受験を経験しているというのが信じられない。小中が公立だった愛華は受験なんて高校に入る時まで経験することがなかったのに。
「駅まで行けば、同じ学校の子はいくらでもいるから」
「ああ、附属の子なら毎朝見かけるね、黒色のランドセルだろ」
心配症らしく、大丈夫かしらと繰り返している母に、佳奈はハァと呆れたように溜め息をついている。修司から同じ駅を利用している生徒が何人もいると聞いて、柚月もようやく安心したみたいだ。
再婚の時期を子供達の進級や進学に合わせたせいで、新しい母は引っ越しの翌日にも関わらず朝から慌ただしかった。年度が替われば新しい社員が入ってくる。その指導の中心となるトレーナー職の柚月にとって、今は一年で一番忙しい季節。佳奈が塾の春期講習へ持っていくお弁当だけを作ると、朝食代わりにカフェオレを飲んでから洗い物を食洗機へ放り込むのが精一杯。
洗濯は夜のうちに済ませて、朝ご飯にはパンを買い置いている。どうやらこれが母子家庭だった加納家流らしいが、父子家庭だった横山家も似たようなものだ。
「おはよう。ごめんなさい、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
部屋着で頭に寝癖を付けた夫と顔を合わせると、新婚の同居後初めての朝とは思えないほど呆気なく家を出ていく。昨日とはうって変わった隙のない完璧な化粧を施した新妻の後ろ姿を、修司は優しい目で見送っていた。彼女のあの頑張りを知っているからこそ、第二の人生を共に添い遂げようと決めたのだろう。
中型トラックに積まれてきた荷物は、引っ越し業者によって主に二階へと運び込まれる。柚月の物は修司の寝室へ、佳奈の荷物はこれまでずっと空き部屋になっていた5畳の洋室へと。
「ごめんなさいね。越してくる前に一度くらいお掃除しに来たかったんだけど、年度末でなかなか休みが取れなくって……全部、愛華ちゃんに任せきりになっちゃって申し訳ないわ」
新しく母になった柚月は、普段はほんわかとした控えめな女性だ。アーチ型の眉に優しそうな瞳で、ナチュラルメイクに飾り気の少ない服装は家庭的な印象を与える。
でも、大手化粧品メーカーで美容部員を指導するトレーナー職だと聞いた時は、正直その意外性に驚いた。しかし、言われて見ればシミも無く張りのある肌と整えられた眉はよく手入れされていて、三十代後半で小学生の子供がいるとは思えない程に若々しい。
再婚が決まってから二度ほど四人で食事することがあったが、仕事帰りにフルメイクで髪もアップにし、スーツ姿の彼女はクールビューティと呼んでもいいくらい、全く別人のようだった。間違いなく、修司はそのギャップに惚れたんだろう。基本的に父は単純なのだ。
逆に、成人した娘がいる修司のどこが良かったのかを柚月の方に聞いてみたいくらいだ。どこにでもいそうな平凡な中年親父のどこに惹かれる要素があったのか。娘の愛華から見ると、父は優しいという以外の取り柄は無いように思えるのだが。
「佳奈ちゃんの部屋、あそこで良かったかな? 狭ければ一階の和室もあるんだけど、あっちは隣が仏間になってるからなぁ……」
「ううん、大丈夫です。前の家も同じくらいだったから」
明日から6年生になるという佳奈は、背負っていたパステルブルーのリュックから読みかけの本を取り出しながら、感情の薄い声で新しい父へと答える。引っ越し業者が帰った後、とりあえず一息しようとリビングに揃ってみたものの、愛華が用意した麦茶のグラスには手を伸ばそうともしない。佳奈はソファーに座って、本のページを黙って捲っている。
愛華もソファー下のカーペットに直に座り込んで家族の輪に加わってみたが、いまいち落ち着かない。昨日までは他人だった二組が籍を入れて一緒に住むことになったからと、急に盛り上がれる訳がない。しばらくの間、ぎこちない空気がリビング中に漂っていた。
そんな中、新しい母が実娘に向かってハッと思いついた表情になる。
「あ、そうだわ、佳奈。春休みの間に、一度は通学路の確認をしておきなさい。迷って新学期から遅刻なんてダメよ」
「うん、分かってる」
「あと、塾の時間も見ておくのよ。乗り換えが増えた分、時間がかかるんだから」
本から目を離さず頷き返す娘へ、柚月が不安げに眉を寄せている。難しい年頃だから再婚には反対されて当然だと思っていたみたいだが、聞き分けが良すぎる娘は何も言ってはこなかったらしい。
「佳奈ちゃん、こっちの小学校に転校してくるんじゃないんですね?」
「そうなのよ。ギリギリ通学圏だから、遠くはなるけどそのまま通えるの。愛華ちゃんの大学とは真逆の方向でしょ。一人で大丈夫かしら……」
てっきり自分の母校へ転入するものだと思っていた愛華は、少し離れて隣に座っている新しい妹のことを見る。前は眉の高さで揃えて、両サイドを編み込んでから後ろで一つに束ねた少し凝った髪型。そのヘアアレンジを普段から自分でやってしまうというのだから、きっと手先の器用な子なのだろう。
徒歩で通える公立小ではなく、電車通学の国立大附属小の妹は、この歳で既に受験を経験しているというのが信じられない。小中が公立だった愛華は受験なんて高校に入る時まで経験することがなかったのに。
「駅まで行けば、同じ学校の子はいくらでもいるから」
「ああ、附属の子なら毎朝見かけるね、黒色のランドセルだろ」
心配症らしく、大丈夫かしらと繰り返している母に、佳奈はハァと呆れたように溜め息をついている。修司から同じ駅を利用している生徒が何人もいると聞いて、柚月もようやく安心したみたいだ。
再婚の時期を子供達の進級や進学に合わせたせいで、新しい母は引っ越しの翌日にも関わらず朝から慌ただしかった。年度が替われば新しい社員が入ってくる。その指導の中心となるトレーナー職の柚月にとって、今は一年で一番忙しい季節。佳奈が塾の春期講習へ持っていくお弁当だけを作ると、朝食代わりにカフェオレを飲んでから洗い物を食洗機へ放り込むのが精一杯。
洗濯は夜のうちに済ませて、朝ご飯にはパンを買い置いている。どうやらこれが母子家庭だった加納家流らしいが、父子家庭だった横山家も似たようなものだ。
「おはよう。ごめんなさい、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
部屋着で頭に寝癖を付けた夫と顔を合わせると、新婚の同居後初めての朝とは思えないほど呆気なく家を出ていく。昨日とはうって変わった隙のない完璧な化粧を施した新妻の後ろ姿を、修司は優しい目で見送っていた。彼女のあの頑張りを知っているからこそ、第二の人生を共に添い遂げようと決めたのだろう。
45
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説


優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

伊予むすび屋の思い出ごはん
美和優希
ライト文芸
今を生きる人間の想いもこの世をさまよう霊の想いも。
みんなの想いと心ををむすぶ、民宿むすび屋。
今日も、特別な想いを抱えたお客様が、この地を訪れます。
初回公開*2018.09.13~2018.09.30
アルファポリスでの公開日*2021.04.30
*表紙イラストは、花橆のあ様に描いていただきました。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる